特集

日本の欧風料理に新風を吹き込んできた
ホテルニューグランドのオリジナリティー

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■近代横浜の幕開けと共に歩み続けた82年間には、さまざまなエピソードが

 ホテル本館正面の左コーナーに“一九二七年”という年号が入っているのをご存知だろうか?そう、この数字はホテルニューグランドが開業した年である。当時、このあたりにはホテルが建ち並び、通称「ホテル通り」といわれていたが、1923年の関東大震災でそれらのホテルのほとんどが壊滅。現在、ホテル前に広がる山下公園は、倒壊した建物の瓦礫を埋め立ててつくられたのだ。

 震災後、有吉忠一横浜市長は横浜商工会議所や地元財界に働きかけ、横浜復興のシンボルとして誕生したホテルニューグランドは地上5階建て、玄関から2階に昇ったところにロビーがあるつくりは当時でも珍しいものだった。

 設計を担当したのは東京・銀座の和光(旧服部時計店)で名高い渡辺仁氏。建築総工費総額は121万5,000円だった。1927年11月に竣工落成し、12月1日のレセプションには各国大使をはじめ約3,000人が集まったが、これは単に新しいホテルの開業を祝うというだけでなく、横浜の復興と新しい歴史の幕開けに対する一大セレブレーションでもあったのだ。歌手の松任谷由実(ユーミン)が結婚式を挙げた「レインボールーム」、映画「THE有頂天ホテル」に登場した「フェニックスルーム」は共にこの本館2階にある。

 しかしながら、華々しい開業からわずか10数年で第二次世界大戦が勃発。終戦を迎えてからの約7年間ホテルは連合軍に接収されていた。当時、連合軍最高司令官であったダグラス・マッカーサーが滞在した315号室は、正式名を「マッカーサーズスイート」、俗称「勝利の間」と呼ばれ、彼が実際に使ったライティングデスクや椅子は現在も大切に保存されている。接収という重苦しいイメージとは裏腹に、アメリカ人から従業員に伝えられた西洋式の流儀やノウハウは、その後のニューグランドの進化への最高のアドバイスになったのだ。

ホテルニューグランド

■日本の近代フランス料理の父・初代総料理長、サリー・ワイル氏の功績の数々

 さて、ニューグランドが生み出した数々の文化の中で、私たちに最も身近なものといえば「食」だろう。スパゲッティ・ナポリタン、ドリア、チャップスイ、プリン・ア・ラ・モード、ラムボール、いずれもニューグランドが発祥の料理だ。このニューグランドスタイルともいえる欧風料理の基礎を築いたのが、ホテルの開業と同時にパリから招かれた初代料理長、サリー・ワイル氏である。

 周囲をフランス、ドイツ、オーストリア、イタリアに囲まれたスイスで育ったサリー・ワイル氏は柔軟な考え方の持ち主で、フランス料理にこだわるより、各国の料理を融合したヨーロッパ料理のほうが日本人に馴染みやすいのではないかと考えた。

 さらに、コース料理が主体だった当時のフレンチにア・ラ・カルト(一品料理)という革新的なスタイルを取り入れたのだ。ピラフの上に当時ヨーロッパで流行っていたシュリンプのクリーム煮をかけて焼き上げた、現在のドリアの調理法を完成させたのも彼だ。

 このホテルで修行したサリー・ワイル氏直系のシェフたちは日本各地に巣立ち、帝国ホテル、ホテルオークラ、東京プリンスホテルなどの総料理長として腕を揮うことになった。そういった意味でもサリー・ワイル氏はまさしく日本の近代フランス料理の父と呼ぶにふさわしい。

 20年にわたりニューグランドの総料理長を務めたサリー・ワイル氏がスイスに帰国した後も、彼の気質を受け継いだニューグランドのシェフたちはスパゲッティ・ナポリタン、プリン・ア・ラ・モードなどを考案。シチュービーフやローストビーフなど、数々の洋食を日本人の味覚に合うように改良したことも彼らの功績だといえる。

■誰からも愛されているスパゲッティ・ナポリタン。そのルーツはニューグランドに

 スパゲッティの本場イタリアにはなくて、日本にしかないスパゲッティといえばナポリタン。このナポリタンを日本で初めて考案したのは、サリー・ワイル氏の愛弟子だった2代目総料理長、入江茂忠氏である。連合軍に接収されていたころ、軍用食として出されていたスパゲッティとトマトケチャップをあえてつくった料理にヒントを得て、トマトケチャップのかわりに刻んだニンニクにタマネギや生トマト、トマトペーストを入れ、オリーブオイルをたっぷり使ったトマトソースであえたのが始まりだ。

 当時と変わらないレシピのナポリタンは本館1階の「ザ・カフェ」の人気メニュー(税込み1,575円)。取材時、現・総料理長の宇佐神(うさがみ)茂氏につくっていただいたのがこれだ。バターでマッシュルームとハムを炒めて茹でたスパゲッティを加え、塩、コショウで味つけをしてトマトソースと合わせる。仕上げにパルメザンチーズとパセリのみじん切りを振りかけて出来上がり。バターの濃厚な香りがトマトの酸味を和らげてなんともいえないまろやかな味わいで、いままで自分でつくったり喫茶店で食していたナポリタンとはまったくの別物だ。

 2月15日にtvkニュースハーバーで行われたイベント、『スパゲティナポリタン頂上対決』で審査員を務めた作家の山崎洋子さんも、「この庶民的な料理がニューグランドで生まれたというのは意外!」と驚いていた。

ヨコハマNEWSハーバーで「スパゲティナポリタン頂上対決!」(ヨコハマ経済新聞)

■ホテル伝統の味、ついにレトルト化に成功。食の展開に新たな一歩

 ホテルニューグランドのカレーの歴史は、初代料理長のサリー・ワイル氏が、世界で初めてカレー粉を商品化したといわれる英国のクロス&ブラックウェル社の依頼を受けて完成させたチキンカレーが始まり。その伝統的なレシピは現在も受け継がれており、数年間からカレーファンの間でレトルト化を望む声が高まっていたという。そしてついに2009年、横浜開港150周年を迎える記念すべき年に念願のレトルト化に成功した。

 その大役を託されたのが5代目の総料理長である宇佐神茂氏だ。開発に2年かかったという「ニューグランドカレー」は、チキンブイヨンと野菜の旨みをベースにして、リンゴ、チャツネ、ココナッツなどを加えた、まろやかな中にもスパイシーさが引き立つ味わい。添加物や保存料は一切使っていない。

 「お客さまにニューグランドの味を楽しんでいただけるように、試行錯誤を繰り返して何度も改良を重ね、ようやく満足のいく味に仕上がりました。いちばんのポイントはタマネギの炒め方です」と宇佐神氏。さらに、「レトルトの難しい点は、パックしてからさらに熟成が進むことを計算に入れてつくらなければならないということ」とも。

 1月16日の発売以来、評判は上々とのこと。宇佐神氏は、「レストランで出してもレトルトとは気づかないのでは?」と顔をほころばせる。同ホテルでは今回のカレーのレトルト化を機に、他の人気メニューのレトルト化も視野に入れているそうだ。

 ホテルニューグランド伝統の味が手軽に味わえる「ニューグランドカレー」はチキンとビーフの2種類。1パック200g入りで価格は735円、本館1階「ザ・カフェ」で販売している。

「老舗ホテル」ホテルニューグランドが初のレトルトカレー発売(ヨコハマ経済新聞)

■新たな食の展開。時代のニーズにマッチした健康美食プラン

 ニューグランドの新たな食の展開はもうひとつある。同ホテルでは今年の8月末日までの期間限定で、「健康美食プラン」を実施している。これは、医学博士の監修指導のもと、ホテル伝統の美味しさと身体への優しさを両立したメニューを提供するというものだ。

 具体的には、素材の組み合わせにこだわり、クリームやバターを極力使わずに野菜の持つ旨みを活かしたソースを工夫するといったものだが、たとえば「スモークサーモンとお米のサラダ 庭園風」は250kcal、「仔羊背肉のロースト、ラタトイユ添え南仏の香り」は180kcal、赤ピーマン、アボカド、ズワイガニのミルフィーユ、クレソンソース」は61.8kcal、デザートの「フレッシュチーズとヨーグルトのムース」も167kcal(すべて100gあたり)と、低カロリーでありながら、見た目は通常の料理と変わらぬ華やかさ。“低カロリーの料理は味気ない”というイメージを払拭する。

 このプランを始めた理由について宇佐神氏は、「私どものホテルはミドルエイジのお客さまが多いので、そういった方々に栄養バランスに優れた低カロリーの料理を楽しんでいただきたいと思いました」と説明。この「健康美食プラン」にはビュフェコースと着席コースが用意されており、前者は11,000円、後者は15,000円(共にフリードリンク、税・サービス料込み、2時間、20名より)だ。

■開港150周年を迎える今年はイベントやプランが充実

 横浜開港150周年を迎えるにあたって、ニューグランドでも各種イベントや記念プランなどが催される予定だ。その一環として去る2月25日、同ホテル本館2階の「レインボールーム」で、横浜開港150周年記念前夜祭として晩餐舞踏会が開催された。

 主催は同ホテルではなく横浜商工会議所女性会だが、松沢成文神奈川県知事や中田宏横浜市長をはじめ、安政の五カ国条約にちなんだ五カ国(アメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランス)の駐日公使らが出席。開港当時、ペリー艦隊が船上で開いた晩餐会のメニューを再現した料理と鹿鳴館時代に踊られていたダンスで、列席した人々は150年前の横浜に思いを馳せながら華やかなひとときを楽しんだ。

 同ホテル広報室、スーパーバイザー兼広報室長の和田聖心(せいこ)さんによると、「開港150周年のイベントや記念プランについては現段階では未定ですが、カクテルを含めたメニューで何かニューグランドらしい提案をしていければと考えています」とのことだ。

 世界的に有名な『サボイ・カクテルブック』に紹介されている「ヨコハマ」や、関東大震災で焼失したニューグランドの前身、旧グランドホテルのチーフバーテンダー、ルイス・エビンガーが考案した「バンブー」に続く名物カクテルが生まれるかもしれない。

バー シーガーディアン?(ホテルニューグランドHP)

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 小坂 美樹子 + ヨコハマ経済新聞

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