特集

ブログ導入で参加型メディアへ。
神奈川新聞「カナロコ」の挑戦

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■コミュニティサイト「カナロコ」とは?

カナロコのWebサイトにアクセスすると、最初に目に飛び込んでくるのはマスコットキャラクター「カナロコ星人」のイラスト。そして最も目が行きやすいトップページ上部に表示されるのは新聞記者が書いたニュースではなく、市民がエリアライターとなり、みなとみらい線沿線のクチコミ情報を発信する「MMブログ」の記事。通常、新聞社のWebサイトではニュースや特集、コラムなど記者が新聞のために書いた記事をそのまま転載している場合が多いのに対し、コミュニティを醸成するような市民のクチコミ情報記事を前面に出し、硬い印象のある新聞社のイメージを払拭している。

カナロコ 神奈川新聞社
「カナロコ」トップページ

■ブログを導入した狙い

神奈川新聞がコミュニティサイトに注目しだしたのは2003年夏の頃だとデジタルメディア局長の松澤雄一さんは語る。「それまでも、Webサイトを新聞の記事を転載するニュースサイトとしてやっていくのはもう手詰まりだなと感じていました。リニューアル前の月間アクセス数は、通常は400万から500万ページビューですが、大事件があった時や夏の高校野球シーズンになると倍近くまで増えます。広告媒体として見ると、アクセスに波があるのは良くない。一定に留めるためには、やる側も見る側も楽しくサイトに滞留できるようなWebサイトに切り替えていく必要があると考えたんです」。

【「ブログ」とは「ウェブログ(weblog)」の略で、日記形式で文章や写真コンテンツを更新ツール。書かれたコンテンツにコメントをつけたり、そのブログの記事にリンクしているサイトがわかる「トラックバック」という機能があり、情報の整理や読者との双方向のコミュニケーションを促進する仕組みとして注目されている。】

昨年夏には全員がブログに注目、局員5人が個人ブログの運営を始め、コミュニティが広がっていくツールであると実感、ブログのセミナーに参加するなど運営に関するノウハウを学んだ。しかし若い社員はブログの良さを理解するものの、古参の社員から理解を得るのは難しい。「Webでニュースを流すから新聞を買わなくなるのではないのか」という声もあり、ブログを導入してWebサイトを拡充する計画の了解を得るのは簡単ではなかった。しかし何度も提案を続け、昨年末にブログの導入が決定した。「どうせやるのなら一番早くやることで、話題性と先行優位性を獲得しようという狙いです。しかし、どのようなビジネスモデルを構築するのか固まらないままの見切り発車でした。新しい試みに挑戦するチャンスを与えてもらったという感じですね」とカナロコ編集部の宮島真希子さんは語る。

カナロコのキャラクター「カナロコ星人」 デジタルメディア局長の松澤雄一さん カナロコ編集部の宮島真希子さん

■激励が寄せられたスタート

12月にはブログ導入による会員制コミュニティサイトとしてリニューアルすることを発表し、同時に会員募集も始めた。しかしこのときにはまだ目立った反応はなかったという。2ヶ月間でシステムを構築し、2月1日にサイトがオープン。すぐに共同通信がカナロコのオープンを取り上げ、それに続いてヤフーのトップページのニュースにも記事が掲載。するとサイトへのアクセスが急増し、2月1日の朝にはサーバが落ちてしまうという事態になった。当時の状況をカナロコ編集部の小野たまみさんはこう語る。「翌朝9時に電話したらサーバがつながらないと言われて驚きましたね。業界内からは注目されるだろうと思っていましたが、一般の人からもこれほど反応があるとは予想外でした」。

カナロコオープンにあたっての抱負を書いたカナロコ編集部ブログの最初のトピックには、多数のコメントやトラックバックが寄せられ、その内容は好意的なものばかりだった。「新聞社らしさ」を払拭したデザインで新たなメディア像を目指す姿勢や、マスコミのあり方に一石を投じたことに対する激励の言葉が並んだ。また、「新聞社って臆病なんです」という言葉をはじめ、編集部のコメントが力の抜けた自然な文章で書かれている意外性も受け入れられた大きな要因だろう。

カナロコ編集部ブログ 新装開店、ご感想は

開始当初はコメント・トラックバックは受け付けていなかったが、4月15日からニュースブログで会員によるコメント、トラックバックの受付を開始した。幸い、まだ「荒らし」や「炎上」という事態は起きていない。3月には月間1000万ページビューを達成、現在会員数は4000人を超えている。カナロコ編集部部長の篠原慎一郎さんは、「新聞はこれまで一般の声にさらされていなかったメディア。カナロコを始めることで、これまでとは違うネットワークができました」と語る。また、新聞などのマスコミが発した情報をネットが追うという情報の流れだったが、最近はネットで先に発信されマスコミが後という流れも生まれ始めている。「社内でも、緊急ニュースがあったとき、速報を先にWebサイトで流すなど、これまでにはなかった意識の変化が生まれています」。

カナロコ星人の手作りフィギュア カナロコ編集部の小野たまみさん カナロコ編集部部長の篠原慎一郎さん

■アフロが盛り上げる「ベイスターズフィーバー」

カナロコのコンテンツのうち最も好調なスタートをきったのは、横浜ベイスターズファンブログ「ベイスターズフィーバー」。ベイスターズファンやシーレックスファンが盛んに交流する人気ブログとなっている。管理人は「アフロ」こと草間忠宏さん。草間さんの書く話題に対してファンがコメントする仕組みだが、ファン同士がコメント欄でチャットのように会話を始めるほどの盛り上がりを見せている。「ファンのみなさんは、リアルな野球を楽しむために、ブログというバーチャルな空間をうまく使っているようです。コメントに過激な発言があった場合でも、ファン同士のやりとりで騒動がうまく収束する自立的なメディアになりつつありますね」と草間さんは語る。

ベイスターズフィーバー

草間さんの本業は有限会社アフロディレクターズ代表取締役。自治体や商工会議所、商店街などでのセミナーや、商店のHP作成やショップ運営の相談などを行っている。「ベイスターズフィーバー」の管理人になったのも、昨年9月に神奈川県経営者福祉振興財団主催の公開セミナーで講師を務めた際、講演に来ていたカナロコ編集部と名刺交換したことがきっかけだ。「講演で配られるプロフィールの写真が、頭にアヒルを乗せた写真で惚れましたね」(宮島さん)。草間さんはその講演の帰りに横浜スタジアムで横浜ー巨人戦を観戦、自身のブログに講演のお礼とともにその日の観戦日誌を載せた。そのためカナロコ編集部は草間さんがベイスターズファンだとわかり、構想していたベイスターズファンブログの管理人にお願いしたという。

有限会社アフロディレクターズ

当時、球界再編問題が話題で、神奈川新聞のWebサイトでもアンケート数回実施したところ、横浜ベイスターズファンから強い反応があった。「500人のベイスターズファンが参加してくれていて、みんなブログができたら会員になるという反応だった。これならサイトを作れるね、とちょうど話していたときに、草間さんと出会ったのです」(篠原さん)。カナロコ編集部からベイスターズファンブログ管理人の依頼を受けた草間さんは、翌日にはブログの様々なアイデアを提案。カナロコ編集部は当初複数の管理人を考えていたが、草間さんの提案の早さに「この人なら一人で大丈夫」と思ったという。しかし草間さんは「開始当時はシーズンオフだったし、ネタを集めるのに苦労しました。誰もいない練習場に写真を撮りに行ったり、手探りでしたね」と当時の苦労を語る。

横浜ベイスターズ

2月1日にサイトがオープンすると、「ベイスターズフィーバー」のアクセスが一気に上がった。管理人のプロフィールに対して適任者ではないという発言をする人もいたが、草間さんは余裕をもって対処できたという。「仕事でECサイトを運営していることもあり、お金をお支払いいただいたいるお客様からのお怒りにも誠意を持って対応していますから」。愛のある批判も織り交ぜながらベイスターズをファンの視点から盛り上げていく姿勢に、球団からも感謝されている。今や球場で観戦していると「握手してください」「写真お願いします」と言われる人気者だ。「自分がきっかけとなり、それまで互いを知らない人たちがつながっていくのが本当に楽しい。今年は実数発表になったこともあり、横浜スタジアムのお客様の入場数が少なく感じるので、球場で観戦するきっかけをつくっていきたい。球場で大オフ会をしたいですね」と今後の抱負を語った。

「ベイスターズフィーバー」管理人の草間忠宏さん 「ベイスターズフィーバー」トップページ 頭にアヒルを乗せた写真 有限会社アフロディレクターズ

■市民のエリアライターが書く「MMブログ」

また、順調にエリアライター「ホロホロさん」を増やしているのが、みなとみらい線沿線のクチコミ情報を発信する「MMブログ」だ。ホロホロ(holoholo)とは、ハワイ語で「ぶらぶらする」という意味で、MM線各駅に数名の「ホロホロさん」がいて周辺のニッチな情報を各駅ごとの同じブログに掲載していく仕組みだ。「ホロホロさん」はボランティアで、エリアについて常識の範囲内なら何を書いてもよく、内容はカナロコ編集部もチェックしないで「ホロホロさん」自身がブログに掲載する。市民の視点で見たエリアの情報が集まるオルタナティブなメディアとなっている。

エリアをMM線沿線にしたのは、人、モノが集まる一番活発な地域でありながら、生活者の情報が見えにくいからだという。「海沿いの高層マンションに住んでいる人たちの生活はどうなっているのか、というような素朴な疑問からスタートした企画です。エリアライターは記者やジャーナリストではなく、普通の市民の方たち。新聞だけをやっていたのでは会わないような人たちが参加してくれています」(篠原さん)。現在「ホロホロさん」は6駅で24名おり、年齢は下が12歳、上は57歳と幅広い。

ホロホロさんご紹介

「カバリエ」というニックネームで馬車道駅でエリアライターを務める長野智行さんに話を聞いた。長野さんは仕事で久しぶりに横浜に通うようになり、神奈川新聞を見て偶然「ホロホロさん」の募集を見たという。「馬車道を歩くと今でも変わらない店やなくなってしまった店があり、昔の思い出が蘇ってきます。昨年8月に自分のブログを作り、懐かしい横浜の思い出をメモしておこうと思ったのですが、見る人も少なく、一人でやっていたので飽きてしまいました。今年1月にエリアライターの募集を知ったのですが、『ホロホロさん』というネーミングに惹かれてすぐに編集部にメールを送りましたね」。

MMブログ 馬車道駅

長野さんの本業は、ワインのある豊かなライフスタイルを提案する季刊誌「Wine, Life & Style」の編集長。しかし、MMブログには記者や取材といったメディアのスタイルを持ち込まないように心がけているという。「飲食店に行ったことをブログに書くときも、下調べはしないし、エリアライターであることをお店に明かしたりもしない。あくまで普通の客として体験したことを書いています。今までは書いたものに対して対価があるのが当たり前だったけど、これはボランティアだから肩の力が抜けて気持ちがいい。『ホロホロさん』として文章を書く経験で、何かふっ切れる感覚がありましたね」。

Wine Life & Style

長野さんは、オフ会など「ホロホロさん」同士が交流する機会をもっと作ってほしいと語る。「会っても互いにニックネームで呼び合うのが新鮮ですね。『MMブログ』には多くの市民が共同で作り上げていく楽しみがあります。筆力ではプロにはかないませんが、気持ちが伝わる表現や、ネタの独自性など、アマチュアだからこそ書ける型にはまらない記事が面白い。まだ記事に対するコメントは少ないですが、どんどん盛り上がっていくと期待しています」。篠原さんは、「『ホロホロさん』が記事を書くモチベーションを維持できるよう、交流の促進や紙面への何らかのフィードバックも検討していきたい」と今後の抱負を語った。

カナロコ事業をスタートした当初は、会員にブログを提供するプロバイダー事業も検討していたという神奈川新聞。その視野の先には、コミュニティサイトを通した新たな地域ネットワークの構築がある。市民参加の仕組みを新聞社としていち早く取り入れ、メディアと市民の新たな関係を模索するカナロコの今後の展開に期待していきたい。

「MMブログ」日本大通り駅トップページ 「MMブログ」エリアライターの長野智行さん 「Wine, Life & Style」2005年冬号 「Wine, Life & Style」2005年春号 カナロコ星人のフィギュアと横浜スタジアム
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