特集

学生たちの合同卒業制作展「てつそん」は
横浜のアートシーンに何をもたらすのか?

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■“伝説の学生”が築いたネットワーク

「てつそん」の学生有志たち。中右が代表の岡本さん 「てつそん」は「卒展」をもじった言葉。いかにも学生が思いつきそうな――と思わせるネーミングだが、何よりもユニークなのは大学・専門学校の枠を越え、全国規模で学生が参加していること。今年度は29校から参加者があり作品総数141点、出展者は150名以上に及ぶ。韓国やオーストラリアなど海外からの参加もある。なぜ、このような大規模なネットワークが生まれることになったのか。

TETSYSON2007

学生時代の集大成となる展示会 「『てつそん』を初めて開催したのは2001年。現在、オーストラリアに住んでいるマイキーさんが組織したんです」と語るのは、代表を務める千葉大学工学部・都市環境システム学科の岡本篤佳さん。“マイキーさん”というのは日本人だが、現役の彼らにとっては「愛称しかわからない」、すでに語り継がれる「伝説の存在」だ。「当時も各大学でいろいろな卒展を開催していたんですが、運営団体をひとつにして一斉に開催した方が経済的に効率的ではないか、と考えたようです」。

全国から29校、150名を超える学生が参加 岡本さんによると第1回は一堂に会する合同展ではなく、運営団体を組織し、それぞれの展示場を結びつける卒展のネットワークのようなもので、広告宣伝のみ共同で携わる形式だった。その参加者が330人に上ったことで、第2回から合同卒業制作展として動き出した。「場所探しが大変だったと聞いています。2002年は千葉県の幕張メッセ、2003年は渋谷の廃校を利用しました。横浜にやって来たのは、その次の2004年からですね」。

■横浜市が学生たちに寄せる期待

学生たちの渾身のアート作品 「てつそん2004」は横浜港大さん橋国際客船ターミナル、翌年はBankART1929、昨年は1929と Studio NYKで2年連続開催された。それはちょうど横浜市が「文化芸術創造都市」の構想を掲げて、さまざまなプロジェクトが動き出した時期と重なっている。「横浜で行うメリットは二つあります。まずは、芸術文化を感じられる都市だということ。場所探しをしている時、『横浜が熱い』と聞いたんです。そのポテンシャルは魅力ですね。もうひとつは、都内で開催するのは経済的に無理だということ。本当は東京でやりたい思いもあるんですが、会場費などコストを考えると全然見合わない。消極的に聞こえるかもしれないけど、横浜という都市は全国のメンバーから見ても魅力的で、そこで展示できることに価値があると考えています」。

BankART1929

 横浜市では2009年の開港150周年へ向けて、さまざまなプロジェクトが動き出しているが、そのひとつが「創造界隈」の形成。これは馬車道、日本大通、桜木町・野毛エリアを中心に、歴史的建造物や倉庫を利用してアーティストに創作や発表の場を与え、活動しやすい環境を作ろうというもの。プロジェクト自体はまだあまり知られていないが、すでにここ数年、赤レンガ倉庫やBankART1929とStudioNYK、そしてZAIMは卒展の会場として学生たちに重宝がられる傾向がある。中でも今回、「てつそん2007」の会場となったZAIMは「創造界隈」の重要な拠点でもある。

横浜市 市民活力推進局 文化振興課 ZAIM 横浜創造界隈

学生たちに期待を寄せる藁谷さんZAIMを管理運営する財団法人「横浜市芸術文化振興財団」の藁谷はるか・開発事業グループ長は、学生にスペースを活用してもらう意義についてこう語る。「学生を歓迎するのは、その中の何人かが将来プロのアーティストになるかもしれないから。これがキッカケとなって、横浜は活動しやすいという印象を持ってもらえれば。横浜に魅力を感じ、横浜に拠点を置いて、という展開になれば理想的。それが横浜の財産になる。そういう期待がありますね」。

財団法人 横浜市芸術文化振興財団(ヨコハマ・アートナビ)

■ZAIMをアピールするには格好のイベント

学生ならではの新鮮なアイデアに溢れている ZAIMはプロとして活動する作家やそれをサポートするNPOなどに、空き部屋をオフィスやアトリエとして安価で貸し出すという、行政としては思い切った取り組みをしている。「てつそん」の会場費もかなり低めの設定だ。藁谷さんはそのメリットについて「『てつそん』は建築もあれば、ダンスもある。ひとつの大学の卒展と違ってジャンルも広いし全国の大学、専門学校が参加しているので、『創造界隈』やZAIMをアピールするには最適だと考えています。学生たちはニュースに敏感だし、口コミも期待できますしね」と話す。

クリエイターを目指す学生たちのアピールの「場」利用する学生にとっても会場費が安いのは魅力的だ。今年度の総予算は780万円。うち約6割が学生の出展費で残りは企業の協賛金で賄うが、そのスポンサーを探すのも彼らの仕事である。「スポンサー探しは、全員で手分けして動きました。やっぱり僕らは学生なので、最初は何をしていいか全くわからなかった。簡単な流れとしては、こんな会社にスポンサードしてもらえたら嬉しいよね、という話し合いに始まり、アポを取って企画書を持ってアタックする。とりあえず、熱意を伝えていこうということで進めていった。幾度となく失敗はあったけれど最終的には22社、ガイドブックも含めるとトータルで40社近くの協賛を得て、何とか目標額を確保した状況です」(前出・岡本さん)。

 収入と支出のバランスが取れるよう予算はしっかり管理しているが、やはり学生側にとって会場費の問題は非常に大きい。その意味で、とにかく学生に利用してもらい、その環境を実感して欲しいZAIM側と会場費を極力抑えたい学生側の思惑は幸運なまでに一致したと言えるだろう。

■単に鑑賞するだけではない双方向のコミュニケーション

鑑賞者との双方向のコミュニケーションを試みる ところで、今回の『てつそん』のテーマは「Talk(トーク)」だ。なぜなのか? 岡本さんに聞いてみた。「トークは相互の交流。会話は相手の話を聞いて成り立つものですよね。出展者と来場者だけでなく、僕らメンバー間でこの1年に交わされた会話やスポンサー探し、マスコミ対応などの渉外も含めて、全て他者との対話がベースになっている。ですから、何事もコミュニケーションをとりながら進めていこうというテーマなんです。現代は人間関係が希薄でいろいろな事件も耳にします。やはり会話が重要。話し合うことでレベルを高め、何かを作り上げるプロセスのためにトークはある。そんな心意気で1年頑張ってきました。僕自身、この1年間で変わりましたよ。以前は口下手だったんですけど、社交的になった。最近では『うるさい!』と言われるくらいですから(笑)」。

企業やプロのデザイナーも注目会場のレイアウトもユニークだ。ZAIMは旧関東財務局と旧労働基準局の二つの建物からなるが、オフィスとして使用されていたため、館内はフロアごと各部屋に分かれている。「てつそん」はそんな特徴的な空間を逆に利用して「クリエイターズ・アパートメント」と位置づけ、各階にいろいろなクリエイターが住んでいるというコンセプトを打ち出した。作品は大まかに建築、プロダクト、アートと分けられ、各部屋を訪れると、そこに滞在するアーティストやクリエイターと会話をしながら作品を鑑賞できるという具合だ。「何人か昨年の展示を見たメンバーが、来場者が鑑賞するだけの一方通行だと感じたようだったので…。今回はそれを踏まえて、こんな構成になりました。ぜひ僕らに話しかけてください(笑)」。

■「目指す方向は間違っていない」

自らの作品に想いを込める仏ナントなど、ヨーロッパで成功した「文化芸術創造都市」をモデルに構想を推し進める横浜市。ここまでは順調に推移しているようだが、前出の藁谷さんによれば歴史的な建造物の確保や文化芸術への利用に際して、まだ十分に理解を得られたと言える段階ではないという。「ヨーロッパの場合、古い工場や建物を建て直すことなくそのままアーティストに提供して成功した例がたくさんあります。それはもの凄く規模が大きいんですね。ひとつの大きな工場に、何十組も何百人もアーティストが入居している。これくらい大規模になると経済効果も生まれる。工場のオーナーも面白がって、すぐにスペースを貸してくれるんですよね。それに比べれば残念ですが、横浜はまだ実験的にやっている段階なのです」。

 実験段階としては十分なのだが、次の段階へ進むために手を広げようとすると、実は肝心の物件がなかなかないのだそうだ。第一に古い建物の物件数は限られているし、第二にオーナーが民間人であるということ。民間の所有物をこのように使ってくれと、横浜市が強制することはできない。横浜の中心市街地にアーティストやクリエーターの創作活動の場を創り出していくプロジェクト「芸術不動産」が今年2月下旬より活動を開始し、物件オーナーとクリエーターのマッチング事業を始めたが、本格稼働はこれから。歴史的建造物を残すこと自体、実は難題なのである。ましてや、それを芸術家に開放するのは極めてハードルが高いと言うべきだろう。しかし、藁谷さんは諦めずに続けることで少しずつでも状況は変えていけると考えている。

横浜発、芸術で不動産価値を上げる「芸術不動産」プロジェクト

 「現実は厳しいけれど、目指す方向としては間違ってはいない。大切なことは、文化芸術や創造が街にどのような効果を生むのか、どのように活性化されるのかを人々がイメージできることだと思います。例ZAIMはアートとの接点となる「理想の場」となるか?えば『創造界隈の形成』と言う時、作家にとっては気軽に作品を作り発表できる場であり、一般の人なら気軽にアートに触れられる場であり、もう少し芸術に関わりたいという人はお手伝いしましょうという場がある。ZAIMは、そんな人々を結びつける創造界隈の拠点として認知してもらえればいい。そして、それらが上手く回転していくよう、経済効果や集客効果などを目に見える形で示し、同時に市民活動、市民の精神的な支柱になる――それが理想形、未来のZAIMになるのかな」。

三宅久美子 + ヨコハマ経済新聞編集部

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