特集/コラム

【エリア特集】2006-09-22

立体アニメーションの未来を切り開く。
映像プロダクション「I.TOON」の挑戦

昨今、テレビなどでクレイ(粘土)を使った柔らかいテイストの立体アニメーションを見る機会が多くなった。そうした作品を数多く制作しているのが、今年4月に渋谷から横浜に移転してきたアニメーション工房「I.TOON(アイトゥーン)」。同社代表で、ショートアニメーション界の旗手であるアニメーションディレクター・伊藤有壱さんに話を聞いた。

■立体アニメーションの魅力を伝えた展覧会「I.TOON CAFE ヨコハマ」

撮影に使用したセットやキャラクターを展示した「I.TOON CAFE ヨコハマ」 アニメーション工房「I.TOON」の展覧会「I.TOON CAFE ヨコハマ」が7月・8月に横浜赤レンガ倉庫やヨコハマEIZONE会場で開催された。「I.TOON」を主宰するのは、アニメーションディレクターの伊藤有壱さん。コマ撮り撮影などの手法を使う立体アニメーションの分野でトップを走り続け、NHK BS2のクリエイター発掘番組『デジタル・スタジアム』のキュレーターも務めている。

I.TOON ANIMATION STUDIO

イモ虫が主人公のクレイアニメーション作品『ニャッキ!』代表作は、NHK教育テレビで11年にわたり放送中の、イモ虫が主人公のクレイアニメーション作品『ニャッキ!』、NHK『できるかな』のノッポさんでおなじみの高見のっぽさんがバッタのおじいさんに扮して歌を歌う『グラスホッパー物語』(NHK みんなのうた)、地下アパートに住むうさぎの兄弟のミニストーリー『ノラビッツミニッツ』(松竹)など。いずれの作品も、遊び心に溢れた不思議な世界を創りあげている。

ニャッキ! ノラビッツミニッツ

これまで伊藤さんが手がけてきたテレビCM作品 「I.TOON CAFE ヨコハマ」会場には、親子やカップルが多数足を運んだ。実際に撮影に使用した精巧なセットやユーモラスな人形たちを見て、来場者の表情が綻ぶ。これまで伊藤さんが手がけてきた作品は幅広い。テレビCMでは、NEC『バザールでござーる』シリーズ(‘91〜)、フレンテ・インターナショナル ピンキー『ピンキーモンキー』シリーズ('00〜)、ビオレu『ビオレママ』シリーズ('00〜)などのヒットCMに関わってきた。プロモーションビデオでは、平井堅『キミはともだち』、宇多田ヒカル『traveling』(クレイアニメパート)、『SAKURAドロップス』(担当パート)などトップアーティストのミュージックビデオを手がけている。テレビ番組のオープニングアニメーションも多数制作している。テレビで毎日のように見ているアニメーションが、実は「I.TOON」が創ったものだと知って驚く人は多い。

I.TOON CAFE ヨコハマ

■東京から横浜へと事務所を移転、その決断の理由

「I.TOON」を主宰するアニメーションディレクター・伊藤有壱さん 今年4月に横浜へと事務所を移転した伊藤さん。それまでは東京に約10年間事務所を構えてきた。キー局や大手広告代理店が都内に集中しているので、映像制作会社も都内に拠点を持つのが一般的だ。しかし、コマ撮りで撮影する立体アニメーションは通常の映像制作とは異なり、撮影に非常に時間がかかるもの。撮影にかけた時間はクオリティに影響するので、自社スタジオでじっくりと作品を創るのが理想だが、地代の高い都内で自社スタジオを持つのはコスト的に難しい。そのため使用料の高いレンタルスタジオを使っているのが現状だ。自社スタジオを持つには、東京より地代の安い場所に拠点を持つしかない。

 こうした仕事上の考えとは別に、伊藤さんには自分のホームタウンを持ちたいという長年の想いがあった。海外の尊敬するクリエイターたちが皆、自分の愛するホームタウンを持ち、自らの活動とつなげている姿を見てきたからだ。伊藤さんにとってのホームタウン、それは横浜だった。小児喘息だったため5歳のときに東京から横浜の戸塚に引っ越し、豊かな自然に囲まれて子供時代を過ごした。『ニャッキ!』で作るセットにも、子供の頃に遊んだ横浜の風景のイメージが自然と現れていた。映像文化都市構想を描く横浜市の職員の熱意にも打たれた。伊藤さんは横浜への移転を決めた。

物流倉庫からクリエイティブ・オフィスへと用途転換した万国橋SOKO 横浜市のコーディネートにより、物流倉庫の万国橋倉庫がクリエイティブ・オフィスへと用途転換することが決まった。ここなら天上が高く、オフィス内に撮影セットも問題なく組むことが出来る。横浜市が創造的産業の企業誘致のために設置した助成制度の第一号案件となり、移転にかかるコストも軽減できた。横浜に移転して数ヶ月、伊藤さんに感想を聞いた。「万国橋SOKOは駅に近く、横浜は都内へのアクセスも良く、移動は全く問題ないですね。仕事場からは海が見え、潮の満ち引きで季節の移り変わりを感じることができます。東京と比べて環境は非常にいい。もちろん、もっと田舎でやるほうがコスト面では安くなりますが、それでは他との連携が弱くなる。横浜はその両面のバランスがとれたすごくいい場所ですね」。

リノベーションで倉庫から創造空間へ。馬車道に誕生した「万国橋SOKO」の全貌

■立体アニメーションに賭ける想いとワークショップ

『ノラビッツミニッツ』のセットとキャラクターの表情パーツ 1本の立体アニメーション作品を完成させるには、途方もない手間と時間がかかっている。伊藤さんによると5分間の番組『ニャッキ!』を1本作る場合、まずストーリーのアイデアで1カ月、セットや背景などのモノを創るのに1カ月かかる。撮影は、スタジオに朝から夜まで3週間カンヅメとなって行う。1日に撮影できるのはわずか2カット(アニメ界では「シーン」を「カット」と呼ぶ)。撮影後は画をつなぐ編集などデジタルワークが1カ月弱。これらのことを一部同時進行で進めても、1本の制作期間は約2カ月半もかかるという。そのため『ニャッキ!』は今年で放送11年目だが、完成したのはまだ31話だ。立体アニメーションは細部へのこだわりの結晶なのである。

『ニャッキ!』を使ったアニメーションづくりのワークショップの様子 立体アニメーションには、指先で触ったキャラクターがまるで命を持ったかのように動くという楽しさがある。その感動を多くの人に味わって欲しい――そんな想いから伊藤さんは立体アニメーションのワークショップを開催している。「受講者は、柔らかいクレイを自分の手で触って動かして、自分なりのアニメーションを作ります。意味のない内容であっても、それが人の心をガクガク揺さぶるんです」。道具を使わずに、指で触って表現できるクレイアニメを体験すると、人間の原点は手であることを強く実感するのだという。

伊藤さんらが監修した立体アニメーション制作ソフト「CLAY TOWN」ワークショップでは、立体アニメーション制作ソフト「CLAY TOWN」を使う。パソコンとウェブカメラを使い、素人でも手軽にコマ撮りをすることができるように伊藤さんらが監修した画期的なソフトだ。このソフトを使うことで、ワークショップ体験者は短い時間で作品を完成し、表現できることの面白さがより体感できるようになった。「昔は絵の具箱を持っているのは絵描きだけでした。その絵の具をチューブに入れ、絵の具箱という商品としてどこでも買えるようになったから、誰もが絵を描くことのできる時代が訪れたんです。アニメーションもそれと同じ。アニメーションづくりを簡単に楽しめる道具を、商品として誰でも買えるようにしなければいけない。ずっとそう考えていました」。

CLAY TOWN

 こうした活動を通してアニメーションが持つ本来の魅力を伝え、その裾野を広げる。また、突出した新しい才能を見出す。伊藤さんがワークショップをするのは、そうした啓蒙や発掘という目的がある。しかし、それだけではない。自分が参加者からエネルギーをもらうためでもあるという。「ミュージシャンは観客から拍手をもらいながら演奏することができますが、絵描きやアニメーターには、公開制作がありません。だから、参加してくれた人の顔や反応を見るとすごくエネルギーをもらうんですよ」。

■ショートアニメーション、その無限の可能性への期待

高見のっぽさんがバッタのおじいさんに扮して歌を歌う『グラスホッパー物語』のセット 仕事柄、国内外で発表されるアニメーション作品を見る機会が多い伊藤さん。ショートアニメーションはここ数年で大きく変わってきたという。「5、6年前から日本の若者が創るアニメーションの質がはっきり変わりました。ちょうどその頃から、僕らの少し上の世代のアニメーションの作り手が、美術大学などで学生に教える立場になったからです」。国も、子供の教育にメディアやアニメーションなどの映像を入れるべきだと、創造的産業を振興するように変わってきた。今年の春から中学校の美術の教科書にアニメーションの技法が紹介されることになり、「I.TOON」の作品はその代表作として紹介されている。

 一方で、作品が世の中に出て行く機会はまだまだ限られている。ショートアニメコンテンツがどれだけビジネスとして成立するか、その結果はまだ出ていない。しかし、携帯端末や手軽に持ち運べる小型PCが普及し、誰もが手軽に映像を楽しむ時代が到来しつつある。そんな社会だからこそ、ショートアニメーションは主役になる力があると、伊藤さんは言う。「出版社、テレビ局、原作漫画を組み合わせ、コンテンツをゲームや映画、コミックアニメなどへと展開する――そうした方法はもう20年前に下敷きが出来上がっています。私たち大人は、アニメーションの次の時代を担う子供たちのために、ショートアニメーションというエンターテイメント・ジャンルを確立するための新たなビジネスラインを生み出していかなくてはならないでしょう」。

自社スタジオで作品の撮影に取り組む伊藤さんそのためには、新しい考えやアイデアを実際にビジネスとして成立させる人材が必要だ。プロデューサーの人材不足はどこでも言われることだが、ショートアニメーション界にもそれは当てはまると伊藤さんは言う。現在、伊藤さんはアニメーションディレクターでありながら作品のプロデューサーの役もこなしているが、より大きな仕事をしていくには、スタッフの成長とともに信頼できるプロデューサーの存在が必要となってくるだろう。「I.TOON」を個人事務所からプロダクションへ成長させるために横浜に来た――そう語る伊藤さんの真っ直ぐな視線が印象に残った。

 この記事は、横浜テレビ局の番組『企業の履歴書』とヨコハマ経済新聞のタイアップ企画です。横浜テレビ局でも9月に「I.TOON」を取材した番組を放送しています。

横浜テレビ局
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