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特集

街で奏でられる「いつもの横浜の音楽」
耳を澄ませば歴史やストーリーが聞こえてくる

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■音楽とともに発展してきた横浜

相生町の「BAR BAR BAR」では毎夜ジャズのライブが行われる 横浜という街は、音楽がよく似合う。西洋文化の入り口だった横浜にはジャズにはじまり、ロック、ソウル、レゲエ、ヒップホップと街の発展とともに、その時々の流行の音楽が常に流れていた。今日では「横濱JAZZ プロムナード」「横浜本牧ジャズ祭」「横浜レゲエ祭」「横浜寿町フリーコンサート」「WIRE」など、様々な音楽の祭典が開催される舞台にもなっている。もちろん、こうした音楽祭だけでなく、街にはミュージックバーや音楽喫茶、ストリートミュージックなど、音楽は我々の日常の風景に溶け込んでいる。今回は、そんな街で奏でられる「いつもの横浜の音楽」に耳を傾けてみた。

1971年から横浜でロックを鳴らし続けるバー 横浜でロックといえばココ。伊勢佐木町にある「John John(ジョン・ジョン)」。店名は、オーナーが敬愛するジョン・レノンにちなんで名づけられもの。伊勢佐木町ゆかりの音楽といえば、青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」がすぐに思い浮かぶが、この店は1971年から伊勢佐木町で横浜のロックの音を発信し続けている。店先で買えるホットドッグとともに、この界隈の名物的な存在だ。カウンター数席とテーブル席3つの店内にはモニターテレビが設置され、60~80年代のアーティストのライブ映像が常に流れている。

John John(Yahoo! グルメ)

■36年間、ロックを流し続けてきた名物店

マスターの安藤さん マスターの安藤光一さんは、音楽へのこだわりをこう語る。「ロック? ロックなのかなぁ? 好きなアーティストの名前を上げればキリがないけど、全部言ってく?(笑)」。来店客からのリクエストに応えて、流す曲や映像も変えてくれる。ただ音楽や映像を流すだけでなく、アーティストやそのライブイベントの裏話やウンチクも聞けたりするので、ロック好きはぜひ一度足を運んでマスターとの会話を楽しみたい。「好きなものを流してるだけ。合う人は合うと思う」と、飄々と答える。「36年間お店をやっていて、この街も変わってきたけど、お客さんも同じで自分と一緒に歳を取るからねぇ(笑)。一見さんもそんなに多くないけど、ロックが好きなら楽しめると思うよ」とのこと。

 店内ではライブも行われている。取材時には、「TSUKASA & TAKESHI」(ハーモニカ:鈴木司、ギター:櫻田武)のライブが開催されていた。ライブ終了後には出演者たちも来店客と酒盃を交わすなど、アットホームな雰囲気に溢れている。偶然、来店していた大和市にあるライブバー「菩南座(ぼなんざ)」のマスター、戸川凛太郎さんによると安藤さんとは以前から交友があり、それぞれのお店を行き来店内では「TSUKASA & TAKESHI」のライブが行われていたしているとのこと。そんな2人だけに、会えばいつも酒と音楽の話で盛り上がる。2人に「ロックなお酒とは?」という質問をしてみた。安藤さんは「マイヤーズラムのロック」、戸川さんは「バーボンストレート、ロックでもいいかな?」と話す。「マイヤーズってジャマイカのお酒だからレゲエじゃないの?」という戸川さんの突っ込みに、「そう?ロックなお酒って言われてもねぇ、おいしければ何でもいいんじゃない」と笑顔で答える安藤さん。運が良ければ、2人のロック&酒談義を聞けることもある。そして、「John John」で買ったホットドッグをかじりながら、イセザキモールを散策なんてのもアリだ。

菩南座(ボナンザ)ホームページ

■本場のソウルミュージックを求めて米兵の姿も

麦田町のソウルバー「SUGAR SHACK」 元町の山手トンネルを本牧方面へ抜けると、すぐ右手に横浜らしい雰囲気に溢れたソウルバーがある。「Sugar Shack(シュガーシャック)」。17年目を迎えるこのバーには、本場アメリカのソウルミュージックを求めて横須賀や座間の米軍基地から米兵も訪れるという。店内に流れるのはソウルミュージック、フュージョン、AORなど。DJブースもあり、その後ろには壁面にギッシリと、オーナーも数え切れないというアナログ盤が置かれている。

Sugar Shack(シュガーシャック)ホームページ

アーティストのサイン入りの貴重なアナログ盤が所狭しとディスプレイ 山手トンネルから本牧側にはかつて米軍基地があり、1950~70年代にかけてはアメリカ文化が横溢する独特の雰囲気を持つエリアだった。華やかなりし頃の横浜を象徴する土地柄でもある。流行の発信地だった本牧のレストランやバーでは、当時の日本では入手困難だった最新のR&RやR&Bといったアメリカ音楽が流れ、訪れる米兵や流行の最先端を行く一部の日本人たちを楽しませていた。82年に米軍基地は撤退したものの、この界隈のバーは今も音楽にはこだわりを持ち続けている。「Sugar Shack」も、そんな本牧エリアのバーの矜持を保ち続けている店のひとつだ。

■音楽とベイスターズ、横浜らしい雰囲気のバー

オーナー兼マスターの石川さん 「基本的には、レゲエ以外の黒人音楽だったら何でもOKですよ」と話すオーナーの石川比呂哉さん。店内には、来店した様々なアーティストの写真やメッセージやサイン入りのレコードジャケット、プロモーションピクチャーが所狭しとディスプレイされている。そして、そんなディスプレイの中に、なぜか横浜ベイスターズの選手のユニフォームやバットが…。そう、ここはソウルバーでありながらベイスターズの選手もお忍びで訪れるというベイスターズファンのためのバーでもあるのだ。ソウルミュージックとベイスターズ、まさに横浜らしいバーだと言える。「選手とはメールでやり取りしたり…。友達だね」と話す石川さん。「そうそう、この前も引退して帰国した外国人選手からメールが来たんだよ、最近引っ越したとか言ってね。それをこちらから、ベイスターズの選手たちに一斉にメールしたりもするよ」と、今や現役選手たちよりも交流が深かったりする。

横浜ベイスターズ オフィシャル ウェブサイト

ベイスターズの選手たちも常連 石川さんによれば、選手たちはオフの時だけでなく、試合のあった日も横浜スタジアムから駆けつけて来るとのこと。「ありがたいよね。こんなお店、他にないでしょ?」と、誇らしげに話す。メニューには、選手にちなんだオリジナルカクテルもある。例えば「4番ローズ」。レシピは、マイヤーズラム(ホワイト)+パインジュース+コーディアルライム+カシス。パインジュースのスッキリした酸味が、カシスの甘みを程よいものに抑えている。他にも「浜の守護神」や日本最速男マーク・クルーン選手にちなんだ「161K」なんていうカクテルもある。「一見さんでもソウルミュージックを聴きながら楽しくバーテンダーと会話を楽しめると思うので、ぜひ遊びに来て欲しいね。もちろんベイスターズファンも!」。音楽だけでなく、野球好きにもオススメのミュージックバーだ。

■横浜のジャズシーンを支えてきた存在

 横浜といえば、何と言ってもジャズである。1986年オープンの「Bar Bar Bar(バー・バー・バー)」は、そんな横浜のジャズシーンを支えてきた存在だ。毎夜、ジャズのライブ演奏が聴けるこの場所は横浜の「いつものジャズ」を聴くことができる。2フロアある店内は1階がバー、2階がレストランとライブステージ。2フロアになったことを除けば、オープン当初からの佇まいをほぼ現在にまで留めている。

Bar Bar Bar(バー・バー・バー)ホームページ

横浜のジャズシーンを牽引する存在 横浜ではすでに大正時代、伊勢佐木町の喜楽座(現在の日活会館がある場所)でアメリカのジャズミュージシャンによって、ガーシュインの「サムバディ・ラヴス・ミー」や「ライム・ハウス・ブルース」が演奏されたという記録がある。当時、横浜には6つのジャズ楽団があったという。昭和初期の1932年には、野毛にジャズ喫茶「ちぐさ」がオープン(今年1月に閉店)。戦時中は敵性音楽ということでジャズは禁止されたが、戦後になると進駐軍によって一気に横浜で広まった。

 「ここら辺は焼け野原。何もなかったね」と、「Bar Bar Bar」のある相生町界隈の終戦当時について語るオーナーの鶴岡博さん。「その頃、若葉町には飛行場、関内にはモータープールがあったんだよ。そこから流れてくる音楽を聴いてたんだ。ジャズだけじゃなかったと思うよ」。終戦後、横浜には進駐軍兵士や商社マン相手にジャズを聴かせる店が数多くあった。関内の「ゴールデンドラゴンクラブ」や山下町の「ゼブラクラブ」といったジャズの生演奏を聴かせるサパークラブやナイトクラブなどがそれで、現在も元町にある「クリフサイド」もそうしたクラブのひとつだ。

■横浜の文化の香りを感じながら音楽と食事と酒を楽しむ

 しかし、64年の東京オリンピックの前後から、徐々に客もジャズミュージシャンたちも東京へ移り、横浜でのジャズ人気も下火になる。そうした状況に、鶴岡さんは「ジャズを楽しめる場所が欲しかった」と、ジャズライブバーの開業を思い立つ。友人知己に声をかけ打診をするが、「それはいいねぇ」という感触の好い言葉は返ってくるものの実際に具体的になることはなかった。じゃあ自分ひとりでやってしまえ、ということでできたのが「Bar Bar Bar」だという。

支配人の竹内さん 支配人の竹内眞澄さんは、横浜とジャズの関係についてこう話す。「いつも、そこにジャズがあったんです。自然と聴いている音楽という感じですかね。お客様もそういった方が多いと思います。ジャズの中でもスタンダードジャズ。歌モノが多いです。出演してもらうアーティストの方にもそこは意識してもらっています。トリオ+ボーカルという編成でスタンダードなジャズナンバーを提供しています。横浜の文化の香りがするお店というのは常に意識していますね」と、伝統と格式の高さを窺わせる。

 ジャズ愛好家が楽しめるのはもちろん、横浜の文化の香りを感じながらジャズと食事、酒が楽しめる「Bar Bar Bar」。同店ではジャズライブバー初心者でも気軽に楽しめるように、昨年から毎月第一月曜日は「ハッピーマンデー」と銘打ち、料金が全て半額になるサービスを実施中だ。「ジャズを楽しみに来るお客様はもちろん、デートであったり、会社の方と食事をしにいらっしゃったり、お客様の目的はそれぞれ違います。そのそれぞれの目的に合わせてサービスを提供し、満足していただきたいです」(竹内さん)。

■毎日ジャズを演奏している場所、それが「Bar Bar Bar」

 一方、「みなとみらいとかのニュータウンのように、若者が遊べる場所ってのはたくさんあるよ。でもオールドタウン、その土地の文化とか香りが残っている場所に大人の遊び場というか社交場っていうのがもっとあるべきだ」と話す鶴岡さん。「オープン当初からキッチンにシェフを入れてさ。元々がナイトクラブとかサパークラブとかで遊んでて、そんな場所が欲しかったわけだから食事にも妥協はしない。月に数回同じミュージシャンが出演することもあったけど、今は毎日違う人にやってもらってる」。

横浜の文化とともにジャズを楽しむ 鶴岡さんは91年に「横浜ジャズ協会」を設立。会長として93年から毎年、イベント「横濱JAZZプロムナード」を開催しており、今年で15周年を迎える。「祭りってのは一過性、非日常だよ。地方から遊びに来る人もいるよね。遠い所から遊びに来て、楽しんでくれて、そんな人からお礼の手紙をもらったこともあるよ。ジャズっていう『横浜土産』を売るようなもんだね。そういう祭りをやることで波及効果ってのが出てくる。定着すれば日常だ。今じゃここら辺にジャズライブバーも増えてきたけど、その流れっていうのもこの波及効果のひとつなんじゃないかな。毎日ジャズをやってる場所、それが『Bar Bar Bar』だ」。

横浜ジャズ協会 横濱JAZZプロムナード

 これまで述べてきたように、ロックやソウル、ジャズは横浜という街の歴史の節目に奏でられてきた。言ってみれば、横浜の歴史を物語る音楽でもある。そんな「いつもの横浜の音楽」に耳を澄ませば、その背景にある歴史やストーリーまでもが聞こえてくる。

笠原誠 + ヨコハマ経済新聞編集部

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