特集

横浜港にかつてあった砲台
地下に眠る「神奈川台場」の物語
小学生10,000人に冊子を贈呈

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 幕末、黒船などの外国船から領土を防衛するための砲台として、日本各地に1,000個ほども作られたという「台場」。神奈川台場(横浜市神奈川区)は、横浜が開港される1859年に着工、翌年完成した。開国後に竣工(しゅんこう)したため、他の台場とは異なり、国際港として外国の貴賓が港に入った際に祝砲や礼砲を上げるという外交儀礼を果たすための機能が重視され、攻撃の砲は一度も打たれたことはなかった。

明治初年の神奈川台場(山本博士さん蔵)
明治初年の神奈川台場(山本博士さん蔵)

 この神奈川台場の歴史を知ってもらおうと、公益社団法人「神奈川台場地域活性化推進協会」は9月1日、子ども向けの冊子『神奈川台場物語』を発行。同月25日には、神奈川台場の遺構が存在する地域を学区に持つ横浜市立幸ヶ谷小学校の6年生全員にこの冊子を寄贈するセレモニーを行った。

■「かいしゅうくん」とたどる神奈川台場の成り立ち

『神奈川台場物語』2018年9月 公益社団法人神奈川台場地域活性化推進協会刊

『神奈川台場物語』2018年9月 公益社団法人神奈川台場地域活性化推進協会刊

 『神奈川台場物語』はA4版フルカラー32ページで、台場の設計をした幕府の役人であった勝海舟(かつ・かいしゅう)をモデルにしたキャラクター「かいしゅうくん」が、19世紀末の神奈川台場の成り立ちから今に至るまでをナビゲート。見開きごとに易しい解説の一言を発しており、かいしゅうくんのセリフを追うだけでも全貌の輪郭が伝わる。子どもにも読みやすいようにとルビがふられているほか、子どもたちと家族が一緒にまち歩きが楽しめるように散策マップも掲載。古写真や古地図などの資料を豊富に載せ、大人も楽しめる内容となっている。

 神奈川台場地域活性化推進協会が、横浜開港資料館の西川武臣館長と共に執筆し、公益財団法人「横浜市ふるさと歴史財団」が監修、編集は季刊誌『横濱』の編集で知られる株式会社「ウィンダム」が務めた。「かいしゅうくん」のデザインにあたっては、勝海舟の玄孫にあたる高山みな子さんに監修を依頼、子孫からのお墨付きのキャラクターが誕生した。

>>ハマっ子社長・山本博士さんが「勝海舟直筆の手紙」を発見

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勝海舟とかいしゅうくん
勝海舟とかいしゅうくん

■各所で見られる神奈川台場の手がかり

 神奈川台場は1860年に落成、同年8月5日には松山藩主の久末勝成が完成した台場を視察したという記述が当時の古記録に残されている。神奈川台場地域活性化推進協会の理事長を務める山本博士さんは「交易・外交のために利用された神奈川台場は100戸足らずの小さな漁村だったかつての横浜を、開港後日本有数の貿易港へと導いた歴史を語る貴重なもの」だと話す。

神奈川台場の位置『神奈川台場物語』より
神奈川台場の位置『神奈川台場物語』より

 かつて台場があった地域は、現在のJR貨物線の東高島駅とほぼ等しい。台場が置かれた海は遠浅で、全面の石垣は海底から9メートルの高さまで積み上げられており、総面積は台場の本体部分だけで2ヘクタールを超えていた。台場は1899年に外国人居留地の廃止に伴い撤廃、その後大正時代に横浜市が現在の神奈川区や鶴見区の海岸部に工場地帯の造成を始めたことに伴って土中に埋め立てられ、現在、その様相を見ることはできない。

地下に台場が残されている場所を上から撮影 『神奈川台場物語』より
地下に台場が残されている場所を上から撮影 『神奈川台場物語』より

 しかし近年では、2002年に神奈川区役所・神奈川地域活性化推進協会・神奈川お台場保存協議会などが手掛けた石垣の発掘調査により土中に残された石垣に関する報告書『神奈川お台場の歴史と今』(神奈川お台場保存協議会刊)が作成されるなど、史跡としての価値が認められるようになってきた。

 横浜開港資料館の西川武臣館長は「関東大震災で多くの建造物がなくなってしまった中、土の中に残された遺跡は非常に数少なく貴重なもの」だと台場の重要性を強調する。横浜では2010年に「象の鼻パーク」(中区)の整備工事中に発見された明治期の横浜税関が横浜市歴史的建造物として認定されたが、同等に貴重なものであり、今後台場が保全されるようにと、台場地域活性化推進協会の活動に期待を寄せる。

>>幕末の史跡「神奈川台場」石垣遺構、マンション内資料室で公開

神奈川台場石積みの調査『神奈川台場物語』より
神奈川台場石積みの調査『神奈川台場物語』より

 当時の歴史の手がかりは今も街なかに存在している。発掘調査の結果として石積みの一部が見られるようになった星野町公園や、神奈川区神奈川の民家の裏に当時の石垣が表出している場所があるほか、神奈川台場公園には地下に眠る神奈川台場跡に関する案内板が設置され、冊子にはそれらの紹介も収められている。

■未来の歴史の語り手へ

 時の経過とともに地下に眠った大きな遺構を今後どのように保存・活用すると良いのだろうか。「かいしゅうくん」は冊子の最後に「どんな保存の方法があるのか、みんなも考えてみよう」と投げかける。

 9月25日に横浜市立幸ヶ谷小学校で行われた冊子の寄贈セレモニーでは、式典の冒頭で須貝広幸校長が全校児童に神奈川台場を知っているかを尋ねると、手が挙がったのは2割ほど。6年生を代表して冊子を受け取った石川凛緒さんは「社会科の授業で歴史に興味を持っていたので、冊子をもらえて嬉しい」と感想を述べた。

全校児童の前で代表者に贈呈
全校児童の前で代表者に贈呈

 今後は、神奈川区・西区・中区の公立小学校37校の小学6年生全員へ約3,300冊を配布する。この事業は台場完成から160年目となる2020年までの3年間継続し、合計約1万冊が寄贈される予定だ。

 山本さんは「保存運動は自分たちだけで完結するのではなく、次世代に受け渡すために担い手を育てることが大切」であると考え「冊子を読んだ子どもたちが、10年後20年後に、保全活動を担ってくれたら」と夢を託す。

 10月7日に反町公園で開催される神奈川区民まつりでは、一冊300円で販売を予定する。問い合わせは神奈川台場地域活性化推進協会( info[at]kanagawadaiba.com)まで。

紀(きの)あさ+ヨコハマ経済新聞編集部

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