特集

「横浜」は物語を演ずる魅力的な舞台!?
加熱する横浜演劇シーンの最前線

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■海外の秀作が格安で見れる「横濱世界演劇祭」

今年、14年ぶりに復活したフェスティバル「横濱世界演劇祭2006」が、2月11日から3週間にわたり開催される。公演を行うのは、韓国、デンマーク、スコットランドから招いた3つの劇団と、地元・横浜の劇団を含めた9団体。いわば、海外の最先端の演劇とともに、横浜の熱い演劇シーンも味わえるイベントだ。神奈川県立青少年センターホールなど7会場で上演、総上演回数は40以上で、海外の劇団の公演だけで4,000人以上の動員が期待されている。

横濱世界演劇祭

海外の作品は、いずれも実行委員が、海外や巡演に来た沖縄へ自費で出かけ、横浜に招く価値があると確認してきたものだ。事務局長の団のぼるさんは、「どれも『演劇ってこういう力をもっているんだ』と改めて感じさせる作品ばかり」と語る。「韓国の劇団超人による『汽車』とデンマークのテアトレットの『ディットー』はせりふがない。でもダンスとか抽象的なパントマイムとかではなく、ちゃんと演劇として成立している作品です。スコットランドのダンディ・レップ・シアターの『コルチャック先生の選択』は第二次世界大戦下のポーランドのユダヤ人隔離街で、孤児と一緒に生活した有名な人物の話。字幕スーパー付きですが、それが読める年齢のお子さんなら親子で見てほしい作品です」。海外の秀作でも前売指定席3,500円(『汽車』は3,000円の前売自由席もあり。ほかにセット割引や10人以上の割引も)と観劇料をできるだけ低く抑えているのも特徴だ。

「横濱世界演劇祭2006」開催 -演劇の日常化が目標

国内作品も多彩で、ユニークな作品が揃った。地元の小学生も出演する横浜ボートシアター『賢治讃え』、児童・青少年向けの劇に取り組む14劇団合同の『お伽芝居 春若丸』、県下の劇団が40分前後の小作品を連続で上演、入場料無料で観客は出入り自由という「神奈川演劇博覧会」など9公演。「演劇の一番大切なものが一堂に集まった、と言える内容です」(団さん)。普段はなかなか見ることができない他国の劇団や、地元を含めた国内の多様な劇団の作品を見る機会をつくり、横浜の演劇シーンを盛り上げたいという狙いがある。

宮沢賢治6作品の公演「賢治讃え」-中村桂子氏の対談も
横濱世界演劇祭 横濱世界演劇祭 事務局長の団のぼるさん デンマークのテアトレット「ディットー」

■助成金の不採択で奮起した実行委員会

「横濱世界演劇祭」の前身は、横浜で1985年、89年、92年に「神奈川国際アマチュア演劇フェスティバル」と題して開かれた国際演劇祭。バブル崩壊の影響で4回目がとん挫したままになっていたが、神奈川県演劇連盟(県連。県内で活動する地域劇団の組織)のなかで「復活させよう」という動きが高まった。3年ほど前、行政の協力も得て、県連メンバーなどで組織された同演劇祭実行委員会を設立、先述の団さんが事務局長となった。団さんは県内で演劇活動を続けて45年、かつては企業に勤めながら劇団に所属していたが、退職した現在はフリーの演出家。子育てサークルから生まれた劇団の演出、障害児の演劇指導など、アマチュア演劇で培ったものを生かして地域で活躍している。

神奈川県演劇連盟

復活にあたり、資金的にあてにしたのは文化庁の助成金。しかし昨年春、助成の申請は不採択となった。経営が苦しい演劇業界のこと、「助成金がなければ開催は無理」との声もあったが、逆にそのことにより奮起したと団さんは言う。「助成金が駄目になって、本当の意味での力が出ましたね。それなら自分たちでやってみよう、という気になったから」。予定していた海外招聘劇団の一部を断るなどして規模を縮小、県から400万円の補助金と会場の提供、市からも会場の提供を受けるなど、多方面からの協力により開催にこぎつけた。

団さんは協賛企業を探したり、ボランティア協力の依頼のために動き回った。地元の経済界に対しては「経済が文化を支えることの大切さがなかなか分かってもらえない」と不満を感じたものの、「たくさんの人に会って自分の思いを一生懸命伝えたら、その思いに多くの方がこたえてくれて、新しい出会いもありました。演劇についてこれほど情熱を込めて語ったことは無かったので、この体験が大きな力になりました」と目を輝かせた。

韓国の劇団超人「汽車」 横浜ボートシアター「賢治讃え-土神と狐」 児演協合同「春若丸」

■10周年を迎えた「アートLIVE」、横浜開港の要人を舞台化

また3月には、1ヵ月間にわたり、市内の劇場やホールなどで、市内をはじめ全国から公募で集まった演劇団体によるものを中心に、さまざまな公演が並ぶ演劇祭「横浜アートLIVE 2006」が開催される。アートLIVEは今年で10周年、毎回目玉となる招聘作品や自主企画も上演しているが、今年の注目は、10周年特別企画である横浜発演劇製作プロジェクト『ど破天港一代 高島嘉右衛門 伝説の男が現代に贈るもの』(3月18・19日、関内ホール大ホール)。「アートLIVEで横浜ならではの舞台をつくりたい」というかねてからの願いが、ようやく結実したものだ。

横浜アートLIVE

高島嘉右衛門とは、開港直後の横浜で実業家としてさまざまな仕事を成し、また「高島易断」の創設者としても知られる。横浜の発展に大きく貢献した人物として、「開港150年」を3年後に控えた横浜で今、注目度も高まっている。スケールが大きく、波乱に富んだ彼のユニークな人生を、当時と現代の時が交差する幻想的な設定で描くという。出演者は約30人、かかし座の影絵、横浜の今昔を見せる映像など、視覚的な面白さも十分ありそうだ。作・演出は、東京で素劇舎という演劇集団を率い、アートLIVEにも何度か出演している花輪充さんが手掛ける。

もともとの構想は、実行委員の間で「いつかは嘉右衛門をやらなければ」という思いから出発した。その一人は、自ら作・演出した作品で毎回、アートLIVEに参加してきた初谷康正さん。自分の劇団に、横浜劇団(読みは「ヨコハマドラマワークス」)と名付けるほど、横浜へのこだわりが強い。初谷さんは芝居を続けるため会社をやめて自営業を始め、本業と創作で多忙な中、劇団とは別に演劇塾を開き、趣味で芝居をやりたい人などの指導もしている。この作品では、子育てをしながらこの塾に通い続けた女性がオーディションで選ばれ、主要な役を受け持っている。

今回のアートLIVEで、この公演の裏方に徹する初谷さんは「見た人たちが元気になって『明日も頑張ろう』という気になれるものを、というのがこの作品の一番のコンセプトなんです。この舞台をつくりながら、演劇を通して世の中を活性化できるメッセージが発信できる、という確信が持てました」と語る。嘉右衛門の孫娘で80歳を超える後藤達子さんのお宅を訪ね、嘉右衛門のエピソードを聞いたり、上演の許可を得たことも励みになったようだ。後藤さんも「嘉右衛門は、横浜から何かを発信しようとした人です。現代の横浜人に『横浜がイニシアチブをもって主張していこう』とアピールできるような芝居になれば」と期待を語る。

横浜アートLIVE 2006 ど破天港一代 「横浜劇団」の初谷康正さん 「ど破天港一代」の練習風景 「ど破天港一代」の練習風景

■2つの演劇祭の連携でシーンをより活性化する

「横濱世界演劇祭2006」と「横浜アートLIVE 2006」は共同開催という形で連携している。アートLIVEは毎年開催していることから、広報活動などで世界演劇祭に協力。アートLIVEにとっては、華やかな世界演劇祭とともに広報・PRできることがメリットとなる。

アートLIVEの発端は、10年以上前に遡る。当時、演劇を上演するのに使い勝手のよい劇場が市内にほとんどない、といった問題があった。そこで、「横浜の演劇の活性化を図るにはどうしたらよいか」と演劇をつくる側の団体や個人、見せる側の演劇鑑賞団体、観客らが集まり考え出されたのが、このフェスティバル。横浜には確固とした演劇の需要があることをアピールすることが目的だった。

第1回と第2回はみなとみらい21地区の空き地にテントを張って開催された。やがて横浜市芸術文化振興財団との共催となり、市内の劇場を優先的に無料で利用できるようになった。「横浜で演劇祭があるなら、ぜひ出たい」と言う市外の劇団が予想以上に多かったことも、継続につながった。観客動員数は、ここ数年は2万人前後を推移している。昨年はステージ数を減らしワークショップを充実させたため少しダウンしたが、今年は世界演劇祭との相乗効果で、その数はクリアできる見込みだ。

当初からの実行委員で、影絵劇を専門とする劇団かかし座(都筑区に本拠)の代表、後藤圭さんは「今回の10回までは第1期で、次から20回目までは第2期だと考えています。第1期の最後に、世界演劇祭と合流してやったのは一つのヒントになっているんです。横浜アートLIVEという組織は、横浜の演劇界ではまだまだ新興の組織で、県演劇連盟(世界演劇祭実行委の核で、半世紀以上の歴史ある劇団が6団体も所属)など、横浜で長く演劇活動をしている人々の団体とは距離がありました。また我々は横浜SAAC、STスポット横浜、横浜市高校演劇連盟と一緒に、助成金の受け皿でもあるクリエイティブステップ横浜という組織をつくっていますが、まだまだ連携は不十分。これからは、いろいろな組織が協力し合わなければいけない。そういうことを念頭に、アートLIVEの目標を立てるべきだろうと思います」。

「ど破天港一代」の練習風景 「ど破天港一代」の練習風景 「劇団かかし座」代表の後藤圭さん

■「演劇大学」が首都圏で初めて横浜で開催

この2つの演劇祭以外にも、横浜の演劇シーンの加熱を表しているのが、横浜駅西口の相鉄本多劇場で開催されている「演劇大学 in YOKOHAMA」だ。「演劇大学 in YOKOHAMA」は昨年からスタートし、今年も1月に開催された。会場となる相鉄本多劇場は客席180人ほどの小劇場で、ふだんは主に演劇公演に使われている。そこに、流山児祥さん、木野花さん、坂手洋二さんといった全国的な人気をもつ演出家ら6人が講師となり、演劇をやりたい人のための1~3日のセミナーやワークショップを実施している。演劇経験不問のクラスのほかプロを目指す人のクラスもあり、受講生は県内や都内はもちろん、千葉県や栃木県などからも含め、今年は延べ200人近くが集まった。

「演劇大学」は、全国の舞台演出家で組織される日本演出者協会が、特に力を入れて取り組んでいる事業の一つ。年に数回、全国各地で開催しているもので、横浜のほか、札幌、盛岡、仙台、長野県松本・岡谷、福岡などを回っている。「あの演出家に会いたい」と願うような第一線の演出家から直接指導してもらえることなどが魅力となり、各地で好評を得ている。

日本演出者協会

昨年の横浜での開催は首都圏では初の試みであり、協会では力を入れた。若い世代に絶大な人気を誇る演劇集団キャラメルボックスの演出家、成井豊さんをはじめ、豪華な講師陣が顔をそろえて話題を呼び、全講座が完売に。その成果を受けて今年の開催となった。同協会理事の大西一郎さんは、横浜開催のメリットをこう説く。「地方で開催する場合、講師は宿泊することになるから、どうしても2~3日はスケジュールを空けなければならなくて、引き受けてくれる人が限られる。横浜なら、東京に住んでいる人でも日帰りできますから『1日ならば』と引き受けてくれる人が増えたんです。それで講師の幅が広がりました」。

これまで首都圏でできなかった理由の一つは、資金面で会場の確保が難しいことだ。地方の場合、会場使用料を安く抑えることができるし、自治体がバックアップする場合も多い。横浜では、この相鉄本多劇場を本拠に活動する非営利団体、横浜舞台芸術活動活性化実行委員会(略称:横浜SAAC)が協力して会場を提供した。大西さんは横浜SAACの委員を務めていることから、両者がスムーズに結び付き、横浜での演劇大学が実現したのだ。

演劇大学・講師は坂手洋二さん 演劇大学・講師は羊屋白玉さん 演劇大学・流山児祥さんと小林七緒さん指導のクラス

■演劇人のレベルアップを図る「横浜SAAC」

横浜SAACとは、「横浜やその周辺で演劇活動に取り組む人や集団を応援するため、個人や、一つの集団だけでは実現しにくいことをサポートする」ことを目的に3年ほど前に発足した組織。委員長は本多劇場グループの代表、本多一夫さん、委員は先述の大西さん、県内の演劇団体や制作支援グループの代表など、横浜で演劇活動にかかわる6人(本記事記者もその一人)が務めている。

横浜SAACは横浜を中心に活動する演劇人のレベルアップなどを目的に、これまで殺陣、ダンスなどのワークショップ、良質の舞台作品の招聘公演などを実施してきた。毎年1月には、舞台美術、衣装、制作(宣伝、チケット販売、当日受付など多様な事務部門担当)など「芝居の裏方」として第一線で活躍する人からトークショー形式で話を聞く「バックステージワーク・セミナー」を開催している。

今年はさらに、若い演出家による「リーディング」企画(脚本を一般的な舞台作品に仕立てるのでなく、俳優の「読み」に力を置いて見せる公演。2月12日まで同劇場で開催中)や、飛躍が期待される劇団のサポートも手掛けている。「横浜の演劇界をもっと力づけるために、効果的なことは何か」を手探りで進めて2年半、ある程度の手ごたえを感じながらも、まだまだ新しい道を模索している。その活動は、「地域の文化芸術活動の活性化に寄与する事業」として横浜市と文化庁の助成金で支えられている。

バックステージワーク・セミナー ワークショップ

■横浜は東京に負けない文化圏をつくれる街

大西さんは演出家で劇作家、プロデューサー、まれに俳優もこなすマルチ演劇人。自ら主宰する劇団「ネオゼネレイター・プロジェクト」の公演をはじめ、東京の劇場や演劇人とかかわることが多い。しかし自宅は藤沢で、以前は家業の倉庫会社が横浜にあり、また高校・大学と日吉の慶應義塾に通った関係で、横浜はよく遊び慣れ親しんだ街。東京で活動しつつも、「横浜で何かできないか」という思いは離れず、10年前、横浜駅西口にある小空間STスポットで公演したころから、横浜での活動にも少しずつ力を入れてきた。2002年2月には「横浜演劇計画」というプロジェクトを立ち上げ、ミニ演劇祭を開いたり、首都圏では横浜でしか見られない舞台のプロデュースなども手掛けてきた。横浜に目を向けるうち、「商業圏としては東京にかなわなくても、文化圏としては負けないものが作れる」という確信が強まったという。

「演劇大学を横浜でやってみて分かったことは、アクションを起こせば東京からも人が来るということ。必要なのはそのための拠点です。拠点があれば情報も集約できるし、研修もできる。そこに泊まりながら芝居づくりをすることもできる。演劇を活性化するセンター的な施設ができれば、全国から、演劇を志す人が横浜を目指すようになることも夢ではない。東京の演劇人も、『横浜は面白そうだから』と引っ越して来る人が増えるんじゃないかな」(大西さん)。

日本演出者協会理事の大西一郎さん バックステージジワーク・セミナー・トークバトル

■横浜の演劇人コミュニティを支える「劇サロ」

相鉄本多劇場では演劇大学の他に、もう一つ注目を集めている場がある。「劇サロ」、正しくは「横浜演劇サロン」という名の交流会が4年ほど前から毎月1回、開かれていることだ。これは劇団に所属している人、個人で活動している人、観客として表現活動に関わっている人、誰でも予約なしで参加できるというもの。会費は100円、食べ物や飲み物を各自が持ち寄って劇場で行う気軽な飲み会だ。途中、自己紹介タイムもあり、劇団で活動する人は公演の宣伝をしたり、演劇ファンは最近見た芝居の話などをする。当初は数人規模でスタートしたが、徐々に参加者が増えて、今年1月の劇サロには過去最高の55人が参加した。

横浜演劇サロン

本多劇場グループ(下北沢に5館と横浜の1館)の毎月のスケジュール表に案内が載るため、東京方面から来る人も目立つ。年齢が高い人の中には、「サロン」という言葉から、あらたまった雰囲気を予想して来て、あまりにざっくばらんで驚いた人もいる。楽しく、しかも宣伝や情報収集、時には、公演に必要な役者やボランティア探しもできるとあって、東京で活動する人から「東京にはこういう会は無いからうらやましい」という声もよく出る。参加者の中から、横浜SAACなどの地域の演劇支援活動に協力する人が出たり、この劇場での公演を検討する人が増えるなど、横浜の演劇活性化につながっている。

本多劇場グループ

同時期に開催する2つの演劇祭や、次代の演劇人を養成する演劇大学、コミュニティを育むサロンと、横浜の演劇界のポテンシャルは高い。この2月・3月は飛躍が期待される横浜の演劇シーンの今を知るための絶好の機会だ。普段はあまり演劇を見ないという人も、独特の熱気を味わいに、気軽に劇場に足を運んでみてはいかがだろうか。

山田ちよ + ヨコハマ経済新聞編集部

山田ちよ BLOG「まちと表現、そして劇場」
劇サロで公演を宣伝 劇サロで最近見た芝居を紹介 劇サロの忘年会
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