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特集

トリエンナーレは横浜に何を残した?
市民報告書で読み解く2008年への課題

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■市民の、市民による、市民のためのトリエンナーレ報告書

横浜トリエンナーレ2005の公式ドキュメント(右)と市民報告書(左)

4月21日、トリエンナーレ組織委員会が発行する公式ドキュメントと同時に、市民広報チーム「はまことり」とボランティアチーム「わくわくアート隊」が編集した市民報告書「トリエンナーレからシティアートへ」が横浜市芸術文化振興財団から発行された。「はまことり」は横浜トリエンナーレを中心に、横浜のアート全般の情報発信を行う市民グループ。内容は、トリエンナーレやその周辺イベントに関わった人々と関わらなかった横浜市民、双方の意見を取り上げ、市民の視点から検証するというもの。現代アートイベントの報告書と聞くと、難解な内容をイメージしてしまうが、この市民報告書では図や写真、イラストを多用し、わかりやすい文章でまとめられていて、雑誌感覚で読むことができる。

YCAN あなたも私も、プログレス。~市民版トリエンナーレ・ドキュメント誕生 「はまことり」で編集・デザインなどを担うデザイナーの高橋晃さん

編集・デザインなどの実務面で「はまことり」の中心的な役割を担ったのは、デザイナーの高橋晃さん。高橋さんは、「グリーンマップ横浜」をはじめ、いくつもの横浜の市民活動に関わっている。市民報告書制作のきっかけをこう語る。「自分は今回のトリエンナーレをとても評価しているんですが、世の中での評価は賛否両論です。良い評価というのは忘れ去られてしまいがちですから、このまま放置されると、悪い評価で固まってしまうのではないかという心配がありました。そこで評価の基準となる報告書を残さなければ、と考えたわけです。それも組織委員会が発行する公式見解的なものだけではなく、市民目線で作られたものであることが必要だと思ったんです。組織委員会発行のドキュメントと私たちの報告書の両方を読むと、横浜トリエンナーレ2005がより良く分かると思いますよ」。

グリーンマップ横浜

報告書の狙いの一つは、トリエンナーレの客観的な評価を提示すること。そのために、展覧会の来場者だけでなく、市内5区でもアンケート調査を行った。さらに、横浜のギャラリーやアート関連団体にもトリエンナーレに関する意識調査を行うなど、様々な層から意見を吸い上げた。「報告書を編集することで様々な意見が集まります。特に、展覧会に来なかった人の声を聞くことが大事だと思いました。トリエンナーレを知らなかったのか、つまらないと思ったのか、それとも反対してたのか。そしてその理由は何なのか。これらの声を取りれながらの編集作業は横浜のアートのインデックスをつくること、ネットワークをつくることにつながっていきます。この報告書は3年に1度ではなく、できれば年鑑で出していきたいと思っています」。

■編集作業を通して見えてくるトリエンナーレの全体像

フリーペーパーを折り込む「はまことり」のメンバーたち

報告書の編集長を務めたのは、「はまことり」メンバーの寳洋平さん。寳さんは東京・横浜およびその近郊を拠点とした表現活動「太平洋プロジェクト」を主宰する人物。フリーランスで校閲・ライターの仕事をする傍ら小説を執筆し、自身の作品などを掲載した小冊子を自費出版している。寳さんは「はまことり」創設初期から参加し取材や編集業務に携わってきたが、トリエンナーレ開催期間中は自身の執筆活動のために「はまことり」での活動を休止していた。展覧会終了後は、報告書の編集から再び活動に参加している。

太平洋プロジェクト 市民報告書の編集長を務めた寳洋平さん

「最初、記事の合間に掲載する物語のようなものを書いてほしいと依頼されたので、『はまことり』が誕生してから成長して飛び立つまでを寓話化した、はまことりが主人公の童話を書くつもりでした。でも、中心となったメンバー何人かのこれまでの活動についてのヒアリングを行っていくうち、はまことりにはとてもさまざまな人がいて、関わる動機も関わり方もそれぞれに異なっていることを実感したんです。そこで、これはストーリーという形で抽象化してまとめてしまうより、個々の活動をそのまま、事実を客観的に記録したほうが面白いんじゃないか、と思うようになりました」(寳さん)。結局、当初予定していた「はまことり」の活動のストーリーの執筆をやめ、報告書の編集作業に集中するようになった。

NADiffで開催した「横浜トリエンナーレ2005・ドキュメント」合同出版記念会

開催期間中にあまり関わっていなかった寳さんは、取材を通してトリエンナーレを理解したいという想いがあった。「トリエンナーレの全体像がほとんどつかめていない状況で編集に取り掛かったので、できるだけいろんな立場の人に話を聞くように努めました。『はまことり』のなかのさまざまな年代の方はもちろん、市内のアート団体、アーティスト、行政の方など、それぞれに思惑があり、相反したり全然別の方向を向いていることもあると感じたのですが、その一つ一つをできるだけクリアに伝えていくことで全体像に到達できれば、と考えて編集したつもりです。事情に通じていない人間だからこそニュートラルなスタンスで多様な考えを聞けたようなところはあったかもしれません」。そんな寳さんの参加は、報告書の全体構成と、個々の記事内容の明確化に大きく貢献したという。市民報告書(A4判・148ページ・頒価1,000円)はトリエンナーレステーション、横浜美術館ミュージアムショップ、BankART1929など市内ギャラリーのほか、NADiff、有隣堂(本店・ランドマーク店・横浜東口ルミネ店)で買うことができる。

■市民参加の仕組みを生み出した「作戦会議」

サポーターがたち学ぶ「トリエンナーレ学校」の様子

市民報告書を編集した市民広報チーム「はまことり」は、トリエンナーレを横浜の街の側から盛り上げるべく、市民による応援団をつくるとの趣旨ではじまった「作戦会議」の場で、トリエンナーレの広報に興味を持つ市民が集まって結成された。アートに関心を持つ有志の集まりに過ぎないのにもかかわらず、ウェブサイトやフリーペーパーで独自取材による横浜のアート情報を発信することはおろか、このような報告書まで作ってしまう「はまことり」。そのパワーと持続性には驚かされる。「活動のターニングポイントとなったのは、当初のディレクターだった磯崎さんの突然の突然のディレクター降板劇。2004年12月のことです。このままではトリエンナーレの開催が不可能になるかもしれないという危機感を覚え、『はまことり』主催の市民の交流集会を開催しました。自分たちでプレスリリースを作成し、トリエンナーレに関心を持つ人たちに向けて参加を呼びかけたんです。それまでは市民は『フリンジ』(fringe=周辺、周辺地の意味)として、横浜市と国際交流基金がつくる枠組みの周辺で活動するという考えだったのが、これをきっかけに私たち市民が主体的に関わるべきだと考えるようになりました」(高橋さん)。

さらに追い風となったのは、後任ディレクターの川俣氏が市民参加に積極的だったことだ。ボランティアスタッフ(サポーター)のあり方について市民からの提案が積極的に採り入れられたのも、その好例と言える。トリエンナーレでは、サポーターは作品制作アシスタントや会場の監視員やインフォメーションスタッフ、教育プログラムのツアーガイドなどを担当し、展覧会を運営するうえで大きな役割を果たした。しかし、第1回展では「業者の雇ったアルバイトスタッフに使われた、やらされたという感じだった」などの悪い評価もあり、その管理運営が次回への課題として残った。こうした課題を克服すべく「トリエンナーレ2005」では、前述の作戦会議をきっかけに結成されたボランティアチームの声にまず耳を傾けたという。

W.C.M.D代表の葉石真澄さん(左)と東山田中学校コミュニティハウス館長の竹原和泉さん(右)

川俣氏にボランティアのあり方についてのメッセージを送ったという、W.C.M.D代表の葉石真澄さんに話を聞いた。滞米生活でボランティアを学んだという葉石さんは、「ボランティアコーディネーター」としてボランティア希望者とボランティアを求めている組織とのマッチング業務を行っている。第1回展には通訳ボランティアの手伝いとして参加、第2回展では本展のボランティアチームとして初期段階からトリエンナーレに関わった。「ボランティアはつらい思いをして行うものではなく、わくわくして笑顔で行うものであるべきです。話し合いを重ねるうちに、そのためにはボランティアとスタッフの間に入って緩衝体となり、つなぐ役割を果たすボランティア・コーディネーターが必要であるという共通認識に至りました」(葉石さん)。

川俣氏の就任直後、葉石さんらはボランティア・コーディネーターの設置や、会期終了後も地域に根ざしたコミュニティが継続して活動していくことを目標に取り組みたいという旨を伝えた。それに対し川俣氏は、「ボランティアは楽しくやってもらわないといけない。思いついたことを何でもやってください」と返答。「トップダウンではなくボトムアップの運営を心がけてくれた川俣さん自身が優秀なコーディネーターでした。それと今回やってみて感じたことは、現代アートの吸引力の高さ。通常ではボランティア希望者は50代、60代が多いんですが、トリエンナーレでは20代、30代が大半でした」。最終的に、サポーターの登録者数は1,222人にも上った。

■現代アートが持つ、自律性を高める力

キッズ・キュレーターズ・ツアーとしてガイドをする子供たち

運営に市民が参加したことが大きな特徴だった今回のトリエンナーレだったが、それは作品の傾向にも同様のことが言える。展示された作品を来場者が単に鑑賞するだけにとどまっていた従来の美術展とは異なり、その作品の多くは来場者が手に取って体感できたり、時には参加できたりするようなものだった。言ってみれば、作品や作家と観客が密接に関わる「観客参加型」の作品だ。現代アートでは、作り手と受け手のコミュニケーションが表現テーマの核となることが多い。その意味では、今回のトリエンナーレは現代アートの本質をよりわかりやすく伝えたと、評価できるかもしれない。そして作品に観客が密接に関わること、また運営に市民が積極的に関わること、どちらも求められるのは個人としての主体性や自発性だ。

「はまことり」アドバイザーの曽田修司さん

観客参加型の作品が多かったことについて、「はまことり」アドバイザーの曽田修司さんはこう語る。「今回のトリエンナーレで、『クリエイティビティ』が成立するのに欠かせないのは、『個人の主体性』なのだと思いました。受け手としてただ受け取るだけでなく、それに自分のところで新たに何かを付け加えて、誰かに発信する。その主体性こそがクリエイティビティなんです。誤解して伝わることの面白さを楽しむ『伝言ゲーム』のように、アートも誤解する自由と重要性を、もっと認識しなくてはならないでしょう」。そうは言っても、受け手が主体的に作品を楽しめるようにすることは容易ではない。「日本人は自分を表現するときに自己防御してしまい、なかなか踏み切れない。自己防御しなくていい場を、仕組みとして提供することが大事です」。単に作品を置くだけではなく、それを見た人が何を感じ、どう反応するのか、そこまでを含めたプロデュースが現代アート作品には求められているのではないだろうか。

ときどき、ドキドキ。ときどき、ふとどき。 曽田修司の備忘録&日々の発見報告集

■アートに関する情報をつなぐ中間支援組織の必要性

NADiffで開催した「横浜トリエンナーレ2005・ドキュメント」合同出版記念会

葉石さんと同じくボランティアチームに参加した東山田中学校コミュニティハウス館長の竹原和泉さんは、トリエンナーレをもっと学校や地域社会へつなげたいという。竹原さんは、公衆電話から「お母さんのメッセージ」が聞こえる岩井成昭さんの作品「波止場の伝言-ミリオンママ」を制作する際、取材を希望するアーティストに青葉区に住む母親たちを紹介した。母親たちはトリエンナーレの開催を知らなかったが、この取材をきっかけに興味をもち、家族を連れて展覧会を見に行ったという。「横浜市芸術文化振興財団でトリエンナーレのボランティア管理を担当していた伊勢田さんが偶然にも私の知り合いで、実現したんです。彼のようなアーティストと地域社会とのコーディネートの実務を担当する人の存在は大きく、情報の窓口になっていました。しかし市の職員は異動で担当が変わるし、新しい担当者がコーディネートに意識的でなかったら成立しません。『担当者がいい人だったからできた』ではなく、システムとして、組織としてできるようにならなくてはならないでしょう」(竹原さん)。

横浜のアート分野の情報を収集し、発見し、体験し、編集し、発信し、共有する「はまことり」には、そうした情報のハブとしての役割も期待されている。イベントレポートの取材に行くと、誰よりものめりこんで、取材を忘れてしまうほど楽しんでしまう、そんなユニークな存在だ。「成果が求められる組織ではできないこと。メンバーも入れ替わっていい自由さ。無理をせずに楽しんで、気持ちよく続いている。アートの中間支援組織でありながら、ただ情報を伝えるだけじゃなく、体験して自分なりに感じた面白さを発信していき、その蓄積が横浜のアートシーンを形作っていく。『モノ言わぬオピニオンリーダー』のような感じですね」(曽田さん)。横浜トリエンナーレ2005を最も楽しんだのは、「はまことり」の人たちなのではないだろうか。

■情報開示と、市民の提案力でトリエンナーレを「活用」する

川俣氏を取材する「はまことり」のメンバーたち

「市民参加」という新たな方向性を示した「横浜トリエンナーレ2005」。こうした方向性は、次回以降のトリエンナーレの性格として特徴づけるものになるに違いない。そのためにも次回展へ向けて、さらに市民の意見や提案が吸い上げられ反映されていく必要がある。前出の曽田さんは、こう話す。「行政機関には情報開示を求め、そこに市民が提案や要望を出して予算化してもらう、そうした合意形成のプロセスを踏むのが理想です。それには市民グループの中に、行政の政策担当者と対等にディスカッションができる人材が必要です。そうでなければどうしても行政の下請けになり、行政の決めた政策、予算のなかでの活動だけに終始してしまう 。市民が主体的に戦略を組み立てることができるようにするには、市民が情報を共有し『公論』を交わすための場づくりが必要です」。

曽田さんはSTスポット横浜理事長であり、BankART1929の運営にも2年間関わりを持ってきた。その経験から、同じ横浜市が進める事業であるBankART1929と横浜トリエンナーレの違いをこう語る。「BankARTは実験事業という位置づけでありながら、決められた予算で一定の成果が求められるプロジェクトで、BankARTはそれに応えてきました。しかしそのやり方は成果重視的で、優秀な組織・人材に委託しさえすれば達成できるものであるとも言えます。一方、トリエンナーレは業務委託のような形ではできない、特別な存在。トリエンナーレのポテンシャルを考えれば、そのプライオリティは相当高いはず。市はまだそれに気付いていないか、市の文化芸術の戦略の中心に置くという覚悟が足りない」。ボランティアに大勢の若い人が集まり、参加する人の自律性を高め、世代を超えて楽しめる現代アートの国際展。そのトリエンナーレが持つ高いポテンシャルを、より戦略的に活用していくことが課題と言えるだろう。

運動態として変化を続ける現代美術展。「横浜トリエンナーレ2005」が目指すもの 「アートサーカス(日常からの跳躍)」がテーマ。新体制で臨む「横浜トリエンナーレ2005」 ヨコハマ発、現代アートの祭典。動き始めた「横浜トリエンナーレ2005」
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