特集

地元企業のコラボが生んだ地域限定車。
横浜ブランドのクルマ「ムエット」誕生秘話

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■洗練された、オトナのためのクルマ「ムエット」完成

3月4日、元町通 りの元町プラザ前に人だかりができた。横浜限定車「ムエット」が初めて屋外で、一般の前で展示されたのだ。天気は快晴、メタリックの粒子を配合したオリジナルカラー「ムエットブルー」がキラキラと輝いた。買い物に来ていた親子連れやカップルらが足を止め、興味深そうに覗き込む。いろいろな角度から眺める若い男性、運転席に座ってハンドルを握る老紳士、荷台に積まれたバッグを手にとって品質を確かめる女性たち――見て触った誰もが笑顔をこぼした。

muetto 横浜限定車「muetto」が完成発表 -元町コラボアイテムも

まず注目を集めたのは、そのユニークなデザインだ。ベースとなったクルマは日産の「キューブ」。しかし、リアを大胆にカットし、大型トランクルームを搭載した2人乗りとしたことで印象は全く異なるものとなった。「ムエット」のデザインディレクションを担当したのは、横浜市工業技術支援センターデザインコアの和田やよいさん。「4人乗りの『キューブ』は、みんなでワイワイガヤガヤと出かける楽しさを追求したクルマです。しかし、横浜スタイルとして提案したかったのは、自分らしいライフスタイルを愉しめる、かっこいい2人のためにデザインされたクルマ。だから思い切ってリアをカットし、ショッピングやレジャーなど、それぞれの目的に合わせて自分らしく使えるトランクルームとしました」。

トランクルームには専用のネットが取り付けられるようになっており、多目的な使用に対応することができる。シートは高級感溢れるホワイトのベンチ風シートを採用、2人の距離を縮めてくれる。また、元町の老舗・近沢レースとキタムラとのコラボレーションで、キーケースにキーホルダー、クッションが標準装備されていることも見逃せない。さらにオプションで濃紺と白でまとめられたボストンバッグやドライビングシューズに加え、アンブレラケース、ショッピングバッグ、ブランケットの3点セットもつけることができる。また、高速道路のETCはもちろん、市内の駐車場やガソリンスタンドでハンズフリー&キャッシュレスで支払いができる多機能型ETCも標準装備している。洗練されたスタイルが、街に出るのを楽しくさせる、そんなオトナのためのクルマに仕上がった。

元町プラザ前で展示されたムエット トランクルームを興味深そうに見るカップル 元町オリジナルアイテムを品定めする女性たち 横浜市工業技術支援センターデザインコアの和田やよいさん

■横浜オリジナルのクルマが誕生した、その理由

実は、この「ムエット」を生み出したグループ「hamawaza」は、横浜市経済局工業課が製造業の振興を目的に実施した「製造業ビジネスモデル事業」の一環で生まれた組織。「製造業ビジネスモデル事業」とは、製造業者の新しいビジネスモデルとなるような新たな取り組みを行っている市内製造業グループに対し、活動経費の一部を助成するというものだ。その背景には、長年にわたり大企業の下請けとなってきた中小の製造業者が、不況や人件費の安い外国との競争によって近年では大手からの仕事の発注が減ってきているという現状がある。生き残るために、自らの力での新しい商品開発や、地域の企業や大学、団体等と分野や業種を越えて連携し、自らの力での新しい商品開発を推進していくというのが事業の狙いだ。

この市の呼びかけに対し、これまでに3つのグループが形成されている。一つは、平成15年にスタートした、市北部地域の金属加工業者をメンバーとし、共同製品開発や共同受注を行っている「横浜未来グループ」。一つは、平成16年にスタートした、製造業者、消費者、商業者、デザイナーなど、作り手と買い手、売り手といった異業種が連携して新製品開発に取り組む「hamawaza」。一つは、平成17年にスタートした、プラスチック、ダンボール、アクリル等の製造加工業者が、それぞれの素材を組み合わせての新製品開発や、ネットによる共同販売の展開を指向する「サンクス・ガジェットの会」。「ムエット」は、このなかの「hamawaza」で検討された横浜限定車(ycar)プロジェクトの第1弾として生まれたものなのだ。

横浜市経済局 製造業の振興 横浜未来グループ hamawaza

横浜限定車(ycar)とは、横浜の企業の「アイディアと技術力」で、中古車を「リデザイン・リユース」してつくる横浜らしいスペシャリティー・カーのこと。では、世の中に様々な製品が溢れるなかで、なぜクルマの開発を選んだのか。その理由を、「hamawaza」代表を務める横浜市立大学の齊藤毅憲教授はこう語る。「クルマは内燃機関や機械加工、電子制御など様々な技術の集合体であり、モノづくりの象徴的な製品。横浜の企業の潜在能力を証明する格好の素材なんです」。発表展示会でムエットを目にした人の反応を見ると、クルマが持つインパクトの大きさがわかる。当初は自転車をつくるという案もあったそうだが、横浜のものづくりの力を印象づけるという意味で、最初にクルマをつくるという選択は成功だったのではないだろうか。

齊藤毅憲ゼミ
「hamawaza」の中心メンバーと中田市長 中田市長も大変気に入った様子 横濱まちづくり倶楽部の近沢さん 「hamawaza」代表を務める横浜市立大学の齊藤毅憲教授

■製造コストを通常の20分の1に抑えた技術

ムエットの製造工程はこうだ。まず、ムエットの購入希望者が、元となる日産「キューブ」の中古車を選ぶ。それを自動車の製造組立を手がける高田工業で、すべての部品を外し丸裸にする。リアの鉄板を切りトランクルームへと生まれ変わらせるとともに、新しい部品で組み立てなおし、カラーを塗装する。大雑把に言うと、このような工程でできあがる。

高田工業

クルマをつくるにあたり、一番ネックになったのは、製造コストだ。「ムエット」のような特別仕様車は、大手自動車メーカーが通常のやり方でつくるのであれば、コストは10億円はくだらない。しかし中小企業の体力では、それほどの大規模なコストをかけることはできない。そこで、固定費をいかに下げるかということが大きな課題となった。高田工業顧問の鎌倉さんは言う。「各部品の金型をつくり、機械による量産体制を敷くのが通常の方法です。しかし、200台をつくるのにそのやり方では採算が合わない。そこで、注文があってから1台1台ハンドメイドでつくる方法をとることにしたのです」。

そこでキーとなったのは、総合プラスチック加工を手がけるアンド化工の技術だ。樹脂の板に熱を加えて形をつくる真空成型加工により、従来の方法の20分の1以下という圧倒的な低価格で部品を製造することが可能となった。それに、ムエットは中古車をベースにしてつくるクルマであり、ゼロから部品を組み立ててつくるのとは性格が違い、元となるクルマ一台一台に、わずかにサイズの変動がある。1台1台にぴったりの部品を手作りで作り、取り付けていくというやり方は、新しいオーナーのクルマへの愛着をより強めることにもなりそうだ。中古車のリニューアル費用は119万8千円(中古車価格が80万円の場合、販売価格は199万8千円となる)。これは一般の感覚からすると少し高いと思うかもしれないが、クルマに詳しい人なら、これだけの改造をこの価格で実現できることに驚くだろう。

アンド化工
高田工業顧問の鎌倉さん アンド化工の営業部の池田さん

■第2、第3のycarも? 次の展開に向けて

「ムエット」のイメージを踏襲した、第2、第3のycarも考えていきたいと鎌倉さんは語る。「儲けることが目的ではない。損をしないようにしながら、横浜のものづくりを活性化するためのスキームをつくっていければ、と思います。プロジェクトを始めてホームページのアクセス数も伸び続けているし、『ムエット』の出来栄えを見て、ぜひ製造メーカーを紹介してほしいという問い合わせも何件か来ています」と、新しいビジネスの可能性の広がりも見えてきているようだ。

市から補助が出るのは2年間で、「hamawaza」は来年度からは民間主導で自立して推進していくプロジェクトとなる。現在の具体的な開発プロジェクトはまだ「ムエット」のみで、この動きをいかに次につなげていくのかも考えなくてはならない。横浜市経済局工業課の安藤さんは、「市の希望としては、第2、第3のycar、またクルマ以外の製品にもチャレンジしてほしい。それに、連携する分野ももっと広げていけたら、と思います」と語る。

新しいプロジェクトを立ち上げるにしても、ムエットの販売が大きな鍵となる。当然、クルマが売れなければ本当の意味でプロジェクトの成功とは言えないからだ。「いいものをつくり、それをPRして販売に結びつける、それがトータルなものづくりなんです。だから、プロジェクトメンバーにはPRや広告、マーケティングの専門家も入ってもらっています」(安藤さん)。

また、今後解決していかなくてはならない課題として、異業種間の意思疎通の難しさがある。今回も、業界の違いによるコミュニケーションのすれ違いで、クルマの完成が予定よりも遅れてしまった。また、実際にものづくりをする際には、ある程度大きなリスクをとり、主導していくような、コアになる製造業の企業が必要だという。次はよりスムーズにプロジェクトを推進できるように、この「ムエット」開発を通して経験してきたことを生かしていきたい。次のアクションを起こすには、新たなメンバーを入れて「hamawaza」を活性化していくことも必要だ。今後も連携による横浜ブランドの新たなものづくりの種を生みだしていくために、プロジェクトに新しい人が参加でき、互いに良いアイデアを出し合えるような運営スキームを整備していくことが求められている。

コラボレーションが生み出す付加価値「メイド・イン・ヨコハマ」新時代
カモメをあしらったフロントグリル ホワイトのベンチ風シートを採用 元町の老舗によるコラボアイテム テクニカルショウヨコハマ2006にも出展した
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