特集

顔が見えて愛される商店街になるきっかけに
 映画館とかまぼこ店がタッグを組んで挑戦

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■フィルム上映にこだわる映画館が新規オープン

 今年2月、横浜市西区中央の藤棚商店街に、映写機を備え、フィルム上映に重点を置く映画館が新しくオープンした。席数は28席。同映画館支配人の箕輪克彦さん曰く「全国最少席数」のこじんまりした映画館「シネマノヴェチェント」(横浜市西区中央2)だ。客席の隣に32席の飲食スペースをもうけ、映画を見た後のアフタートークを楽しめるようと配慮した。

 日本映画製作者連盟のサイトによると、全国の映画館のスクリーン数は2014年末で2,911。そのうち同一施設内のスクリーン数が5スクリーン以下の映画館(一般館)のスクリーン数は453(2004年は1059)。シネコンなどの大型映画施設が増加する一方で、いわゆる街の映画館は10年前と比べると半減している。また上映機材のデジタル化も進んでいる。人件費削減と省スペースのため、フィルムに比べて上映するのが簡単なDVD上映に切り替える映画館も多いのが現状だ。

 そんな現状のなかでフィルムにこだわる小規模映画館の新規オープンにはどんな思いがあったのか。支配人の箕輪克彦さんは映画好きが高じて、「映画を見たあと語り合う場所が欲しい」と地元川崎でシネマバーを経営。しかし、入居するビルの老朽化などから閉館し、その後新規開館を目指す中で、不動産サイトなどを通じて藤棚商店街で現在の物件と出会った。もともとはカラオケバーだった空間を区切って映画鑑賞スペースと飲食ゾーンに分けて、映画館としての活動が始まった。一般館としては珍しく配給も行う。

「シネマノヴェチェント」館長の箕輪さん 毎日、開館前と閉館後に映画の神様に拝むという箕輪さん。「僕にとってフィルムで見るのが映画。デジタルはクリアかもしれないが、フィルムにはシンプルな良さがあり、アナログの方が個性が出る。撮影監督も音楽も誰が担当したかということで話が盛り上がるのがフィルム映画のいいところ。デジタルはクオリティが高いかもしれないが、加工が施されるため、誰が撮影したのかなど楽しめない」とフィルム映画の魅力について語る。

 DVD化されていないが故に上映の機会を失っていくフィルム作品も多い中、60年代から70年代の作品を中心に配給も行うことで、ここで封切り、ここでしか見られない作品の紹介に取り組む。

 映画館独自の取り組みも多い。役者はじめ映画関係者を招いてトーク付きの企画や視覚障害者向けに弁士付きの上映なども開催。映画上映後には、フィルム上映の良さを広めたいと映写技師体験講座も設ける。

藤棚商店街に客席28席の映画館「シネマノヴェチェント」-35mmフィルムを上映(ヨコハマ経済新聞)

シネマノヴェチェント

■店や商品そのものが地域の資源 今井かまぼこ店三代目の思い

今井かまぼこ店 映画館がオープンした通称「藤棚商店街」は全長およそ800メートル、藤棚交差点(西区藤棚町1)から東西にのびる5つの商店街からなる。「今井かまぼこ店」は、東から2つ目の「藤棚一番街」にあり、昭和26年創業。現在の今井宏之さんで3代目だ。地元金沢の小柴漁港でとれた新鮮な魚などをすり身にし、横浜産の野菜とあわせたさつま揚げが評判で、「たこ焼き風 はま焼き」や「チヂミ揚げ」など創作さつま揚げも多数そろえる。

 2年前、藤棚一番街協同組合の役員が世代交代した際、今井さんは理事に就任し、あらためて街の活性化に目を向けるようになった。「街の資源とは何か」を考えるうちに、ある閉店した和菓子屋さんのことに思い当たったという。老夫婦が営む団子のおいしい和菓子屋だったが、高齢を理由に3年前に店を畳んだ。もうあの和菓子の姿は商店街で見ることはできない。「店の商品一つ一つも地域の資源なのだ」と気づいた。

 そんな今井さん、商店街に映画館ができると聞き驚いた。しかもアフタートークができてお酒も飲める映画館だ。「この映画館は商店街の貴重なシンボルになるかもしれない。そのためには地域の人間がまず応援しなくては」。願ってもないチャンスがきた。映画館がどんどん活用されれば、それをきっかけに人の流れまで変わるかもしれない。高齢の人は外に出るきっかけになり、若い人が商店街を知る機会になるのではないか。

 後述の神奈川県産業労働局の鈴木さん、杉山さんから、商店街を盛り上げるアイディアをともに考えようと持ちかけられたとき、この映画館を全面に打ち出したいと提案した。映画館を訪ね、箕輪支配人と話し、様々なアイディアをともに考え、映画も楽しめ、さつま揚げも食べられる「おいしいとおもしろいのコラボイベント」にたどりついた。

 藤棚の映画館を体験する、藤棚の歴史に触れてもらう、地域の食をライブ感覚で味わってもらう。映画館というかけがえのないコンテンツを迎えた藤棚商店街ならではのイベントになるのではないかと感じている。

今井かまぼこ

■異色のコラボイベントの中身とは?


そうして、4月18日にひらかれた映画の上映と揚げたてのさつま揚げが味わえ、交流もできるイベントが第1回「今夜は名画で、さつま揚げNight!!」。一部で商店街のレクチャー、第二部は映画上映、第三部はさつま揚げをつまみにさつま焼酎をたしなむという内容になった。

 今井さんはまず、映画館のスクリーンを使い、「さつま揚げができるまで」と題して入場者に4択クイズ問題を出題した。地元漁港でとれた新鮮な魚を裁き、ミンチにして練ってさつま揚げを作るまでを写真で紹介。魚の骨皮と身を分ける機械の愛称や練り物を作るときの独特の用語など、一般には知られていないさつま揚げクイズに会場全員が取り組んだ。全問正解者にはさつま揚げの詰め合わせが贈られた。

 さらに商店街の大先輩として藤棚一番街協同組合相談役で神谷酒店二代目の神谷利光さんと今井さんの対談形式で商店街の歴史について紹介した。スクリーンで昭和初期などの古い資料を写しだし、その昔商店街で営業していた2つの映画館の話に及ぶと、古い時代を知る客席の商店主から情報があがるなど、情報交流も行われた。

 第二部では、「おいらはドラマー」の名曲を生んだ石原裕次郎主演の映画「嵐を呼ぶ男」を上映。全101分のこの作品は、フィルム巻数にして10巻からなる。10巻を一本にあらかじめつないでおいて上映した。この上映は、同映画館が取り組む「視覚障害者向け」上映も兼ねており、バリアフリー活弁士、壇鼓太郎さんによる解説をラジオで聞きながらの上映を体験することもできた。

 第三部では、今井さんが映画館内食堂のキッチンで揚げたてのさつま揚げ4種を振る舞った。 先代から受け継ぐ伝統の味「藤棚揚げ」、横浜発祥のサンマー麺をイメージさせる味の「サンマー天」、見た目も味もたこ焼きそっくりな「ハマ焼き」、さつま揚げナイトにちなみサツマイモが練り込まれたお菓子のような甘さの「スイートサツマイモ天」の4種。 どれも地元に根ざした今井かまぼこ店が特色あるメニューをと考えて、作られたものばかり。これにあう酒をと、神谷酒店がさつま焼酎「小鶴」を提供。映画鑑賞後の食堂では、揚げたてのさつま揚げにどんどん箸がのびた。

 テーブルを囲んだ客は、自然とうちとけ、映画の感想を話し合い、ともに酒を酌み交わした。「顔は知っていたが、話したことがなかった町の人と知り合いになれた」、「映画館ができたと聞いて行ってみたかったので、いいきっかけになった」「商店街に通ってみたい場所ができた」などの意見も出されていた。

 今井さんは「映画館の成り立ち・さつま揚げができるまで・商店街ができるまでには、さまざまなプロセスがあった。そのプロセスを経て私たちはここにいるんだから、私たちはやってきたことを発信すればいいのだと感じた」と手応えを感じている。

 6月28日には、「GSさつま揚げNight!!」と題し、GS(グループサウンズ)ブームを描いた日本映画「GSワンダーランド」を上映。音楽を担当したサリー窪田さんのトークとミニライブ、映画にちなんだ創作さつま揚げ「タイツメン揚げ」も振るまわれた。7月24日には、商店街の散策やグルメランチ、映画館の映写技師体験などを盛り込んだ商店街ツアーを開催した。今井さんは、今後もこのイベントを定期的に開催するつもりだ。

藤棚のシネマバーでかまぼこ店とのコラボイベント 活動弁士付き上映とさつま焼酎を味わう懇親会も(ヨコハマ経済新聞)

■「お金を出すのではない商店街支援」神奈川県のねらい

神奈川県産業労働局産業・商業流通課商業まちづくりグループの鈴木博明(右)さんと地域アドバイザーの杉山昇太さん 地元かまぼこ店と新規開館の映画館という地元のチカラがかけ合わせ、地域交流を活性化し、新たな文化の楽しみ方を生み出したこの取り組み。アイディアだしや関係者の調整、チケットの販売など、地域のかまぼこ屋さんの業務領域を超えた企画が前に進んだかげには、今井さんの背中を押した人物がいる。神奈川県産業労働局産業・商業流通課商業まちづくりグループの鈴木博明(右)さんと、地域アドバイザーの杉山昇太さんだ。

 地元商店街で頑張る今井さんの存在を知っていた杉山さんが、鈴木さんとともに今井さんのもとを訪れ、「後押しするから、何かやってみないか」と持ちかけたのがはじまりなのだ。当初はさつま揚げの試食などを考えていたが、話し合いを重ね、箕輪支配人の思いに触発され、夢を語るうちに、映画館を体験し、語り合い、地元の食事を味わう企画へと発展していった。

 この企画はその後5月にゴジラ映画のスーツアクター薩摩剣八郎さんをゲストに「ゴジラも驚く、炎のさつま揚げNight!」、6月には和製音楽映画の隠れた名作「GSワンダーランド」をテーマに映画音楽を担当されたサリー久保田さんをゲストにミニライブ付きの「GSさつま揚げNight!!」と開催をつづけ、今後も工夫をこらして「映画&商店街グルメ」で実施していくという。

 また、824日には、藤棚商店街初となる「商店街ツアー」が実施された。商店街の名店をめぐりながら店主の話を聞き、お昼は商店街グルメのバイキングを楽しみ、シネマノヴェチェントで映画館の裏側も体験できるという、お得感満載の企画だ。

 鈴木さんによると、神奈川県内の商店街の数は1,100弱、そのうち9割以上の商店街は「金がない、人がいない」と悩んでいる。県で30年間商店街振興に携わってきた鈴木さんは、「お金の支援から、知恵とネットワークの支援にシフトする時代が来た」と語る。空き店舗の再活用や地元団体支援のための補助金を出すという従来型ではなく、やる気のある商店主に声をかけ、気持ちの後押しを行い、ともにできることを探っていく。

 「考えるべきことは、『あるものはなにか』なのです。たとえば、ここには頑張っているかまぼこ屋があり、オープンしたばかりの映画館がある。新規開店する映画館なんて滅多にない中で、これを生かさないわけがない。他にはない結びつきで、『藤棚商店街ならではだね』といってもらえるモノができると確信できた」と今回の企画の発想について振り返る。

 大型店が進出すると多くの人にとって便利になるかもしれないが、本当の地域の振興にはならない。しかし、個人商店では品揃えや価格で大型店舗にはかなわない。「でも、今井さんみたいに自分の店を頑張りながら明るくみんなのことも考えてる人が街にいると人生が豊かになるんですよ。これからは心の豊かさの時代です。『どうせお金を使うなら、地元でがんばるあの人に使おう』って思ってもらえたらいいのです。それが地域の人にとって人生を豊かにする。商店街は地域の資産資源だからもっと注目した方がいいのです」。

 あの人に会いにいきたいとおもわせるモノを作ればよい。やる気を持った商店街の商店主に「まだまだやれる」とその気になってもらう。商店街があることで元気になる人を増やしていく。知恵とネットワークの支援により実現した藤棚商店街の取り組みは、今後、広く商店街再興を後押しする事例になりそうだ。

神奈川県産業労働局産業部商業流通課

船本由佳 + ヨコハマ経済新聞編集部

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