特集

横浜を舞台に子どもたちが直面する格差問題に挑み、可能性や選択肢を広げようと取り組む社会起業家たち
■横浜ソーシャル・ビジネスレポートvol.2

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■「社会起業家」という言葉を聞いたことがある20代・30代は6割

 社会問題に取り組むNPO法人ETIC.による調査「ソーシャルビジネス・社会起業に関する若者認知度調査2014」によれば、「ソーシャルビジネス」または「社会起業家」という言葉を聞いたことがある20代・30代は6割を超えており、全体の6%は「詳しく知っている」と答えている。

 横浜市内でも昨年、地域課題解決プラットフォーム「LOCAL GOOD YOKOHAMA」が運営を開始したほか、さまざまな中間支援団体が、ソーシャルビジネス起業を考える人向けのセミナーや講座を実施するなど、盛り上がりを見せている。

ソーシャルビジネス・社会起業家に関する若者認知度調査 2014 (DRIVE - ソーシャル・NPO・ベンチャー 求人情報)

LOCAL GOOD YOKOHAMA

 今回ソーシャルビジネスの中でも、横浜をフィールドとして、社会との接点を増やすことで子どもたちの可能性や選択肢を拡げる活動をしている社会起業家たちに話を聞いた。

ゲスト:NPO法人ブリッジフォースマイル 理事長 林恵子さん
    NPO法人パノラマ 理事長 石井正宏さん

聞き手:NPO法人ETIC.横浜ブランチ 田中多恵さん

■誰もやらないなら自分がやろうと思って活動を始めた

―まずはお二人が起業することになった背景やきっかけを教えてください。

林:私が団体を立ち上げたのは2004年、登記したのは2005年のことでした。実はもともと児童養護というテーマに関心を持っていたわけではありませんでした。大学時代は企業のCSRを研究していて、何か将来社会起業的なことに携わりたいという気持ちを持っていました。大学卒業後は9年間、パソナという人材業界の企業で働いていて副社長の秘書や営業チームのリーダー職などを経験していました。でも、出産を機に、仕事が制限されてしまう雰囲気があって…。会社から期待されていないと感じてさみしく思っていました。「私って何がやりたかったんだっけ」と思い悩んだ末に、キャリアチェンジのために子連れ留学でMBAを取ろうと勉強にも精を出していたのですが、その勉強の延長線上で参加した「JMEC」という研修プログラムで、ビジネスプランコンペティション上の課題を与えられて、チームメンバーと共に児童養護施設のことを調べることになりました。

 その際に、「児童養護施設を支援したい民間の組織や個人は、社会にたくさんいる。しかし、施設の現実とマッチしていないために善意の押し付けになってしまっており、施設側が不信感を抱いて殻を閉じてしまう悪循環に陥ってしまっている」という事実に愕然としました。

 その時の提案では調査に基づいて「児童養護施設を専門的に支援するNPOを作る」という現在のブリッジフォースマイルの原型となるような提案を練り上げたのですが、チームメンバーに却下されてしまいました。「このアイディア誰かが実現してくれないかな」とあきらめきれずにパソナにも提案しましたが、それも却下。その後、誰もやらないなら自分がやろうと思って活動を始めました。立上げ5年くらい常勤スタッフは私一人で、今思えば孤独との戦いでした。児童養護施設のことが当時は社会であまり知られていなかったので、こういうことをやってます、と言っても「すごいこと始めたね、偉いね」といわれるだけで一緒にやろうという人は滅多にいませんでした。

石井:私の場合は若い頃から福生に住んでバンドやったり小説書いたりして、色々なバイトを転々としながら暮らしていたのですが、2000年にたまたまハローワークで、NPOの求人を見つけたことが「若者支援」という仕事との出会いです。

 NPO法ができたばかりのタイミングだったので、NPOって安定しているのかな、なんて勘違いをした期待をしながら面接を受けて、それでその法人の代表の人柄に触れてこの人のもとで働きたいと思って、この世界に飛び込みました。「あなたがあなたのままいてくれればそれでいい」と理事長に言われたので、利用者のひきこもり経験者の若者たちには、こちらから積極的には話しかけない、けど話しかけられたら出来る限りのことをしようと決めていました。宿直として寮に泊まって、夜に食堂でギターを弾いたり本を読んだりしていると、生きづらさを抱えている子たちが少しずつ自分が宿直当番の夜に集まるようになってきて…、そんなときに自分が少し役に立てているのかなという自己有用感は感じていましたね。

 40以上の仕事をいろいろ経験してきた中でお金をもっと儲けられる仕事もあったけど、もうお金を稼ぐことに躍起になる仕事はこれ以上いいかな、むしろある意味フリーターのような生き方をしてきた自分の経験がこの仕事に全部つながってくるような気がしました。そんな中、2009年に都筑区にオフィスをシェアさせてもらい「株式会社シェアするココロ」を立ち上げました。

■6月28日に横浜市開港記念会館で「カナエール」スピーチコンテスト

―現在のそれぞれのご活動と横浜での事業について教えてください。

林:日本で親と離れて児童養護施設にいる子どもたちは3万人いるのですが施設に入る理由のNo.1は親による虐待です。そして、毎年18歳になると施設を巣立って社会に出ていきます。しかし一度社会に出ると、頼れる親もなく学歴や資格、住む家もない中で生活に行き詰ったり、孤立感を深めたりしてしまうことも少なくありません。私達は子どもたちが施設から退所したあとに、自立して社会生活ができるようになることを目指して、色々な講座やプログラムを提供しています。法人設立2年目に横浜ブランチを出し、2015年には10ブランチにまで拠点を拡大していっています。

 はじめは児童養護施設の職員との信頼関係を築くことから始まりました。せっかくいろいろプログラムを用意していても、職員さんが促さないと子どもたちは参加してくれません。職員さんが子どもたちの背中を押しやすくなるように、プログラムや講座参加者には生活必需品のプレゼントとマッチングする、という仕組みを編み出したのですが、これが功を奏して現在では高校3年生向けのプログラムで年間120人ほどの参加者がいます。

 横浜では、子どもたちの退所後のアフターケア事業を横浜市こども青少年局から受託し、横浜駅西口に「よこはまPort For」という施設退所者等が気軽に立ち寄れる場所を設けて運営しています。ここでは、家族と離れて児童養護施設等で暮らす子どもたちに入所中から退所後もいつも寄り添い、就労や進学をはじめ生活全般にわたる相談や情報提供、仲間づくりの機会などを提供することで、安心、安定した生活を継続できるように支援しています。

 また、「カナエール」という児童養護施設の子どもたちの夢を周囲の大人たちが叶えるサポートをするための奨学金給付付スピーチコンテストも毎年全国3都市ほどで開催しているのですが、横浜の場合は、有り難いことに2014年から横浜市との共催という形で実施しており、今年も6月28日に横浜市開港記念会館で開催されます。

カナエール横浜(カナエール 公式Webサイト)

石井:起業した当時から、今の活動の主軸である「出口支援をしっかりしたい」という構想はありました。「中間的就労」という言葉が出てきたときにこれに代わる言葉はないかなと思って、「バイターン」という言葉を提案して試行錯誤をしてきました。いわゆる「普通校課題集中校」の子どもたちに対し最低賃金を担保しつつ就労体験を積ませるというもので、具体的には3日間の無給インターン研修をマッチング機会として、その後継続的にフォローアップを受けながらアルバイトを経験するという形をとっています。今は神奈川県立田奈高校の図書館で週に1回自由に生徒が来て話ができる居場所「ぴっかりカフェ」を開いて高校生たちと接点を持っています。

 このような取組を始めたのも、進路が決まらないまま高校を卒業してしまうと、そのまま若年無業者となり税金もたくさん投入しなければならない存在になるリスクがあるわけですが、予防的に在学時代から関わることで、そのリスクを軽減することができ、バイターンに参加した子たちにとっても体験と報酬が自信となって自立への足掛かりができる、と考えたからです。現在までのところバイターン先にそのまま内定したケースが3人、この経験をバネにして就職したのが6人となっています。

 この中には生活保護世帯のお子さんで、バイターンにより生保から抜けることができた生徒もいます。生活保護家庭のこどもが世帯分離して自立した生活を営めるようになる、ということのソーシャルインパクトは私がざっくり計算してみて1億円くらいにはなるため、予防的に取り組むことの重要性を実感しています。また全国の他地域でも「バイターン」の趣旨に賛同し活動を始める人が増えてきているので、この春には、NPO法人パノラマという新しい法人を設立し、「バイターン」が広がっていくためのプラットフォームを作っていきたいと思っています。

■地方都市としての一体感もあって、市民の感度が高い横浜

―横浜で社会課題解決に取り組んでいる中で、お二人がお感じになっていることを教えてください。

石井:横浜って実は大きい町なのに一体感があるというか、どんどんつながっていける町というイメージがあります。よそものに対して寛容な町というか、新しいことを始めようと思った時に誰かに相談すると、「だったらあの人に会ってみるといいよ」と勧められ、そのつながりの中で何かが本当に始まったりする。アメーバ的に関係性が広がっていく感じが心地いいと思います。

林:確かにつながりやすい雰囲気やオープンマインドな土壌がありますよね。横浜という町自体がおしゃれでポジティブなイメージをもった町なのでそこに居場所があることの意味は大きいと思います。行政も革新的だなと思った部分があって、退所後支援の「よこはまPort For」でも、横浜市の施設出身ではない子どもたちも居場所を利用することができます。私達の活動は多くのボランティアによって支えられているのですが、そのなかには横浜市職員もいて、休日を活用してアクティブに活動してくれています。

石井:私達は、昨年10月末に始まった横浜の地域課題を見える化して課題解決に取り組む人を応援する「LOCAL GOOD YOKOHAMA」のクラウドファンディングに挑戦しました。80日間で100万円・117名もの方から応援をいただくことができました。活動を発信する中でドミノが倒れるように多くの方が支援する側に回ってくれたり、マスコミから取材依頼が来たり、と良い循環を事業の中に生み出すことができました。こんな風に大都市だけど地方都市としての一体感もあって、市民の感度が高い、というのも横浜の特徴の一つなのかもしれません。

有給職業体験プログラム「バイターン」実施プロジェクト(LOCAL GOOD YOKOHAMA)

■事業をどうやってサスティナブルなものにしていけるか

―今後の事業展開について考えていることを教えてください。

林:今後、児童養護施設退所者の就職支援のようなプログラムを行っていきたいと思っています。児童養護施設の退所者はせっかく就職しても短期での離職率が高い現状があります。その時の退職理由として、「人に勧められて就いた職であり、自分がやりたいことではない」と他責にしてしまう傾向があるのが現状です。それを防ぐために、早い段階から準備をさせるという意味で、複数の就業先での体験をさせたうえで本人の意思で「選択する」というステップを組み込みたいと思っています。

石井:私達は今のバイターンの事業をどうやってサスティナブルなものにしていけるか、試行錯誤していきたいと思っています。田奈高校の活動に取り組む中で、バイターンの受け入れ先を40社ほど開拓することができたのですが、ここに生徒たちを送り込むには、もう少し連携する高校の数を増やしたい。また、既に石巻市、大阪阿倍野、徳島などでもバイターンの取り組みが始まっています。全国各地から講演依頼もあるので、講演をする中で、日本各地でバイターンの輪を広げていけたらいいですね。NPO法人パノラマとして、そのプラットフォームをどう作っていくかを試行錯誤していきたいと思います。

 バイターンの事業の肝は、「その子の人生をまるごと受け入れてみませんか」という「情・縁・恩」のマッチングだと思っています。ある意味かつての「社縁」が崩壊してしまった中で、地域ぐるみで若者の格差問題に向き合ってみるという「地縁の復活」を目指す試みでもあります。バイターンのよいところは、3日間のインターン期間中の働きっぷりで採用するかどうかを決定するというプロセスにあると思っていまして、今後は高校生だけでなく、通常の採用フローにおける面接や履歴書で苦労しているような社会的ブランクの長い人にとっても機会提供の対象として広げていけたらと考えています。

■―インタビューを終えて

田中:今回、お話をお伺いさせていただいたお二方は、行政や学校、企業との協働はもちろん、プロボノやクラウドファウンディングの出資者等のサポートも上手に生かしながら、ミッション達成に向けて多彩な活動をプロデュースしていました。

 その根底には、起業家が示す「課題解決への道筋」や「明確なビジョン・未来像」に 対する人々の共感があります。今後ますます、「事業を通して社会にある課題を解決したい」という熱意を持った人や組織に対して、情報やお金、マンパワーが集まりやすくなる環境が整っていくことが予想されます。お二人のお話を伺って、横浜はその豊かなソーシャルキャピタルを武器に、都市型課題の解決策をあらゆる形で示していく存在になっていく可能性を秘めた町だと強く思いました。

NPO法人ブリッジフォースマイル

NPO法人パノラマ

NPO法人ETIC.横浜ブランチ

田中多恵(NPO法人ETIC.横浜ブランチ)+ヨコハマ経済新聞編集部

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