特集

地域の課題の解決に挑む若手社会起業家たち
~横浜から日本を変えるソーシャルビジネス~

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■気が付いたら起業をしていた

―今回お話いただくのは、予防医療事業や看護師派遣事業を展開する「ケアプロ」川添高志さん、農業塾や農産物のインターネット販売などを運営する「えと菜園」小島希世子さん、発達障害者の就労支援事業を展開する「Kaien」鈴木慶太さんの3人の経営者です。まずは、それぞれ起業したきっかけを教えてください。(以下敬称略)

川添 もともと私は看護師なのですが、病院で働いていた時、健康診断を受けていない人が非常に多いことに気付きました。糖尿病で足を切断しなくてはならない人や、すぐに透析を受けなければならないような人に「なぜこんなに重症になるまで放っておいたのですか」と聞くと、やはり健康診断を受けていなかった。その状況が、とても衝撃を受けました。安くて早くて、保険証がなくてもできる健康診断サービスを提供できれば、患者さん本人はもちろん医療費の削減など社会のためにもなる、と思い起業を決意しました。

鈴木 私は息子が「発達障害(自閉症スペクトラム)」という診断を受けたことがきっかけです。ものごとにこだわりがちであったり、しゃべるのが比較的遅かったりしますが、日常生活に問題はありません。発達障害の人は今までの障害者像と「一般の人」の中間にあるという印象です。前職(NHKアナウンサー)を辞め、アメリカ留学中に自閉症の人たちの社会参加とビジネスをつなぐことができないかと考え、この事業を始めました。今は発達障害の人たちの職業訓練や職業紹介事業を運営しています。

小島 私は熊本県の農村で育ったのですが、両親は高校教師だったのです。私の家には普通の乗用車しかありませんでしたが、周りの家にはトラクターやコンバインがあるのです。それが格好いいなと(笑)。昔から私は農家になりたいと思っていました。首都圏に住むようになったのは、大学入学のため。都会に住んでみて気付いたことがありまして。私の地元では誰がどの作物を作っているのかすぐにわかりました。でも、首都圏ではスーパーやデパートで野菜を買うことが多く、誰が作った野菜なのかがわからない。そこで、食卓と生産の現場を近づけるような事業をしたくなりました。

―小島さんはホームレスの方々の就業支援にも取り組んでいらっしゃるのですよね。

小島 農村地帯の出なので、それまでホームレスの方を見たことなかったんです。けれど都会には道端にホームレスの人が結構いる。人が倒れているのに、人がいないようにみんなスタスタ歩いていくのが不思議だったですね。それで、ホームレスの人に話しかけたところ、働きたいのに、住所不定だし、電話がないと仕事が見つけるのが大変ということを聞きました。農村地帯では、後継者不足・人手不足で困っている農家も少ないくない。そこでこの両者をつなげられないかを考えました。今はホームレス中間支援のNPOに協力していただき、農業のお手伝いをしてもらっています。

―起業して楽しかったことや大変だったことを教えてください。

鈴木 大変だったことはあまりないですね。正直、社長業向いてないと思っていましたし、自分が起業するとは思っていなかったんです。それでも、準備するところから楽しくて、あっという間に起業してしまった(笑)。結局好きだったのかもしれませんね。特に私たちの仕事は世の中では他でやっていない。最先端を進んでいるというわくわく感がありますね。

川添 起業するという目標は定まっていましたが、どの分野でどのような事業を行っていくか、ということを決めるまでには、かなり変遷したと思います。高校生の時、祖父が入院し、亡くなったことから医療経営に関心を持つようになり、当時新設された慶應義塾大学看護医療学部に迷わず入学しました。その後も経営コンサルティング会社でインターンしたり、渡米したり。事業分野が定まって事業を立ち上げてからは楽しかったですね。でもいつも、苦しいのが90パーセントぐらいで、楽しいのは10パーセントぐらいしかないですけど(笑)。

小島 私には起業した感覚がないんです。休みの日も畑に行くので、仕事がライフスタイルの一環となっていて、趣味も兼ねています。そんなに難しいとか大変とかっていう意識はないですね。自然相手の仕事なので収穫量が天候に左右される不安、収入が安定しないのは不安ではありますけど。野菜を作っていれば食べてはいけるし(笑)、自分が作ったものを食べる楽しみ、お客様の「美味しかった!また食べたい」という声や農業体験に畑に来てくれる子どもたちの笑い声を聞く楽しみは、何物にも代えがたいです。

横浜・山下町の「えと菜園」が路上生活者の就農支援(ヨコハマ経済新聞)

横浜・野毛で社会起業家のプレゼン会-福祉・医療をテーマに(ヨコハマ経済新聞)

■横浜には日本の社会課題が全てある?

―皆さんが横浜を本拠地にしたり、事業所や店舗を出されたのはどういった理由からですか?

鈴木 あるとき、横浜市が「発達障害者就業支援モデル事業」を募集しているのを見つけまして。これは自分たちのためにあるんじゃないかという事業だったので、来ました(笑)。だから、横浜は私にとっては初体験の土地なのです。

川添 私は横浜・港南区の出身です。ですが最初は東京都中野区に出店しました。中野は国内でも人口密度が高く、商店街が発達していて、事業者やフリーターが多いのです。そういった人たちに「ケアプロ」のサービスを提供したかったのですが、実はお客さんは神奈川の人が非常に多かった。「横浜に展開してほしい」という声も多かったので、横浜駅構内に出店することを決めました。

小島 最初、ネットショップを始めたころは、熊本に事務所を置いていて、九州半分神奈川半分ぐらいでやっていたんです。しかし、ネットショップは知名度がないとお客さんが不安がって買ってくれません。結婚を機に、熊本から横浜に事務所を移したんですけど、そのときから横浜や東京のお客さんが増えましたね。やっぱり、横浜に事業所がある、というだけで安心感が違うのだなと思いました。

横浜市発達障害検討委員会(健康福祉局障害福祉部障害企画課)

東急横浜駅に日本初のエキナカ健診ショップ「ケアプロ」-500円で検査(ヨコハマ経済新聞)

―横浜というまちにどのような印象を持っていますか。

鈴木 「Kaien」の本社は東京の麻布十番にあります。埼玉・千葉・神奈川から大体等距離に来れる場所、ということでこの場所を選んだのですが、ふたを開けてみると、横浜から来る人が非常に多かったです。そういう意味で、横浜は障害者に関する情報感度が高かったり、積極的に行動する人が多いという印象があります。

小島 確かに横浜は情報に対するアンテナを張り巡らせている印象がありますね。私は「横浜ビジネスグランプリ2011ソーシャル部門 最優秀賞」を受賞させていただいたのですが、受賞後にネットショップの売上げにもよい影響がありました。こういった賞に興味をもってくれない地域も多いと聞きます。これはやはり横浜の人たちの意識の高さなのではないでしょうか。あと、起業しやすいという土壌が横浜にはあると思います。起業家同士の交流も盛んですね。

川添 皆さんと同じ答えになってしまいますけど、横浜は新しいことや多様な情報に対して柔軟に受け止めてくれるまち、というイメージがあります。また、横浜はさまざまな価値観を持っている人が多い印象がありますね。いろいろなものに対しての受容が早い気がします。

鈴木 横浜市は人口が370万人くらいで、新しいことを始めるにもちょうどいいサイズの商圏だったりもします。交通の便もいいですし、田舎もありますしね。 アメリカで一番、ソーシャルビジネスが盛んなところはカリフォルニアなんですね。なぜかというとカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学などがあって、新しいことを作る人がかなり集まっている。横浜は近くにSFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)があるのはかなり大きいと思います。あそこに新しいことを作る人が吸い寄せられています。彼らが何かをしようとするとき、横浜は住む場所としても、考える場所としてもかなり手頃なんだろうと思います。だから社会起業家も多いのではないでしょうか。

川添 横浜には若い人が多く、海も山もある。経済や教育、ホームレス問題など社会的課題がたくさんあるので、ソーシャルベンチャーが立ち上がる可能性が高いのだと思います。日本全国の課題の代表的なものはすべて横浜にあるのではないでしょうか。

横浜ビジネスグランプリ2012

■横浜から国を変える

―行政にやってほしいことなど、要望はありますか?

川添 「ケアプロ」の事業に関してですが、横浜には経済特区のようなものを作ってほしいと思います。私たちの事業では病気が見つかったときに、例えば明らかに糖尿病とわかっていても診断ができません。診断をしてあげて紹介状を渡してあげることができれば受診率が高くなりますが、それでは医療行為になってしまいます。そこを特区として認めてほしい。横浜から法律改正のパイロット版を作ってほしい。国を動かすには行政の力が必要だと思います。

鈴木 確かに経済特区があるといいなと思います。私たちのサービスの対象である発達障害者は、支援の谷間の層です。どこからも支援されていないケースも少なくない。発達障害は精神疾患ではなくて先天的なものなのですが、今の日本では障害者手帳を取得しようとすると、精神障害者手帳に分類されます。人によっては実態とことなるこの手帳を取ることをためらう人もいます。ですから、例えば「発達障害者手帳」のような仕組みが整備されれば、さまざまなチャレンジも可能になります。発達障害の問題はニート、フリーター対策などにもつながっています。若年層の弱者が生きやすい・動きやすいシステムを作ってほしいですね。

小島 私たちは藤沢で農業体験農園を運営しているのですが、新しい農地を探すときに、農業生産法人ではないので、耕作放棄地の情報すらなかなか挙がってこないんです。もっと情報開示してほしいと思います。現在は自力で放棄地を見つけて、オーナーを探し、それから行政で手続きを行うという流れになっています。こういったことに行政や国がもっと力を入れてくれるといいなと思います。

―お話を聞いて、今後も横浜のソーシャルビジネスがさらに盛り上がっていくだろうな、という想いを一層強くいたしました。私たち「横浜社会起業応援プロジェクト」でも、横浜が地域の都市型課題解決のメッカとして、モデルを示していけるような町になっていくべく、微力ながら取り組んでいきたいと思っています。行政や企業など、関係団体とのつなぎを私たちが担いつつ、横浜をソーシャルビジネスがもっともっと育くまれやすい土壌に肥やしていきたい。社会起業家の皆さんと共に横浜というフィールドを生かし、さまざまな実験的試みを行いつつ、地域課題解決の道を一緒に探っていきたいと思っています。本日はありがとうございました。

Kaien

ケアプロ

えと菜園

横浜社会起業応援プロジェクト

【プロフィール】

■鈴木慶太
株式会社Kaien代表取締役。2000年、東京大学経済学部卒。NHKアナウンサーとして報道・制作を担当。'07年からKellogg (ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院)に留学し、MBA取得。渡米中、長男の診断を機に発達障害の能力を活かしたビジネスモデルを研究。帰国後Kaienを創業。2011年8月横浜事業所開設。

■川添高志
1982年生まれ。横浜市出身。慶應義塾大学看護医療学部卒業。在学中の患者さんとの出会いから予防医療と在宅医療に興味を持つ。大学在学中より経営コンサルティング会社に勤務し、その後東京大学病院(糖代謝/循環器/腎臓内分泌)を経て、起業。ケアプロの事業プランは、東京大学医療政策人材養成講座で優秀成果物「特賞」、慶應義塾大学SEA(ビジネスプランコンテスト)で"The best new markets award"を受賞し、NEC社会起業塾7期生に選抜、現在は慶應義塾大学KIEPの支援を受ける。2011年8月、ケアプロ東急横浜駅店を開設。

■小島希世子
熊本県生まれ。えと菜園代表取締役。農家に囲まれた家で育った原体験から農業を志す。慶應義塾大学卒業。野菜の産地直送の会社に勤務後、2009年、九州産JAS有機農作物を中心とした農家直送のネットショップの運営、熊本県での農作物の生産及び加工品開発を主な業務内容とする株式会社えと菜園を設立。また、神奈川県で「農薬を使わない野菜作り教室」や農業体験農園運営サポート業務などを行っている。横浜ビジネスグランプリ2011ソーシャル部門最優秀賞受賞。趣味は畑作業。一児の母。

■田中多恵
NPO法人ETIC. 横浜社会起業応援プロジェクト リーダー 1983年生まれ。 株式会社リクルートマネジメントソリューションズにて法人向け組織・人材開発コンサルティング営業を4年間経験し、2009年4月より、NPO法人ETIC.にて横浜社会起業応援プロジェクトを担当。横浜市内で、ソーシャルビジネスに関心のある企業経営者や起業家のコミュニティ作りに取り組んでいる。

梶原誠司 + ヨコハマ経済新聞編集部

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