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インタビュー2010-07-27

YOKOHAMA SEASIDER編集長 Ry Bevilleさん
「ハマっ子のためのバイリンガル・カルチャー雑誌」

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 横浜で創刊して約1年半が経ち、海外から来る観光客も含め、地元の幅広い人々に愛読されているバイリンガル・カルチャー雑誌「YOKOHAMA SEASIDER」。現在は横浜の約200カ所に置かれているこの雑誌の創始者、Ry Bevilleさんは「この雑誌が人と人を繋げるきっかけになれば」と語る。そんなRyさんに、日本での社会企業家としての道のりと今後の目標について話を伺った。

■人と人をつなげる雑誌として ~Ry Beville(ライ・ベヴィル)さん~

―どうしてYOKOHAMA SEASIDERを日本で創刊しようと思われたんですか?

 横浜には、まずこういう総合的なアートとカルチャーイベントの雑誌はなかった。アートを紹介した雑誌や、レストランやバー、地図を扱った情報誌はあるんだけど、外国人にも対応できるバイリンガルな情報誌や総合的な物は見たことがなかったので、こういう雑誌を作ろうと思いました。

 YOKOHAMA SEASIDERでは、毎月レストランやバーの特集の他に、横浜のカルチャーイベントカレンダーからスポーツ、写真家、音楽、アーティストの特集や、「横浜人間」といって横浜の面白い人を紹介するコラムを掲載しています。また、私たちは、野毛Hana*Hana内の「メディアギルド」という映像や音楽関係者が拠点としてる共同オフィス内に編集部を置いているのですが、同じくここに入居しているザ・ダークルーム・インターナショナルというNPO法人とつながっていて、毎月そこで写真を現像するアーティスト達の作品を紹介しています。この雑誌を通して、外国人の方も日本人の方も、男性も女性もつなげることが出来たらいいなと思いました。この雑誌を人とつなげるスペースとして考えています。

THE DARKROOM INTERNATIONAL

野毛Hana*Hanaが1周年記念展-メディアギルドに新メンバーも(ヨコハマ経済新聞)

■文学をきっかけに日本へ

―Ryさんはアメリカのバージニア州生まれということですが、日本に来られる前は何をしていらっしゃったのですか?

 大学卒業後にすぐ日本に来たので、日本の社会しか知らないんですよ。95年から1年間名古屋の南山大学で学んで、その後福岡に5年間滞在して福岡県の観光情報を配信する仕事をしていました。それからアメリカに戻り、カリフォルニア州にあるカリフォルニア大学バークレー校に大学院生として4年間通い、日本の文学を学びました。2006年に大学院を卒業し、日本に戻ってきてからはずっとこちらにいます。今でも森鴎外などの明治から大正にかけて活躍した日本の詩人や作詞家について、大学の博士課程(PHD)の論文を仕事の合間に書いたりしています。

University of California, Berkeley

―最初に日本に興味を持たれたきっかけは何ですか?

 中学の頃、アメリカで英語訳の「子連れ狼」の漫画をずっと読んでいたんです。「子連れ狼」は歴史的でもあるし、読んでいて刺激的で面白いと思いました。その時から日本に興味を持っていて、その後、高校に入って日本の文化を学ぶコースを選択しました。黒沢明監督の映画なども観たりして、日本語も少し勉強したんです。それから大学に入って日本語を専攻することにしました。

■まずは人間関係を作ること

―今年の4月に日本で念願の会社を設立されたという事ですが、Ryさんが社会起業家として活動するにあたって、今までで一番難しいと感じたことや、苦労されたことはなんでしたか?

 そうですね。もちろん日本とアメリカの文化の差もあると思います。今はそれを乗り越えてだいぶ楽になりましたが、結構時間がかかりました。全ての人がそうとは限らないのですが、アメリカ人はストレートに物事を表現します。たとえば日本人が「それは難しいですね」と言うと、それは「無理」という意味。そういう所から最初は色々な誤解が生まれたりしました。

 以前は東京で経済的にも待遇の良い仕事があったんですが、それは私の夢を実現する仕事ではなかったし、お金が全てではないので、前の会社を辞めて自分の会社「Bright Wave Media」を立ち上げました。その時まで「YOKOHAMA SEASIDER」などの雑誌づくりと、東京の会社の仕事を両方していたんですが、すごく中途半端な生活を送っていると気づいたんです。それがあまり良くないと感じたので、思い切って東京の仕事を辞めて、自分の会社を設立し、今も頑張っています。

―日本は今、出版を事業として活動していくのは大変な時代ですよね。

 確かに経済的に厳しいですが、まず人間関係を大事にすればお金のことは何とかなると思います。この雑誌はスポンサーの広告によって発行されているのですが、大きい会社とのビジネスの場合は仕方ないのですがなるべく広告の掲載などの営業は電話ではしないようにしています。Small businessやレストランだと、私がまずちゃんと人に会って、食事に行ったりしてお話をして、人間関係を作ってからビジネスの話を持ちかけています。やっぱり人とのつながりがないとビジネスが成り立っていかないですよね。

■「Together we can make the city an even better place!」

―YOKOHAMA SEASIDERのほかにはどのような活動をなさっていますか?

声マガジン 現在、YOKOHAMA SEASIDERのほかに、2009年3月から隔月刊で発行している「ko-eマガジン」という文学や写真などのアート中心のバイリンガル・カルチャー雑誌もつくっています。福岡、京都、東京、仙台などで配布しているんです。海外の人達や地域の人達もインターネットで注文して手に入れることもできるんですよ。

 あと、僕はビールが大好きなんです。特にクラフトビール(地ビール)が好きで、おいしい地ビールを求めてヨーロッパやアメリカそして日本中を飲み歩いています。

 地ビール情報をもっと広めていこうと、バイリンガルのフリーペーパー「ジャパン・ビア・タイムス」(季刊)を2010年2月に創刊しました。ジャパン・ビア・タイムスでは、ビール好きの方のために「BAD BEER IS THE ENEMY.」というメッセージをプリントしたTシャツをつくったほか、「横浜の地ビール普及にすこしでも貢献できればうれしい」と思い、7月11日には中区海岸通りのオリエンタル料理レストラン「AMAZON CLUB(アマゾンクラブ)」でクラフトビールを楽しむ「地ビールパーティー」も開催しました。

Koe Magazine

ジャパン・ビア・タイムス

海岸通のオリエンタル料理店「アマゾンクラブ」で地ビールパーティー(ヨコハマ経済新聞)

―これからYOKOHAMA SEASIDERはどう発展していく予定ですか?

 横浜シーサイダーもこれからもっとイベント情報だったり、アート記事やコラムを充実させたい。もっともっと役に立つ雑誌を作れたらと思います。

 今は毎月5,000部を横浜市内の200カ所で発行しています。少しずつ部数を増やして、12月までには毎月1万部発行を目指したいですね。あと、余ってしまうと環境問題にも関わることだし、スポンサーにもアンフェアだと思うので、数を多く発行しても、余ることがないようにしたい。だから今から配布場所をどんどん増やしながら発行部数も増やしていきたいです。

 環境問題にはとても関心があります。このフリーペーパーの紙も再生紙で出来ているし、私も植林活動などを行ったりしています。それからもっと色んな人とつながりたいなと思います。先日も市役所や神奈川県の観光局の人たちとミーティングがあって、それぞれの部分の情報を集めて雑誌の中で発表できたらいいなと思っています。

―せっかくバイリンガル雑誌なので、最後の質問は英語で行いたいと思います。Is there any message for the readers of YOKOHAMA SEASIDER from you?(最後にRyさんから横浜の読者の皆さんに向けて何かメッセージはありますか?)

 Absolutely! We have our introduction each month and I always end this with the same thing, 「Together we can make the city an even better place!」

 (もちろん!雑誌の中で毎月前置きがあるのですが、私はいつも同じ言い回しで終わっています。「力を合わせてこの街をさらに魅力あふれる街にしていきましょう!」)

―Thank you very much for your time! (ありがとうございました。)

YOKOHAMA SEASIDER

姜安里 + ヨコハマ経済新聞編集部

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