特集

まちづくりとオタクに共通点はあるか?
「ソーシャルメディアの現在」を探る東京都市大の冒険

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■コミュニティーの多様なつながりづくりにも役立つソーシャルメディア

 「野火は、野山のあちこちに、同時に生まれ、つながり、急激に広がっていく」

 現代は「野火」のように、分散的でローカルな活動やコミュニティーが、同時に至る所に形成され、ひろがり、相互につながって行く状況が至る所で起こっている時代だ。ウェブやモバイルといったソーシャルメディアは、このような状況を加速している。

 ソーシャルメディアとは、誰でも利用でき、ユーザーが情報を発信し、形成していくメディアのこと。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サイト)やTwitter、Ustream、YouTubeなどは、さまざまなローカルな活動やコミュニティーの多様なつながりづくりにも役立つツールで、まちづくりへの活用も期待されている。

 東京都市大学環境情報学部(横浜市都筑区)では、2007年から2009年度にかけて文部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(通称:現代GP)」に採択され、「ICTによるニュータウンの街作り拠点構築-web2.0技術の活用による地域情報の集約と地域活動の促進-」をテーマに、都筑区を中心とした横浜市北部の「ニュータウン」のまちづくりに、ICT(情報コミュニケーション技術)を活用するフィールドワークを行ってきた。

 このフィールドワークは、住民に役立つWeb2.0型のサイトを学生主導で構築する活動を通して地域に貢献するとともに、通常の大学内のみの教育では得られない、情報技術の実践的な学習機会を学生に提供するものだ。

 3月13日には、「ソーシャルメディア」の最前線をメーンテーマにしたシンポジウムを開催し、これまでの3年間の活動の成果をとりまとめて発表し、また、内外から講師を招いて「ソーシャルメディア」の未来の姿を探る。

東京都市大学環境情報学部現代GP公式サイトトップ

■「リアルなまち」で「ソーシャルメディア」を活用する現代GPプロジェクト

 横浜市内でも、まちづくりのためにユーザー参加型・双方向型のICTを活用した地域ニュース、イベント情報登録サイト、家庭に眠る古い写真を市民間で共有・公開するサイトや、地域SNSなどを通じてオンライン上で「つながる」ことができるソーシャルメディアの取り組みが増えてきている。

 2009年4月に総務省が発表した「通信利用動向調査」によると、インターネット利用者数は9,091万人、人口普及率は75.3%となっている。特に最近では、シニアの利用率が上昇。70代男女でインターネットを利用しているのは27.7%。80歳以上でも14.5%と約7人に1人がネットを利用している。

 地域をターゲットにしたWebサイトやモバイルサイトを住民に活用してもらう際「高齢者や主婦層など、地域で生活する人たちにどのようにして、サイトを実際に使う機会を提供するかがポイントだ」と、「アーキテクチャの生態系」の著者で、13日のシンポジウムに参加する濱野智史さんは、2月15日に行われたプレセッションで話した。

 ネットや携帯のコミュニケーション体験を口頭で伝えたり、文章で説明したりしても、その実態は実感として伝わりにくい。パソコンや携帯で使う双方向型のWebサイトは、受動的な視聴が主となるテレビと異なるパーソナルなコミュニケーションの道具。身近にソーシャルメディアを使っている人がいないと、なかなかその楽しさがわからないということもある。逆に、高齢者などにその使い方を見る機会を提供することができれば、高齢者にとっても、ソーシャルメディアの敷居は下がるだろう。

濱野智史の「情報環境研究ノート」(WIRED VISION)

「エコ」と「ソーシャルメディア」をテーマにトークカフェ(ヨコハマ経済新聞)

関内で地域SNSとソーシャルメディアをテーマに公開トーク(ヨコハマ経済新聞)

「twitter革命」著者の神田敏晶さん招き公開トークセッション(ヨコハマ経済新聞)

「ソーシャルメディアは政治を変える?」テーマに公開トーク(ヨコハマ経済新聞)

■地域住民にICTを活用した仕組みとの接点を作るフィールドワーク

 同大学環境情報学部で現代GPに取り組む学生たちは、Webサイトの利用者が感覚的に情報を理解できるような仕組みを構築。身近な題材を使い、ICTを活用した暮らしに役立つ仕組みと住民の接点を作るフィールドワークを展開してきた。

 学生が開発し、携帯で撮った写真をその場でメール添付で位置情報とともに送ると、GoogleMapに表示される「Goovie」というシステムは、実際に地域住民による緑道保全の調査活動などに使われている。

 また、地理情報と時間軸を組み合わせて、イベントの「いつ」「どこで」を視覚的に表現し、検索もできる「TimelineMap」は、横浜開港150周年の関連事業で設置された写真共有サイト「みんなでつくる横濱写真アルバム」や、誰でもイベント情報を投稿できる「イベントナビ」にも採用された。

 同大の研究成果を横浜市都筑区に還元する事業として、同区の街の記憶と歴史を残し、次世代へ引き継ぐため「デジタルアーカイブ事業」を展開することが2月24日に発表された。学生たちが作った「TimelineMap」は、この事業にも活用される予定だ。これまでの地域でのフィールドワークの経験を生かし、学生たちがニュータウン開発以前から住む地域住民、開発初期の1960年代の入居者、最近の転入者や、買い物や通学目的の来訪者など、地域のさまざまな層に取材し、地域にネットワークを作りつつ、データを集めている。

みんなでつくる横濱写真アルバム

時系列に基づく地図システム「TimeLineMap」(東京都市大学上野直樹研究室)

都筑区緑道保全におけるICTツール活用(東京都市大学上野直樹研究室)

■Twitter botの講習会と中川「おしょくじ」プロジェクト

 学生たちは、横浜メディア研究会など、地域のソーシャルメディアに関心を持つ研究コミュニティーとも交流することで、技術と知識のネットワークを構築している。時には学生も講習会の講師を務める。

 2月6日に「ソーシャルメディアとしてのbot活用術」をテーマに行われた講習会では、上野直樹研究室4年の小林佑輔さんと谷杉歩音さんが講師になり、「横浜に関する情報をTwitterに自動配信するプログラムをつくろう」と、Twitter のタイムライン上にさまざまな情報を自動的に流してくれるプログラムづくりの講習会を実施した。

 横浜に関連したキーワードをTwitter上でつぶやいている人を見つけ、まとめてリストアップしてくれるbotは、自分と共通のテーマに関心を持っている人を見つけるために役立つ。参加したのは、Twitterや地域SNSなどを使って、つながりを作ったり、さまざまなテーマと人を結びつけることに関心持つシニアから学生まで約20人。

 講師を務めた谷杉さんは「Twitter bot講習会を開いたことから、自分たちのようなソーシャルメディアの研究をしている学生や若い人以外にもソーシャルメディアを利用して情報発信や情報の収集をすることに関心のある人は多いと感じました。自分の活動が地域の方やつくる側ではなかった人につくる事のきっかけになって表現の場を増やすことができると嬉しいと思います」と話している。

横浜メディア研究会

 街の活性化を目指し、リアルとウェブをフル活用するプロジェクトに取り組んだ学生もいる。大学がある横浜市営地下鉄ブルーラインの中川駅周辺では、現代GPによる地域交流をきっかけに、大学の研究室の学生たちがアーティストの三宅航太郎さんとコラボして、中川「おしょくじ」プロジェクトを展開、すでに街の飲食店の大半をネットワーク化しており、活性化につなげようとしている。

 プロジェクトを担当した、情報メディア学科岡部研究室3年の中島和成さんは「僕たち学生がこの『おしょくじ』プロジェクトを通して、飲食店の方々を巻き込んで、街に入り込むことができました。普段なら食べてお金を払い、そのまま帰ってしまう立場ですが、一歩踏み込んで、飲食店の方々から自分たちの住む街をよくしていきたいという思いを受け取れました。街についての話ができて楽しかったです」と話す。

 上野研究室4年の小林佑輔さんは「大学が地域に点在するさまざまな人々や活動のハブとなって機能し、新たな人脈や取り組みが次々に生み出されている実感があります。システム構築に取り組んでいる学生にとって、現場からの生の声をシステムに組み入れることで、ユーザーが必要とするシステム開発の手法や、それを媒介とした活動全体のデザインといった視点を身につけることができました。フィールドに何かを仕掛けつつ、その過程がそのまま自身の技能体得に繋がる。このプロジェクトに関わってきた学生達は、本当に多くの方々に支えられ、育てられてきました」と話す。

東京都市大学上野直樹研究室 社会-情報システムデザイン研究室

■3月13日(土)に「ソーシャルメディアの現在」が見えるシンポジウムを開催

 この現代GPプロジェクトに中心的にかかわり今回のシンポジウムを企画した東京都市大学環境情報学部の上野直樹教授らはこうした実践的なまちづくりのほかに、オンラインネットゲーム漬けになりそのほかの日常的な生活が破綻した、いわゆる「ネトゲ廃人」やオタク文化などの「若者のサブカルチャーとメディア」についても研究している。

 今回のシンポジウムの目的について「地域のさまざまな活動が野火的に生まれ、ソーシャルメディアの活用で急速に広まっていくという時代背景を受け、まちづくりの活動、ネトゲ廃人など一見無関係と思われる現象に共通するソーシャルメディアの活用法やそうし た場におけるコミュニケーション体験を浮き彫りにしたい。さらに、米国におけるソーシャルメディアの現状などの具体的事例を紹介しながら、人々が発信する情報つながり、アクションが生まれていくというソーシャルメディアの姿を明らかにしたい」と話す。

 13日のシンポジウムでは、現代GPプロジェクトの成果報告のほか、誰でも簡単にホームページを作成できる「NOTA」開発者の洛西一周さん、「情報デザイン入門」(平凡社新書)著者で北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)特任准教授の渡辺保史さん、「アーキテクチャの生態系」(エヌティティ出版)著者でリサーチャーの濱野智史さん、ヨコハマ経済新聞を運営する横浜コミュニティデザイン・ラボの杉浦裕樹編集長、フィンランドで地域とICTの研究を行っているオウル大学のKuuttiさんなどを講師として招き、ソーシャルメディアの現在と未来を明らかにしていく。

 また、京都大学総合人間学部の杉万俊夫さん、筑波大学人間総合学部の茂呂雄二さんらを招いて、ソーシャルメディアに限定されない、多様で複雑な活動や人々の社会的つながり方の拡大と学習についてのセッションも行われる。

2010年3月13日(土)「ソーシャルメディアの現在」シンポジウム公式案内

「ソーシャルメディアの現在」シンポジウム特設サイト

渡辺保史の「コミュニケーションデザインの未来」(WIRED VISION)

洛西一周のウェブサイト

■まちづくりとネトゲ廃人・ギャル・ギーク-共通キーワードはソーシャルメディア

 市民活動やボランティアにかかわる人々は、現実の社会問題に取り組む「まち系」の人たち、ネトゲ廃人やギーク(オタク)はゲームやプログラミングなどバーチャルネットの世界の住人―これが一般的なイメージだろう。

 上野直樹教授は「まち系の人たちと、バーチャル世界の住人の双方の実際の生活と活動の事例を見ていくと、すでに何がリアルで何がバーチャルか、といった区分は意味を失いつつあると感じる。それぞれのリアルな活動には、いろいろな形でモバイルメディアやウェブメディアが埋め込まれており、それなしでは活動が成り立たない。その意味ですでにリアルとバーチャル、という二分法は意味を持たなくなってきた」と話す。

 ソーシャルメディアとしてのWebやモバイルは、人々同士、人々と知識や情報をつなぎ、人々のつながりにより活動するための社会的な空間を組織する「社会的アーキテクチャ」と見なすことができる。

 「このネット上の『社会的アーキテクチャ』は、リアルな都市の拠点や空間と一体化して、人々の活動や生活のための社会的な空間を形成している」と上野教授は言う。

 地域のまちづくりのリアルな拠点とまちづくりのためのWebの仕組みや、ネトゲ廃人などのサブカルチャー世界の若者たちが集まる拠点やWebサイトなど、Webとリアル双方が織りなすハイブリッドな社会的空間で、Web時代の新しいライフスタイルやワークスタイルが産み出されているとも言えるだろう。

■ソーシャルメディアは「地球の鼓動(パルス)を伝えるプラットホーム」

 SNSやYouTubeなどのソーシャルメディアは急速に広まっている。昨年、国内で一気にユーザーを増やして注目を集めているTwitterの創始者は、「このままユーザーが増えていくとTwitterは『地球の鼓動(パルス)を伝えるプラットホーム』になっていくだろう」と話している。

 ソーシャルメディアがより広く活用されていくことで、人の気持ち、考え、活動がリアルタイムにネットを伝わり世界中に広がっていく。情報があふれる、こういう時代にICTをまちづくりやコミュニティづくりに活用していく際のポイントは何だろう。

 シンポジウムに参加する渡辺保史さんは「ソーシャルメディア時代の情報コミュニケーションを考える上で大切なことは2点。まず人の役割。ファシリテーター、コミュニケーター、コーディネーターなどの、情報デザインの媒介となる人の役割を作っていくこと。2点目は、インターネットをはじめとする道具の使い方」と話す。

 野火的に進化、拡大している現代のメディア状況の中、今後のメディア、共同体をデザインしていくためのアプローチを考え、フィールドワークを続けていく東京都市大学環境情報学部の取り組みに注目していきたい。

多様で複雑な活動や人々の社会的つながり方の拡大とソーシャルメディアの展開(PortSide Yokohama)

ヨコハマ経済新聞編集部

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