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特集

多様な人と文化が交錯する街 
空港もあった中区の知られざる素顔

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■光と影――高齢化による寿町の変化

  私事で恐縮だが、筆者も中区民である。4年前に引っ越してきて以来、中区の魅力にすっかりハマった。中華街や元町、山手、本牧、伊勢佐木、野毛など、個性の強い街が近接し、外国人居住者も多く、多種多様な生活スタイルと価値観が混在する。文化も人種もこれほどの多様性を持つ地域は全国でも珍しいのではないだろうか。 当然、観光地でもあり、毎週末がお祭り騒ぎの華やかさがある。しかも中区で開かれるイベントは「ザよこはまパレード(国際仮装行列)」や「横浜開港記念みなと祭国際花火大会」など、全市、全国レベルの大掛かりなものが多く、注目度も高い。『中区白書2007』でも「中区歳時記(花とイベントカレンダー)」と題して、にぎやかなイベントが目白押しの中区の1年を、カラー写真満載で紹介。横浜を代表する区として、光が当たる表の顔を堪能できる。

中区白書

 一方で、影の面もある。 華やかなページの後で、統計のページを見ると「中区に係る予算の全体像」には、目を疑うほどビックリさせられるかもしれない。中区の平成19年度一般会計予算197億円の内訳を、円グラフを用いてパーセンテージで色分けしているのだが、その半分以上、60.8%を占めているのが「生活保護費」なのだ。その額は約119億6,000万円。もちろん、市内18区中トップ。2位の鶴見区と比べても2倍になる。これはもちろん、“日本三大寄せ場”とも称される町、寿町を抱えているためである。

 今年10月現在で、生活保護を受けている世帯と人数は中区全体で、7,612世帯、8,225人。そのうち、寿町に限った数字を挙げれば、5,644世帯、5,687人となる。さらにそのうち46.2%が65歳以上で構成される世帯なのだ(中区役所福祉保健センター保護課調べ)。例えば生活保護対象者が60~69歳なら、1カ月で7万9,530円(生活費)と簡易宿泊所の宿泊費が支給される(年金受給など収入がある場合は減額)。住居費には上限があり、1人暮らしの場合、5万3,700円となるが、寿地区の場合は特別基準により6万9,800円まで支給される。簡易宿泊所はほとんどが三畳一間で、1泊2,000円前後。通常の上限では収まりきらないからだ。ごく単純に60~69歳の例で見れば、支給額は最高で14万9,330円。このほか、もし病気になれば、医療費も全額扶助される。正確な統計ではないが、寿町全体に投入されている金額は推定90億円ほどになるのではないか、とも言われている。

 生活保護費の7割は国の負担とはいえ、これだけの税金が投入されている事実に、中区民は眉をひそめるかもしれない。しかし、巨額を投じる必要があるほどの“福祉の町”となった寿町の実態を、意外と知らない人は多いのではないだろうか?

横浜市役所の「生活保護制度」

 実は私自身、近くに住んでいながら、避けて通ってきた。というのも、中区に引っ越してきて以来、近所に知り合いができるたびに「寿町には、昼間でも絶対行っちゃいけないよ。女性なら余計に危険だからダメ」と言われ続けてきたからだ。一様に異口同音に繰り返しご注意を頂くと、新入り中区民も、すっかり洗脳されてしまう。私より1年早く引っ越してきた友人は、車を購入した際、ディーラーから「あそこには当たり屋がいますから、乗り入れないでください」と真顔で言われ、臆病な彼女は震え上がったそうだ。

 こんな話をしたら「いやいや、今もし当たり屋なんてやろうとしたら、死んじゃいますよ。高齢者の町なんですから」と建築家の岡部友彦さんに諭された。岡部さんは、株式会社ファニービーの取締役でもある。ファニービーは、寿町で「ヨコハマホステルビレッジ」を運営する会社。簡易宿泊所の空き部屋を、外国人旅行者をはじめとする、町外の人に利用してもらい、町の活性化を図ろうとしている。改めて、寿町を見直す必要性を感じて、初めて足を踏み入れてみた。

ヨコハマホステルビレッジ

 ここで、寿町の今を見る前に、改めて町の歴史も振り返ってみよう。『中区白書2007』から「寿地区の成り立ち」を引用する。

 ――寿地区は、関内地区に隣接した利便のよい場所にあります。元は、横浜の内海を埋め立てた吉田新田の一部でしたが、港の拡大とともに、港町を支える産業が集まる地域として発展してきました。第二次世界大戦末期にアメリカ軍の空襲を受けて焼け野原になり、戦後10年間以上接収されていましたが、接収の解除後、港の復興とともに急増した港湾労働者の寝泊まりする簡易宿泊所(ドヤ)街として急激に発展しました。平成に入ると、不況とともに日雇い労働市場が縮小し、ほとんどが単身男性である住民の高齢化も急激に進みました。現在、高齢化率は40%近くに達しており、寿地区は介護など福祉保健のニーズの高い街になっています。――

 この町も、中区を構成する個性の強い町の1つである。簡易宿泊所と、居酒屋やスナックが建ち並び、時代に取り残された哀愁さえ感じさせる。あちこちで出歩く人を見かけるが、その多くは、どこか頼りなげな足取り。長年、朝から晩まで過酷な肉体労働を続け、ただ寝るためだけに三畳一間の簡易宿泊所で暮らし、日本の高度経済成長期を下支えしたタフな男たちの多くは今、杖や車いすが無くては出歩けないほどの老いに蝕まれている。もはや肉体労働はできないが、肉体労働以外の仕事はしたことがない、となれば、働き口も無い。身寄りが無く、保証人も立てられないからアパートを借りることもできない。そもそも長年の生活習慣を変えることは簡単ではない。町から出るに出られず、また、仲間もいるから出て行く気もなく、そのまま老いを重ねていく。孤独死の多さも深刻な問題だ。

横浜市健康福祉局

 町を歩いていると、意外にも若い女性の姿を何人も見かけた。「女性は特に行っちゃダメ」と忠告をくれた近所の人の顔が何人も浮かんだが……。これも「福祉の町」になった一つの現れである。生活保護のケースワーカーや、介護ヘルパー、訪問看護士など、介護サービスの担い手には女性が多いからだ。20代の大学出たての女性ケースワーカーが、1人で寿町にやってきて、三畳一間の簡易宿泊所を訪れ、生活保護の相談に乗っているというケースも決して珍しいことでは無くなっている。

 先述の岡部さんたち「ホステルビレッジ」のスタッフも、寿町に新しい風を送り込んでいる。 現在、寿町にある簡易宿泊所の部屋数は、8,000室近い。しかし、寿町で生活しているのは約6,500人。慢性的に1,500室ほどが空き部屋なのだという。仕事不足と住民の高齢化により、この先の人口増加は望めない。ならば、外国人バックパッカーなどに、手頃な料金で、宿泊施設として提供しよう、と考えた。これが外国人だけでなく、日本人にも受け入れられた。「横浜スタジアムに応援に来る阪神ファンや、パシフィコ横浜で開かれる学会や、コンサートなどに遠くから来る人たちも利用してくれてます」(岡部さん)。平成17年6月から「ヨコハマホステルビレッジ」を開始し、これまでに約45ヵ国5,000人以上の旅行者(約半数は日本人)が宿泊したという。

関連記事(寿地区が「ドヤの街」から「ヤドの街」へ地域再生を目指す「横浜ホステルビレッジ」)

 訪れる人の変化だけでなく、町の見た目にも変化がある。あちこちにプランターが置かれ、花壇が作られ、鮮やかな花が咲き競っているのだ。平成18年1月から始めた、地域住民と行政との協働による「ことぶき花いっぱい運動」が予想以上の効果を及ぼしているという。かつて寿町では路上や公園に、粗大ゴミなどの不法投棄が後を絶たなかった。なぜか、三畳一間にはとても入らない大型家具や大型冷蔵庫が山となっていることも。つまり多くは地域外からトラックによって運び込まれていたもの。この不法投棄を防ぐ手段として、プランターを置き始めたわけである。市の健康福祉局生活福祉部寿地区対策担当者によると「最初はそれほど期待してなかった」が、さすがに花の上に粗大ゴミを捨てるほど人間失格の悪質業者はいなかったようである。今ではプランターも340個に増え、粗大ゴミの山は、ほぼ解消された。

 この運動は別のうれしい副産物もあった。花は、毎日の水やりと手入れが必要。住民の中には、三畳一間では持てない庭代わりにしているのか、いつの間にか勝手に花の世話を始める人もいて、憩いの場となっている。また、運動に保育園児たちが参加したことも、癒し効果を与えた。実は寿町には保育園が2ヵ所ある。保育園側の協力で、子どもたちが一緒に花を植えた。ここに通う子どもたちの多くは、中国など外国人家庭の子が多いそうだが、住民たちは、まるで自分の孫を見るような優しい顔になったという。

 この運動以降、消防音楽隊による「防災パレード」や「打ち水大作戦」など数々のイベントに子どもたちが参加してくれるようになり、住民の心をなごませてくれている。

「今、正と負で、負の方に見えてしまってることでも、やり方によってはそれがオリジナリティとしてプラスになる、という可能性もぼくはかなりあると思うんです。負というか埋もれてるという感じですが、そこは重要。私たちが手がけている簡易宿泊所の空き部屋だって、ある意味、埋もれていた資源です。それをどれだけ良くして発信するか、ということは、たぶん寿町だけじゃなくいろんなところでできることだと思います」(岡部さん)。

■空港の街――ブログで町おこし

 中区に空港があった……なんてご存じだろうか。白書の中にも囲みのコラムで紹介されているが、かつて「関外」と呼ばれていた伊勢佐木町を中心とするエリアの大半は、第二次大戦後に接収された。連合国軍の軍事施設が整備され、長者町から若葉町にかけては、長々と張り巡らされた金網の中に、滑走路が出現し、当時の住民を驚かせたという。小型飛行機やオートジャイロ専用の飛行場として、郵便物の輸送などに利用されていたそうだ。

 これも「負」の歴史ではある。だが、あまりの意外性に興味を引かれる話ではないか。そこで「伊勢佐木町 若葉町 空港の街」と題したブログを立ち上げ、毎日メンバーの持ち回りで町の情報を発信し、伊勢佐木町と若葉町の町おこしにつなげようとしているのが、若手有志の団体「ABY」(Adventures to build the city of yokohama)である。これも埋もれていた資源の掘り起こしといえる。

  全国的知名度もあり、かつては横浜随一の繁華街だった伊勢佐木町周辺だが、近年は、横浜駅周辺やみなとみらい地区に客を奪われている。そんな町の活性化に一役買おうと、地元商店の3代目や4代目が、熱い思いをぶつけ合って、活動を広げている。

 会長の井上祐喜さん(24)は、伊勢佐木町商店街にある井上漆器店の4代目。
「ぼくが小さい時は今ほどコンビニやチェーン店は無く、個人商店さんだけだったんです。同じ年や、年が近い個人商店の子どもたちと、よく遊んでいました。でも、年取ってくると、やっぱり連絡は取らなくなる。それが寂しかった。またみんなで遊びたいな、と思ってたんです。もう一回、みんなが集まれるといいな、と」(井上さん)。

 そんな時、現在、ABYの顧問を務める渡辺清高さん(33)に出会った。渡辺さんは、若葉町にある、仕出し弁当の老舗「うお時」の3代目。横浜開港150周年協会の「横濱・開港キャンドルカフェ」実行委員を務めるなど、地域のイベントにも積極的に取り組んでいる。2人は意気投合して、ABYを立ち上げた。

 「ぼくの場合は、サラリーマン時代に横浜を離れ、家業を継ごうと帰った時、相談できる人が誰もいなかった。ぼくが“アニキ”と呼ぶ人と出会ってからは、仕事でもプライベートでもいろんなことが相談できた。彼らにもそういう人と出会える場を作ってあげたい。なおかつ、地元の子なので、町のために何ができるか考えたんです」(渡辺さん)。

 渡辺さんにとっての“アニキ”は、ABYの名誉顧問となっている小林直樹さん(42)。日ノ出町の小林紙工取締役で、今夏、ライブイベント「ベイサイドプロジェクト2007 in 大さん橋」を主催したボランティア団体「ヨコハマ ヲ アソボウ」の初代会長を務めた人である(現在は、渡辺さんが会長)。地元を愛し、思いついたら実行できる行動力を持つ熱い男たちが、世代を超えて、つながった。 メンバーは現在10人程度だが、波及効果は大きく、『空港の街』ブログに触発されて『鶴ヶ峰 ロイヤルマート』『源流の里 三ツ境物語』といった商店街ブログが生まれた。 

 まだ始めて半年ながら、手応えを感じ、夢は広がる。
「この町だけでなく、横浜全体がそうかもしれませんが、それぞれにプライドがあって、横の連携がなかなかとれないんです。若いヤツらでそれを雪解けさせていって、伊勢佐木、若葉町だけでなく、どんどんエリアを広げて連携させていきたい」(渡辺さん)。

 せっかくだから空港にまつわる話も紹介しよう。井上さんの曾祖父は、空港の横で農園をやっていたことがつい最近わかったそうだ。「空港の街」のブログを始めてから、情報が集まり、農園で撮られた貴重な写真が、近所の店からもたらされた。また、渡辺さんの家は滑走路だったとか。埋もれていた過去の情報が、次々集まり、メンバーたちも楽しみながらブログに取り組んでいる。

「伊勢佐木町 若葉町 空港の街」 「横浜 伊勢佐木町商店街」 「鶴ヶ峰 ロイヤルマート」 「源流の里 三ツ境物語」 関連記事(ボランティア団体「ヨコハマヲアソボウ」が大さん橋でイベント)

■のんびりんこ――子育て交流

 若者の活動の次は、もっと若い世代の話……。全国的に日本は少子化の一途を辿っているが、中区の場合は、逆に子どもが増えている。ベイサイド地区をはじめとするマンションの建設ラッシュによる、人口増加のおかげだ。とはいえ、もともと官公庁街や商業地区である地域には、住環境が整っているはずもない。保育所も不足し、認可施設数を1ヵ所増やして12ヵ所にしたものの、平成19年4月の時点で待機児童数は前年より22人多い49人となっている。若い世帯では、親元を離れていたり、引っ越ししたばかりで、周囲に頼れる人もなく、育児不安を抱える保護者も少なくない。

 こうした状況を鑑みて「中区地域子育て支援拠点」として昨年11月にリニューアルオープンした「のんびりんこ」は、常に利用者で賑わい、お母さんたちの交流の拠点としても、大いに活用されている。

 「のんびりんこ」は、赤ちゃんから就学前の子どもと家族が、一緒にふれあう時間を過ごせる広場のような施設。絵本やおもちゃでのんびり遊べるほか、専門スタッフが子育てに関する悩みにも対応してくれる。登録さえすれば無料で利用できる上、関内駅前ビル「セルテ」9階にあって利便性も良く、電車利用で遠くからも利用者が集まる。平成15年10月に設立され、16年度には1年間の利用者数はのべ1万1,898人にのぼり、17年度には1万2,394人、18年度には1万5,378人と増え続けている。区役所主導ではなく、ボランティア団体や福祉保健活動団体のメンバーが運営委員会を結成し、区と協働で運営してきたが、地域子育て支援拠点としてリニューアル以降は、管理・運営を法人に委託。広さは99平米から284平米と3倍近くに拡張。セルテ休館日以外の土日祝日も利用できるようになり、ますます使いやすい施設となった。

 訪ねてみると、確かに「のんびり」できそうな空間。お昼時には、弁当を広げて語り合うお母さんたちもいる。たまたま行った日は月曜日で、利用者は10人ほどだったが、スタッフに聞くと「こんなに少ないのは珍しい」とのこと。これまで最高で80人の親子が同時に利用し、ベビーカー置き場に困ったこともあったほどの盛況ぶりだ。11月4日現在で登録者数は3,838人。ここで「ママ友」を作り、地域とのつながりを築いていくきっかけにもなっている。

 「のんびりんこ」だけでなく、「たまごるーむ」というものもある。こちらは市立保育園の園舎内の一部を開放した、親子で集える部屋。竹之丸保育園(竹之丸)、山手保育園(山手町)、錦保育園(錦町)の3ヵ所にあり、利用できる時間は短いものの、無料で気軽に使うことができる。こちらも貴重な交流の場になっている。

「のんびりんこ」 「たまごるーむ」事業

 ふれあい、助け合い、語り合う、人と人とのつながり。中区の今を、過去からの変化、未来への発展を見ながら、白書のデータから探るうち、地域に広がる住民の多彩な交流と将来への希望にも出会えた。あなたの目で、また別の角度で『中区白書2007』をひもといて、自分たちの町の再発見をしてみるのもおもしろいのでは?

関連記事(「中区白書2007」発売開始―区政80周年記念特集も)

村手久枝 + ヨコハマ経済新聞編集部

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