特集

「逆ウィンドウ戦略」は映画産業を変える?
日中韓、産官学民を結ぶ横濱学生映画祭

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■アジアを視野に入れた国際的な映画祭

“横濱学生映画祭”、そう聞いて「横浜の学生たちの作品を上映する映画祭か」と思うかもしれないが、それは間違いだ。もちろん運営には横浜市内の学校に通い映画製作を行っている学生たちも参加している。しかし今年の映画祭の上映作品には横浜の学生の作品は一本もない。映像文化都市構想を謳う横浜市であるが、横浜には映像を教える教育機関はまだまだ少ないのが現状だ。では何が上映されるのかと言えば、関東を中心とする映像系教育機関から集まった71作品の中から厳選された18作品。それに加えて、多数の国際的な映画人を排出している中国ナンバーワンの映像教育機関・北京電影学院の12作品、戦争を終えたばかりのアフガニスタン・カブール大学のドキュメンタリー3作品というラインナップだ。

横濱学生映画祭

映画祭を主催するNPO法人横浜アートプロジェクトは2003年から北京電影学院との交流があり、今年は共同開催が実現した。『英雄~HERO』、『LOVERS』の張藝謀監督、『青い凧』、『春の惑い』の田壮壮監督、『始皇帝暗殺』、『キリング・ミー・ソフトリー』の陳凱歌(チェン・カイコウ)監督など、ハリウッドにも数多くの映画人を輩出してきた名門である同学院とともに映画祭を開催することは、日本の映像文化の発展にとって意義が大きいと言えるだろう。映画祭の期間中は同学院の教授陣が来日し、国の壁を越えた合作の実現に向け、日本の映像教育機関と親交を深める。また今年も一足先に同学院を卒業したばかりの3人の若者が横浜に滞在し、中国語を話せる横浜市民の家でホームステイを行っている。一緒に行動し、同じご飯を食べる、そんな日常生活での交流こそ、互いの文化を理解するための最短の道かもしれない。

NPO法人横浜アートプロジェクト 日・中・アフガニスタンの映画上映、「横濱学生映画祭」
横濱学生映画祭 ティエン・ポ監督の「中国的週末」 リ・ジア監督の「母」 横浜のホストファミリーと食事をとる中国の映像作家たち

■新しい映画産業のあり方を模索するシンポジウム

さらにこの映画祭がユニークなのは、単なる映画上映のお祭りではなく、新しい映画産業のあり方を模索しているという点だ。11月11日に開催される「日中映像交流シンポジウム2005」では、日中両国の映画人が共同制作・共同配信などの連携に向けた意見交換を行う。日本からは映画監督の黒沢清氏、日本映画学校校長の佐藤忠男氏など、中国からは北京電影学院、精華大学の教授陣の他、中国国営放送の映画編成担当者が登壇する。また、韓国フィルムアカデミーからは首脳陣をオブザーバーとして迎え、アジアの映画・映像文化の牽引役を果たすべく日本・中国・韓国の映画人と映像教育機関が顔を揃えるシンポジウムだ。「シンポジウムで話の焦点になるのは、映像配信の新しい仕組み、『逆ウィンドウ戦略』です」。そう語るのは、NPO法人横浜アートプロジェクト理事長の榎田竜路氏。「逆ウィンドウ戦略」とは何か、その説明をする前に日本の映画産業についておさらいしたい。

日中映像交流シンポジウム2005
昨年のシンポジウムの様子 NPO法人横浜アートプロジェクト理事長の榎田竜路氏

■勝ち負けの差が激しい映画産業

社団法人日本映画製作者連盟の発表によると、2004年の日本での映画公開数は649本、うち邦画は約310本。近年は邦画の制作本数の増加により上映館の争奪戦は激しく、毎年数十本の映画が劇場を押さえることができずに未公開となっていると言われている。2004年の邦画全体の興行収入は約790億円。そのうち興行網を持つ東宝、東映、松竹の配給作品が約700億円と、上位3社で9割ものシェアを占めている。大人1,800円の料金設定は世界一高く、日本人は平均すると1人が1年に1回しか劇場で映画を見ない国であり、それは先進国の中では最も低い数値だ。

社団法人日本映画製作者連盟

近年は“邦画ブーム”と言われ、邦画の興行成績が伸びてきている。シネコンが全国にできたことで、昔だったら単館で留まっていたような作品が、東京でヒットすることによって全国展開できるようになり、アスミック・エースやシネカノンといったインディペンデント系の中規模作品もヒットする可能性が増えてきている。しかしそうは言っても複数のスクリーンを持つシネコンで上映されるのは、大作映画ばかりである。多くの館で上映される大作映画と、上映機会がほとんどないインディペンデント映画に2極化し、インディーズ映画はほとんど日の目を見ないというのが実情だろう。興収のシェアを見ると、邦画の上位3社のうち、東宝が60%ものシェアを握っており、その東宝で大ヒットした作品を見ると、スタジオジブリを初めとするアニメ作品か、自社の雑誌で宣伝が打てる出版社、もしくは自社の放送網でCM宣伝が打てるテレビ局が製作委員会に入っている作品が多いことがわかる。ヒット作となるのは小説や漫画といった原作がベストセラーになっているものが多く、オリジナル脚本で成功する例は比較的少ない。最近はハリウッド映画も過去のヒット作をリメイクした作品が多くなっている。

ムサ・ラドマニシュ監督の「刻のなかの女性」 アジム・フセイン・サダ監督の「偽装結婚の果て」 ムハマド・アクバル・サラム監督の「生計を立てる人々」

■映画はマーケティングと収益予想が難しい

劇場公開映画の二次使用には、DVD・ビデオ販売、ペイパービュー、ビデオオンデマンド、ペイテレビ、DVD・ビデオレンタル、地上波テレビという流れがある。最低でも億単位の制作費が必要な映画では興行収入でリクープできる作品は一部のヒット作のみで、多くの作品は二次使用で上がってくる収益で赤字を補填している。しかしヒット作は話題となり二次使用でも多くの収益を上げるが、不発に終わった作品は二次使用の収益も多くは見込めず、勝ち負けで収益の差が激しい。また、映画はコンテンツ産業のなかでも多額の制作費がかかり、企画から完成まで長い時間が必要で、監督の才能や俳優の人気という定量的に測れないものに大きく左右される。ターゲットの選定などのマーケティングと収益予想は非常に難しい。5本ほど作ったうち、1本がうまく時代の波を捉えて大きくヒットし、その利益で他の映画の赤字を埋めるというビジネスモデルなのだ。そういった“博打的”な要素がありながらも、巨大な資金が動き、映像コンテンツ作りの高度なノウハウが求められるため、若い作り手の才能がなかなか発掘されないという問題もある。

太田裕子監督の「夏のおとどけもの」 中野亮祐監督の「味」

■新たな映画流通の仕組み、「逆ウィンドウ戦略」とは

「逆ウィンドウ戦略」とは、通常の映画のステップとは逆の方向での新しい映画の制作や流通を生み出そうというものだ。その流れは以下のとおり。ネットによるストリーミング配信を活用し、まずは観客が低コストで多様なインディーズ映画を鑑賞できる機会をつくる。次に観客の反応が良く一定の評価が得られた人気作品をDVDで販売し、さらに話題になった作品は劇場公開用映画として新たな資金を投入して撮影し直し、多くの観客に向けて作品を公開する。このようにストリーミング配信や小規模での作品販売を通して綿密なマーケティングと収益予想を立て、リスクヘッジをしたうえで映画を作っていく、それが「逆ウィンドウ戦略」だ。この仕組みには、最初はデジタルシネマなど低予算で制作できるため思い切った作品を作りやすいという利点があり、それは若手に作品発表の場を与えることや、日本映画産業の課題である人材育成にもつながっていく。

ユイ・スイ監督の「生きるって、そうなんだ!」 スン・ティエン監督の「雪の日に」

■成立させるためにはメディアリテラシー教育が必要

横濱学生映画祭は、ネットで映画を鑑賞するための業界で統一されたシステムと、そこに集まる映像コンテンツを適切に評価し運営していくためのプラットフォームを国家間と産官学民の連携のなかで創り出していくことを呼びかけている。「最初から全世界での公開を前提とするようなハリウッドスタイルの真似は、今の日本では無理。これからは低予算で制作や視聴ができるデジタルシネマの利点を活かし、新しい才能を発掘し、メッセージ性の強いインディーズ映画を広く公開していくべき。今の映画産業、メディア環境では構造的にそういったことができないから、新しい枠組みが必要なんです」(榎田さん)。

そのためにはインディーズ映画があまり注目されていない現状を変えていく必要がある。「まずは公立学校にメディアリテラシー教育を導入し、子どもにマスメディアからの画一的な情報を鵜呑みにせず、多様な価値観を受容する習慣を身につけさせることが必要です。産業を長期的に支えるのは、人材と市場。それを育てていくために長期的な視野に立って取り組んでいます」と榎田さんは語る。映画を中心とするコンテンツ産業の振興が国家的な施策となった昨今、インディーズ映画の出口をつくる「逆ウィンドウ戦略」は映画産業を活性化する起爆剤となるのか、その動向に注目していきたい。

日中映画産業の架け橋を目指す!国際化する「横濱学生映画祭」の全貌 横浜から次世代映画人の輩出目指す。映画文化を育む独立興業師の挑戦
山本大介監督の「come down」 平沢翔太監督の「IMMEASURABLE MYSTIC BOOK」 直井里予監督の「Yesterday Today Tomorrow 昨日 今日 そして明日へ…」
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