特集

横浜の日本映画シーンを活性化する!
ファン手づくりの「ヨコハマ映画祭」の全貌

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■豪華映画人が出席 第26回ヨコハマ映画祭

2月6日、日曜日の朝だというのに、関内ホール前には映画ファンの長蛇の列ができていた。開場と同時に観客は走り、階段を駆け上がって我先にとホールの中へ滑り込む。前売り券は完売、場内は立ち見が出るほどの盛況だ。今年で第26回を迎えるヨコハマ映画祭は、市民が手作りで企画運営するイベント。審査員によって1年間で公開された映画の中からベストテンが決められ、その中から数作品を上映、そしてその年に最も輝いた映画人に賞を送る。良質な作品がまとめて見れることや、監督や俳優など作り手の生の声を聞けることから、毎年楽しみにして来る映画ファンも多い映画祭だ。

横浜らしさを感じさせる船の汽笛の音で第26回ヨコハマ映画祭が始まった。今年の上映作品は3本。山形の女子高生たちがビッグバンドジャズに挑戦する姿を独特のコメディタッチで描き、3冠を獲得した『スィングガールズ』。刑事と大泥棒の間に芽生えた奇妙な絆(きずな)を描き、同じく3冠を獲得した『油断大敵』。そしてロリータ・ファッションに身を包んだ少女とレディースに憧れるヤンキー少女の友情をギャグを散りばめて描き、5冠を獲得した『下妻物語』。1番目の『スウィングガールズ』の上映が終わり、ラストの演奏シーンの感動が冷めやらぬなか、司会を務める映画パーソナリティーの襟川クロさんが登場。審査委員長である映画プロデューサー金子正且さんの開会宣言で映画祭のメインイベント、個人賞表彰式が始まった。

スウィングガールズ 油断大敵 下妻物語

注目は、やはり作品賞を含め5冠を獲得しグランプリに輝いた『下妻物語』。劇中でロリータ・ファッション好きの少女を演じた深田恭子さんは、映画さながらのピンクの衣装を身に着けて登場、会場を大いに沸かせた。主演女優賞に輝き、賞状とトロフィーを受け取ると、「女優としてはまだまだなのに、こんなに素晴らしい賞を受賞できてうれしいです」と喜びの声を上げた。レディースに憧れるヤンキー少女を見事に演じた土屋アンナさんは最優秀新人賞を獲得。「初めての映画出演で、自分ならどうするだろう、と想像を膨らませて役づくりをしました。普段はヤンキーは一切ありません」とコメント。監督賞を受賞した中島哲也監督は、「たくさんの賞をいただいて本当に嬉しいです。撮影終了後に倒れるスタッフが出るくらい大変な現場でした。評価していただいたことで、もうやらないと懲りていたスタッフもまたもう1本くらいつきあってもらえるのではないかと思います」と喜びを口にした。

第26回ヨコハマ映画祭、開幕 主演女優賞を受賞した深田恭子さん 花束を持ったファンと握手する深田さん 最優秀新人賞を受賞した土屋アンナさん 『下妻物語』で監督賞を受賞した中島哲也監督

■ベテランと若手の両方を評価していく姿勢

ヨコハマ映画祭の個人賞では、多数の映画に出演しているベテラン俳優を高く評価していることが一つの特徴だ。『下妻物語』『半落ち』『ほたるの星』に出演し助演女優賞を獲得した樹木希林さんは着物姿で登場し、「3作品に出てるから、マイレージがたまってアップグレードしたのかしら」とユーモラスに表現。助演男優賞の柄本明さんも、『油断大敵』『ニワトリはハダシだ』『タカダワタル的』の3作品に出演しての受賞。 『油断大敵』『東京原発』『笑の大学』の3作で主役を果たし、主演男優賞に輝いた役所広司さんは、「96年の時も『Shall we ダンス?』『シャブ極道』『眠る男』の3作で同賞をいただいたのですが、やはり3作品ないとヨコハマでは賞をいただけないのかな(笑)」 とコメントし、会場を沸かせた。

またヨコハマ映画祭では、これからの日本映画を支えていく新人や、地味ながらも頑張っている若手をバックアップしていこうという姿勢が強く伺える。今年度の最優秀新人賞は土屋アンナさん、『誰も知らない』主演の柳楽優弥さん、『スウィングガールズ』主演の上野樹里さんの3人が選ばれた。他の部門では1人しか選ばれていないことを考えると、若い才能を後押ししたいという気持ちが伝わってくる。また、新人監督賞は『油断大敵』の成島出監督に贈られた。『油断大敵』は助監督・脚本として活躍していた成島さんの監督初作品で、一見地味ながらも人間を見事に描写した手腕が高く評価された。出演した柄本明さんは、「自分の受賞はもちろんですが、成島出監督の新人監督賞の受賞が一番嬉しい」とコメント。彼らにとって、この受賞は次のステップへの大きな追い風になっていくことだろう。

誰も知らない

3作品の上映が終わったあと、急用のため1時からの授賞式に来ることができなかった上野樹里さんのために特別に授賞式が行われた。白のドレスで登場した上野さんは、「こうして舞台の上に立つと、『スウィングガールズ』ラストシーンの発表会の撮影を思い出します。横から登場するとき、映画の場面とだぶって驚きました」と爽やかな笑顔で喜びを表現した。授賞式には脚本賞を受賞した矢口史靖監督も同席。「多くの人の力を借りてやっと一つの映画ができるものですが、最後に映画を完成させるのは、劇場で見るお客さんです。最近はDVDで見るという人も多いですが、映画は本来1人でみるものではなく、劇場で老若男女が共通の体験を楽しむ娯楽ですから、ぜひ劇場に足を運んでください」。矢口監督の言葉に盛大な拍手が贈られる中、第26回ヨコハマ映画祭は幕を閉じた。

助演女優賞を獲得した樹木希林さん 『下妻物語』は作品賞を受賞した 助演男優賞を受賞した柄本明さん 主演男優賞を受賞した役所広司さん 『油断大敵』で新人監督賞を受賞した成島出監督

■日本映画ファンの想いが結集

ヨコハマ映画祭はスポンサーや自治体からの支援を受けず、映画ファンが企画・運営するという全国でも珍しい映画祭だ。実行委員会代表として中心になって運営を行う鈴村たけしさん(56)に話を聞いた。映画祭は26年前、サラリーマンの鈴村さんと林眞木夫さん、映画編集マンの鵜飼邦彦さんの3人の企画でスタートしたもの。当時は日本映画が「暗い、つまらない」と言われ低迷していた時期。かつては撮影所を有し多くの映画人を輩出してきた横浜だったが、映画人口の減少とともに小さな映画館は閉館を余儀なくされていった。映画業界では横浜は「京浜地区」という枠組みに入り、上映時期が東京と重なる。また東京に近いため横浜では公開されない日本映画も増え始めていて、横浜市が発行している『市民生活白書』には、「映画状況ー東京依存型」という調査結果があったという。

平成13年度横浜市民生活白書

根っからの映画好きの3人はこうした状況に危機感を感じ、横浜の若い日本映画ファンの力で自分達の見たい映画を上映する映画祭をつくることを考えた。鈴村さんは当時の想いをこう語る。「暗いというイメージから、日本映画は避けられる時代でした。多くの人に、こんなに素晴らしい日本映画があるんだと知ってほしかった」。鈴村さんたちは映画のミニコミ誌を作っていた若い批評家や映画好きの学生たちに声をかけて参加を呼びかけた。また、第1回会場には鶴見の名画座・京浜映画劇場にお願いし、その支配人を慕っていた映画志望の青年たちも企画に賛同。現在実行委員長を務める北見秋満さんもその一人だった。そして評論家や映画好きが25人ほど集まり、1980年2月、「第1回ヨコハマ映画祭」を開催した。

全く無名のスタートだったが、横浜では未公開だった作品の上映などが話題を呼び、定員280名をはるかに超える観客が好スタートを切った。第2回は前夜祭からオールナイトの開催、薬師丸ひろ子さんなど豪華なゲストも授賞式に出席して大きな注目を浴びた。しかし、第2回の直後に劇場が閉鎖。会場探しに奔走し、第3回は一般の施設利用の抽選に交じり、15倍の倍率を引き当て横浜市民ホールを押さえたが、定員1500名の会場は大きすぎて赤字に。その後は神奈川県立青少年センターホール、神奈川県立音楽堂、横浜にっかつ劇場と毎年会場を変えたものの、第8回から関内ホールに定着。やっとホームグラウンドが見つかった。

横浜市芸術文化振興財団 関内ホール
ヨコハマ映画祭実行委員会代表の鈴村たけしさん 副代表の林眞木夫さん 実行委員長の北見秋満さん 毎年発行している映画祭のパンフレット 賞の選考をする映画評論家たち

■日本映画への愛と情熱が支える手作りの映画祭

20代から30代を中心に日本映画が好きな学生や会社員がボランティアなど約30人が実行委員会を組織し、1年がかりで映画祭を企画する。映画業界志望の学生なども参加し、経験を生かして映画会社に就職した人もいるという。審査員を務めるのは映画評論家、業界人、映画ライター、映画好きなどで、今年度は36人が務めた。基準は最低でも年間50本の日本映画を見ている人で、評論家の中には年間200本以上の日本映画を見る人もいる。彼らが良いと思った作品に持ち点を配分、それを集計してベストテンを決める。実行委員会では毎年映画祭のパンフレットを発行しているが、その中では審査員たちの受賞映画に対する批評はもちろん、誰がどの作品にどれだけの点を入れたのかも公表している。

企業や自治体の資金援助には頼らず、あくまで映画ファンによる手作りの映画祭にこだわり続けている。賞を授与したり順位付けをするイベントには助成金は下りないため、入場料とパンフレットの売上が収入のすべてだ。バブルの時期には企業から資金援助をしたいと何度も話があったが、全て断ってきたという。予算的には毎回厳しいが、鈴村さんはこのスタイルを変えるつもりはないという。「もしバブルの時期に支援を受けていたら、スポンサーに頼るようになってしまい、バブル崩壊とともに映画祭は終わっていただろう。それに映画や人に順位をつけるという、ある意味では映画の神様に失礼なことをしているのだから、これぐらいのリスクは負ってもいいのではないでしょうか」。この映画に対する真摯な姿勢こそが、多くの映画ファンを結束させたり、俳優や監督たちが多忙のなかノーギャラで出席する理由なのだろう。

予算以外にも、映画上映には独特の難しさがある。配給会社からフィルムを借りてきても、身勝手な上映は他の映画館から客を奪うことになるので、神奈川県興行組合から上映の承認を受ける必要がある。たとえ許可をとったとしても、映画によっては様々な理由で上映できない場合もあるという。「総論賛成・各論反対で、映画の活性化という目的は共通だが、具体的な話は決まらないこともある」と鈴村さんは語る。

しかし、観客の視点に徹し、若い才能をいち早く認め励ます、先見性に富んだ映画祭という評価は着実に高まっている。実行委員長を務める北見秋満さんは、「これから日本映画を支えていく人たちに、自分のスタートはヨコハマだったと言ってもらえるような映画祭を目指しています」と語る。また、商業主義の中で埋もれてしまう、地味ながらも優れた作品を応援していくという。「興行の悪い映画を打ち切ってしまうシネコンのシステムでは、『いい映画=当たる映画』になってしまう。そこにはお客を育てるという考え方がない。名画座が映画の深さ、おもしろさを教えてくれたように、この映画祭をきっかけに日本映画の魅力に気づいてもらえれば」と鈴村さんは語る。

ヨコハマ映画祭
映画祭当日は早朝から行列ができる 開場の準備をするスタッフの姿 開場とともに我先にと走り出す映画ファンたち 1000席を超える座席が満席に

■映画の街・横浜の復権に向けて

1999年には「フランス映画祭・横浜」に特別参画し、その年のグランプリ作品である黒沢清監督の「CURE キュア」に仏語字幕をつけて来日するフランスの映画人に見てもらったり、日仏の映画監督が自国の映画状況を語るシンポジウムを開催するといった試みを行った。その年は横浜市・リヨン市姉妹都市提携40周年だったこともあり、フランス・リヨンでの日本映画祭に黒沢監督、林海象監督とともに参画。「カリスマ」「CURE キュア」「わが人生最悪の時」を上映した。これがきっかけとなり、リヨンやパリなどフランス国内の数都市で日本映画が上映され、日仏映画交流の一翼を担った。翌年も「フランス映画祭・横浜」に参画し、塩田明彦監督作品「どこまでもいこう」を上映。「1998年に第47回横浜文化賞奨励賞を、2000年に第22回サントリー地域文化賞を受賞して賞金をいただき、フランス映画との交流にも使わせてもらいました」。横浜市は今年、2005年6月を「横浜フランス月間」と認定し、民間事業者にフランス関連イベント等の開催を呼びかけている。グランプリ作品の『下妻物語』は、18世紀のフランス文化に憧れを抱く少女が主人公だ。予算的には厳しいだろうが、ぜひともこの機会に再び日本映画とフランス映画の交流イベントを実現してほしいものだ。

横浜市、2005年6月を「横浜フランス月間」に認定 100人を超す映画人がヨコハマに上陸! カンヌの風薫る「フランス映画祭」事情

2月の映画祭以外にも新たな試みを行ってきたヨコハマ映画祭だが、鈴村さんは後継者が悩みだという。「このようなボランティアスタッフが実務を行っていくプロジェクトは、強い想いを持っている人が引っ張っていくもの。その人がリタイアしたときが存続の危機。昔は映画が娯楽の王様だったが、今はレジャーが多様化して、映画に強い想いを持つ人は少なくなってきている。若い人はもっと欲を出して、自分がプロジェクトを引っ張っていくという気概を持ってほしい」。長年にわたって地域の文化活動に貢献してきた映画祭を維持・発展していくために、若い人たちの積極的な参加が求められている。

今年の4月には横浜に東京芸術大学大学院映像研究科が新設され、教授に北野武氏、黒沢清氏が就任する。両監督ともヨコハマ映画祭ではグランプリに輝いた、横浜に縁の深い監督だ。また、11月に開催している横濱学生映画祭は、第3回を迎えた昨年から北京電影学院と連携し、日中の若手映画人の才能発掘の場として生まれ変わった。ヨコハマには、次世代の映画人を育てていく環境が着実に作られ始めている。ここから新たな才能が育っていき、映画の街・横浜の復権に繋がっていくことを期待していきたい。

北野武氏ら、東京芸術大学大学院映像研究科教授に 日中映画産業の架け橋を目指す! 国際化する「横濱学生映画祭」の全貌
脚本賞を受賞した矢口史靖監督 最優秀新人賞を受賞した上野樹里さん 特別に授賞式を開いてくれたことに感謝の言葉を述べる二人 トロフィーを持っての記念撮影 来場者に感謝の言葉を述べる北見さんと鈴村さん

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