特集

アーティストのパワーも一役
社会起業を支える市民金融の潮流

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■全国各地に誕生しつつある社会的事業を支える市民金融

近年、日本全国で市民活動・NPO・コミュニティビジネスなどの社会的な事業に取り組む市民が増えてきている。そういった活動を持続的・安定的に続けていくために避けて通れない問題が活動資金の調達だ。NPOでは、会費の徴収、寄付や助成金などの獲得、活動の一部を事業化するなど様々な取組みがなされているが、それらの事業を支える新しい動きとして市民発の金融機関が生まれ始めている。1988年より市民主体のまちづくり活動の情報発信、実践・政策提案の支援に取り組んでいるNPO法人まちづくり情報センターかながわ(横浜市中区、略称:アリスセンター)は、年に4回発行している市民活動情報誌「たあとる通信」16号を11月31日に発行した。その特集テーマを「特集:NPO・社会的事業への融資~その現状と新しい仕組みづくりへ向けて」とし、社会的事業を支える融資の現状について深く掘り下げた。

「市民金融」、「NPOバンク」、「金融NPO」など呼び方は様々だが、市民から出資を募り、ノンバンク(預金業務や為替業務を行わず、融資業務をのみを行う金融機関)として融資を行う仕組みが全国で生まれている。1989年に東京都で設立された「市民バンク」を皮切りに、1994年に東京都で「未来バンク事業組合」、1998年に神奈川県で「女性・市民信用組合(WCB)設立準備会」が誕生した。2002年以降は北海道で「北海道NPOバンク」、長野県で「NPO夢バンク」、東京都で「東京コミュニティパワーバンク」が相次いで設立。2004年には音楽アーティスト発の市民金融「ap bank」も発足し話題を呼んでいる。「目に見える形で、社会的事業に自らが預けるお金を使って欲しい」という市民の意識の高まりが「市民金融」という新たな潮流を生み出しているのだろう。

NPO法人まちづくり情報センターかながわ(アリスセンター)
アリスセンター 「たあとる通信」16号

■社会的事業のための金融システムを考えるフォーラム

12月11日、アリスセンターは「A SEED JAPAN(青年による環境と開発と協力と平等のための国際行動)」と共同で「たあとる通信」のテーマと連動したフォーラム「社会的事業のための金融システムを考える―市民・金融機関・行政の自覚とアクション!!」を開催した。

はじめに日本経済新聞社の藤井良広氏が「地域・社会的事業への資金循環に向けて―金融機関と市民の役割」と題した基調講演を行い、日本の金融機関は不良債権問題を生み出したバブル期のモデルから抜け切れていないこと、また事業を審査する能力が不足している金融機関こtpいうことなどの問題点を指摘した。また、欧米では協同組織型、クレジットユニオンなどの金融機関が多く存在し、環境保護や地域コミュニティの発展を促す社会的事業への融資に熱心なこと、市民にはCSR(企業の社会的責任)を果たしている金融機関を選んでいく姿勢が根付き始めていることなどを紹介し、これからは金融機関と市民の双方が社会的責任を果たしている組織を評価する姿勢を持つことが重要だと述べた。藤井氏は、「日本は明治維新の時から市民革命がない。市民金融はゆるやかな市民革命とも言えるのではないだろうか」と市民金融への期待を表明した。

続いて「市民からの報告と提言」として、2003年に設立された「東京コミュニティパワーバンク(略称:東京CPB)」理事の林泰義氏が取り組み事例を報告した。東京CPBは、会員から募った出資をもとに市民活動・市民事業への融資を行う市民金融。林氏は東京CPBとともに、市民活動・市民事業支援を行う姉妹組織のNPO「コミュニティファンド・まち未来」を設立し、単に融資するだけでなく、経営サポートや人材育成などの面でも支援を行っていることを語った。すでに資金として7000万円が集り、乳幼児在宅育児支援事業、吉祥寺コミュニティカフェ事業、高齢者グループハウス建設の3件の融資が成立している。

コミュニティファンド・まち未来&東京コミュニティパワーバンク

次に「A SEED JAPAN」の土谷和之氏が「エコ貯金」についての報告を行った。土谷氏は大手金融機関へ預けたお金の多くが地域に還元されていないこと、また国債を買うことに使われることでその一部が戦争資金として利用されていることを指摘し、環境破壊や戦争に使われることなく地域の発展につながる「エコ貯金」を提唱。「エコ貯金」とは、預貯金の「預け先選び」に加え、出資や投資といったより積極的な資産活用も視野に入れて環境や社会に配慮した金融のあり方を推進していこうというもの。「預け先をメガバンクから地方銀行に変えれば、若干利率は下がるものの、預金がより地域や環境のために利用されることが期待される。健全性や利便性のみならず、エコロジーな融資基準をもっているかという社会性を銀行選びの基準に含めてほしい」と語る。また自分が応援したい事業や地域の金融機関を選び、そこに出資や投資をするという社会的責任投資(SRI)にも取り組んでほしいという。「銀行には、CSRビジョンとその具体的な目標を導入し、報告書やサスティナビリティレポートという形で市民に情報公開することを望む」と語り、情報公開の重要性を訴えた。

A SEED JAPAN 青年による環境と開発と協力と平等のための国際行動

その後のパネルディスカッションでは、金融・行政・市民の役割とそのコラボレーションの可能性について意見交換が行われた。パネリストは藤井氏、林氏に加え、全国信用金庫協会の奈良義人氏、近畿労働金庫地域共生推進センターの法橋聡氏、A SEED JAPANの木村真樹氏で、コーディネーターは中央労働金庫の山口郁子氏が務めた。奈良氏はNPO融資を行ううえで避けて通れない保証の問題について、「融資は過去の業績に対するご褒美ではなく、将来の事業の可能性を見て行うもの。金融機関に目利き力がなければ貸し出しは増えない。『事業第一、担保第二』にしていきたい」と語った。また法橋氏は、「事業のスタートアップ資金のニーズは高い。リスクヘッジをしてNPO融資をやりやすい仕組みをつくることが必要」と述べた。木村氏は「SRIを受けるということは、事業計画とその社会的価値が認められたということ。融資を受けたことが名誉となり自信になるような風潮を作っていきたい」と語った。また市民金融と既存金融機関のコラボレーションについて、林氏は「既存の金融機関の目利き力が劣化しているなか、市民金融がその部分を補うコラボレーションはありうる」とその可能性を示唆した。藤井氏は「金融の基本は信頼なら、既存の金融機関より市民のほうが信用されるかもしれない。既存の金融機関は危機感を持って、市民金融をとらえなければならないだろう」と述べ、市民金融が社会に与えるインパクトの大きさを示唆した。

日本経済新聞社の藤井良広氏 日本経済新聞社の藤井良広氏 「東京コミュニティパワーバンク」理事の林泰義氏 「A SEED JAPAN」の土谷和之氏 「A SEED JAPAN」の土谷和之氏プレゼン資料 パネルディスカッションの様子 法橋聡氏、林氏 木村真樹氏、藤井良広氏

■「ap bank」-アーティスト発のエコロジー推進市民金融

市民金融のユニークな事例として「ap bank(アーティストパワーバンク)」がある。「ap bank」とは、2003年にアーティストである坂本龍一氏、Mr.Childrenの櫻井和寿氏、音楽プロデューサーの小林武史氏らによって非営利の有限責任中間法人として設立された、自然エネルギーや、さまざまな環境事業に対して低金利で融資を行う市民金融。2005年5月1日からインターネットを中心に融資プランの募集をスタートし、開始1ヵ月で75件の申し込みがあった。7月から融資を始め、審査中のものも含めて現在20件ほどの融資が進んでいる。プロジェクトメンバーや専門家による厳正な選定を経て融資先として選ばれたのは、NPO、企業、任意団体、個人と様々で、最高500万円を最長10年間、年利1%の固定金利、無担保で融資している。実際に融資をしたプロジェクトは融資額も含めサイト上で情報公開している。

ap bank

「ap bank」設立に至った背景には、坂本氏によるアーティストとしての影響力を自然エネルギー普及へと作用させる活動「Artists' Power」がある。坂本氏は「コンサートで大量の電気を消費していることから、アーティストが環境について考えていくべきではないか」という想いから、2001年にGLAYのTAKURO氏とともにコンサートに使う電気に自然エネルギーを利用したり、地球環境問題への意識を喚起する活動「Artists' Power」をスタート。これに大貫妙子氏、松武秀樹氏、小林氏、櫻井氏らが参加し、さらにメーリングリストを通じて様々なアーティストや専門家の間に広がっていった。メンバーで環境問題の勉強会を行っていくうちに、市民がお金を出し合い自分たちの望む市民活動や事業に融資を行う市民金融「未来バンク事業組合」を知った。市民金融の動きに刺激を受けた小林氏、櫻井氏が自分たちのバンクをつくることを決意し、「ap bank」の活動を開始。その後、「Artists' Power」発起人の坂本氏も参加し、3人で1億円を出資してスタートした。

artists' power 未来バンク事業組合

「ap bank」のapには、「Alternative Power(変化をもたらす力)」の意味も込められている。3人はWebサイト「artists' power」の中でこのようなメッセージを掲載している。「おいしいもの食べたいし、いい空気が吸いたいし、おいしい水が飲みたい。自分の子供や孫たちにも、そうしてほしい。(坂本氏)」、「最近できるだけ他者のせいにしないでやってみようかな、と思っています。(小林氏)」、「意識を何処にもって行くかで僕らの未来もまた変わっていくと思う。(櫻井氏)」。年利1%の固定金利では、1億円を1年間融資したとしても金利は100万円にしかならず、そこから運営にかかる諸経費をとると人件費すら残らない。そこで櫻井氏、小林氏らはバンド「Bank Band」を結成し、ライブ『BGM (Bank with Gift of Music for ap bank)』を開催。そこで演奏した曲を新たにスタジオレコーディングし、10月20日にカバー・ソング・アルバム『沿志奏逢』をリリースした。CD販売やライブによって得られる収益を「ap bank」の運営資金として活用している。

Bank Band 『沿志奏逢』
ap bank artists' power HPより artists' power HPより artists' power HPより artists' power HPより Bank Band 『沿志奏逢』

■NPO法人ナイス・ヨコハマ -「ap bank」利用者の立場から

「ap bank」の融資先の一つに、横浜で300円で1日使えるレンタサイクル「ハマチャリ」を行っているNPO法人ナイス・ヨコハマ(中区山下町)がある。「ハマチャリ」は放置自転車を市より払い下げを受け、資格を持った整備士が修理、点検をしてレンタルサイクルとして貸し出しを行っているもの。カゴや車輪のスポーク部分にスポンサーの広告を設置して広告収入を得ている。「日本丸前」「大桟橋入口」「横浜赤レンガ倉庫前」の3ヶ所で運営を開始していたが、8月に「ap bank」から300万円の融資を受け、「馬車道」と「石川町」にもステーションを増やしサービスエリアを拡大した。

ナイス・ヨコハマ代表の桐田哲雄氏は、今年5月に新聞に「ap bank」設立の記事を偶然見つけ、インターネットで問合せて資料請求した。融資が決まるまで何度か書類のやりとりをしたが、それは全てEメールとFAXでのことだったという。桐田氏は、「担当者と1回も会わずに融資が決まったのはこれまでで初めてのこと。融資額や返済プランを一般公開するのも普通では考えれられない」とその取組みの新しさに驚いたという。後に、融資先の情報をインターネットで公開することは、回収率を高めるためでもあるということや、非営利組織である「ap bank」が、人件費などのコストをなるべくかけない運営方法を行っていることを知ったとのことだった。

NPO法人ナイス・ヨコハマ ヨコハマは環境先進都市になれるか? エコ化を推進する新交通システムの実情

いま全国に生まれつつある市民金融は、既存の金融機関が相手にしない事業者にお金を貸すということだけでなく、市民が自分たちの生活する環境や社会のデザインに参加するための新しい仕組みでもある。お金を持っている市民が世の中にとって役立つ事業を選び、その事業を応援して成功させることにより、資金や資源がより有効に循環していく。地域の社会と経済を元気にする可能性を秘めた市民金融のムーヴメントの今後の広がりに期待したい。

ハマチャリ利用の様子 ハマチャリ ハマチャリ利用の様子
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