特集

"技"と"新感覚"を備えた職人が導く!
伝統工芸「横浜家具」新時代の夜明け

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■開港の歴史とともに歩んできた元町の「横浜家具」

神奈川の工芸品の名産「横浜家具」をご存知だろうか? 1859年の開港とともに渡来し山手・山下地区に居住した西洋人たちはヨーロッパの家具を日本に持ち込んだ。山手と山下の外国人居留地に挟まれた元町の家具屋は、西洋人が修理に持ち込む異国の家具の修理や新しい家具の製作を通じて西洋家具づ くりの技術を習得していった。元町には家具店が軒を連ね、西洋家具の調査、企画、デザインをして職人たちにつなぎ、注文から製作までを一貫して行う「西洋家具のまち」として発展してきた。「エリスマン邸」や「外交官の家」など山手の洋館の西洋家具は、元町の家具店や職人たちの手によるもので、現在も家具の修復を担っている。

横浜市 財団法人横浜市緑の協会 西洋館のご紹介

「横浜家具」は、イギリスを中心とする17~18世紀ヨーロッパのクラシックスタイルの家具を中心に多様なデザインの家具をつくりながら発展してきた。その特徴とは、(1)合板をなるべく使わず、無垢の木を主体として作ること。(2)釘は補助的に使い、木と木の接合には「ほぞ接ぎ」という日本古来の手加工の技術を使うこと。(3)分業を行なわず、木の選択から仕上げまで一人の職人が全てを担当すること。そのため傷がつけば削って、壊れても分解してその部分だけを取り替えて補修することができる。また木の伸縮や木目の繋ぎ、歪みの微妙な調整など全体のバランスや細部にまで目が届き、丈夫で美しいものができる。家具を立体構造物として考え正面だけでなく側面の美しさにも心配りをしてきた。横浜家具は伝統的に親から子へ、子から孫へと世代を超えて受け継がれ愛されていく家具である。修理して長く使うことを前提に作られている、まさに「スローライフ」な家具だと言える。

外交官の家(旧内田邸) 脚一本から復元されたテーブル 復元された花台

■「横浜家具」の伝統技術を持った現代の職人たち

最盛期には19軒もの横浜家具の店が元町に軒を並べたが、時代の変化とともに元町の家具店は減少していく。そんななかで、伝統の家具を作り続けているのが、家具店「横浜元町 竹中」の工房「睦商会」(TEL 045-641-1006)だ。睦商会で横浜家具を作り続けている鈴木哲朗さん(45)は「横浜家具とは、もともと日本になかった西洋家具を、西洋人が望むように作った日本の職人の技の集大成。だから、"和の技術"と"洋のデザイン"が融合した、非常に柔軟性のある"モノづくり"なのだ」という。鈴木さんは大学の卒論のテーマに家具産業を選んだ際に横浜家具の老舗「竹中」を知り、その細工の素晴らしさに感激し、職人になることを決意したという。「道具を使えなければウチでは雇えない」と竹中の社長に言われ、1年間木工所で道具の使い方を習得、工房に欠員ができたことを機に就職し、以来20数年家具作りに携わっている。

横浜元町竹中

鈴木さんの4年ほど後に睦商会に入った内田勝人さん(45)は、元来"モノづくり"が好きでこの道に飛び込んだという。以前はアパレル会社に勤めていたが、1年半後に流通する洋服を企画するというサイクルが自分の"モノづくり"のペースと合わなかったという。そんなときに偶然テレビで家具職人が2、3週間でひとつの家具をつくりあげるという話を見て、「これだ!」と思いたち、都内の家具屋の門をたたいてまわったが、家具職人の経験がない内田さんはどこにも受け入れられなかった。その1年後、職業訓練校で木工道具を扱う訓練をしていたところ、「木どり(木を削る人)」の募集があるのを見つけ、睦商会に入社。念願の工房に足を踏み入れた初日、内田さんの前で鉋(かんな)をひいていいた職人さんがテレビで見た、家具職人の道を選ぶ決め手となった職人さんだったのだという。

神奈川県家具共同組合、神奈川県家具工業組合HP内 睦商会のページ

入社当時を振り返って鈴木さんは言う。「同じ時期に工房にはいった10数名の仲間のうち、残ったのは我々3人のみ。最低1年は配達や塗装の手伝い、その後も機械には触れず先輩職人や親方の下ごしらえを何年も続けるという毎日だが、そこで辞めてしまう人が多い。先輩の仕事を見ながらその技術を目で盗み、頭の中で仕事の工程を細部までイメージトレーニングしていれば、作るチャンスが回ってきたときには自然とできるようになっている」。厳しい職人の世界では常に学びの姿勢でいることが大切だという。また、内田さんは「20数年で1千本を超える家具をつくってきたが、いまだ完璧だと思える域には達していない」という。職人によって完璧のハードルをどこに設定するかは異なるが、自分なりの基準に達するまで妥協せず、徹底して造形美や完成度、スピードを追求する職人の志の高さが質の良い家具を生み出す。

一つ家具を作るのに3週間から2ヵ月ほどかかる。独特の曲線を含むデザインの場合は作る家具に適した鉋(かんな)などの道具づくりから始めることもあるという。丹精込めて作った家具を職人自らお客さん宅に出向いて納品することがある。「家具を作るうえでの材料や工程、技術などを説明し、自らの家具に対する思いを伝えるとお客さんも大変愛着を持ってくれる」と鈴木さんは語る。作り手の顔が見えることでお客さんは単なる道具以上の愛着を感じ、その日のうちにまた次の家具の製作を依頼する人も少なくないそうだ。そのような横浜家具の思想を理解し、その価値をわかってくれるお客さんがいるからこそ伝統は続いてきた。多少値が張っても、機械によって大量生産されたモノにはない「本物」の技術と味わいがあり、孫の代まで使えることを考えれば値段以上の価値があるといえる。

家具職人は、昔の職人と「時代を超えた対話」ができるという。「親方や先輩職人から受け継いだ“道具”には、何でこんな形をしているのかわからないものがある。しかし使い込んでいくと最初はわからなかった工夫がわかるようになる。自分のレベルが上がるとそれに合わせてまた新たな工夫を発見する。そうやって“道具”を通して常に先輩たちが教えてくれる」と鈴木さんは語る。また内田さんは「昔の職人が作った家具を補修するために分解すると、見たことのない技術に出会い、なるほどと思わされることがある。いずれは自分もそういう存在になりたいが、未来には対話できる職人がいないかもしれない」と後継者不足を憂う。横浜家具は壮年の熟練者が引退していき、その伝統を受け継ぐ若手が少ない。開港以来、脈々と受け継がれてきた職人の“技”の歴史が途絶えてしまうことを危惧する鈴木さんは「木工のワークショップを開いたり、山手の洋館で横浜家具の魅力を知ってもらうツアーを企画することで裾野を広げ、若年層の関心を呼びたい」と話す。

鈴木哲朗さん 内田勝人さん テーブル板を削る様子 木工機械のある作業場 用途に応じて何十種類もある鉋 材料として使用する木材 塗装前の椅子

■「職人の復権」:新山下の倉庫を拠点に始まる「横浜家具」の新しい歴史

鈴木さんと内田さんは、椅子専門の職人である黒柳大さん(38)と3人でこの秋に独立する。「蓮華草(れんげそう)」という職人のユニットをつくり、新山下の倉庫物件を借りて自分たちで改装して工房を構える。新しい横浜家具の工房「蓮華草」では工房とギャラリーの両方を運営する。「レンゲソウという花は有名だが、どんな花かと言われるとイメージするのは難しい。横浜家具の新しいイメージを自分たちが作っていくという意志を込めて『蓮華草』と名づけた」と内田さんは言う。職人の3人は、卓越した技術で価値あるものを作ることができる職人の社会的地位をより高め、横浜家具の良さを理解してくれる新しいお客さんと出会っていくためには、家具の生産だけでなく、自分たちで販売まで全てを行なうことが大切と考え、生産、展示、販売を自分たちで行い「職人の復権」を目指すという。この倉庫物件のオーナーは東亜企業という会社で、同社はかつて貯木場だった新山下で木材の商いをしていた。倉庫は、製材・木工場として使われていた場所。天井高7,5メートルの倉庫の約100坪を借りて、この10月より生産販売を開始する計画だという。内田さんは、「新山下の倉庫を新しい工房に選んだのは横浜家具づくりの拠点にぴったりの場所だから。この新山下の倉庫をモノづくりをする人たちが集まる拠点にしていきたい」と語る。

「蓮華草」では横浜家具の流れを汲むクラシックデザインはもとより、オーダーメイドにも力を入れていく。さらにお客さんありきではない、職人が自分の感性の赴くままに作るという新しい家具作りにも挑戦していくという。内田さんは「グレードを落として量産するようなことはしたくない。人は5分の音楽を聴いて感動し、涙する。それは家具でもできるはずだ。人が感動するような家具をつくってみたい」と新たな横浜家具の可能性を模索中だ。内田さんは芸術品のように人を感動させることができる家具づくりを目指し、その第1作として音楽をモチーフとしたミラー付きのキャビネット「Mon Amour」を3ヶ月かけて製作した。確かな技術でイマジネーションを具現化するその斬新なデザインは「家具」という枠を超えて見る人の心に飛び込んでくる。

1点1点手づくりの家具をつくり続ける職人たちが語る言葉は、その手からつくり出される家具のごとくどれも重みがあり、歴史と誇りを感じさせる。鈴木さんは「家具を真ん中にして人と交流したい」という。1つの家具にどんな材質を選び、どんな製法で、どんな想いで職人が作業しているかが買い手に伝われば、ひときわ愛着をもって長く使われていくに違いない。続々と同じ“モノ”が大量生産される現代、いくら消費しても精神的充足感は得られないと人々は気づきはじめている。家具を親から子へ、子から孫へと世代を超えて受け継いでいくように、心のゆとりを持ちモノを大切にする「スローライフ」な生き方こそ、これからの世の中に必要とされているものではないだろうか。

Mon Amour
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