特集

「紙にできること」~よこはま本への旅~
ツブヤ大学BooK学科ヨコハマ講座:9限目
王子製紙新事業・新製品開発センターの鈴木貴さんをお迎えして

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■1000年前の紙選び

三浦 ここに王子製紙さんの紙の見本帳(紙を選ぶ際に使うカタログ)があります。最初のページにあいさつ文が印刷されています。

紙ハ好キデスカ?
紙がわかりにくくて、今までご迷惑をおかけしました。初めて手にした紙の見本帳がこの一冊だった方も多いのではないでしょうか。従来の見本帳は入手困難で、必然的に紙に詳しいのは限られた方々。では、その限られた皆さんにお聞きします。

 この見本帳をこんなふうに使ってほしいという気持ちがよく伝わってきます。それぞれの紙につけられた説明文もとてもよく考えられている。これを読んで、くわしくお話を伺いたいと思い、今回、鈴木さんをお招きしました。

 ぼくは今、「源氏物語」を読んでいます。平安時代には、歌の文句や筆遣いだけでなく、どの紙を選ぶかが、とても大事にされていました。

 末摘花という鼻が長く、鼻のさきが赤い女性が出てきますが、この人は顔が醜いだけでなく紙選びも下手だと書かれています。恋の歌には薄い紙を使うのが常識なのに、陸奥紙(みちのくがみ)という手紙用の分厚い紙を使い、光源氏が苦笑するというくだりがあります。

 また、光源氏が女三宮という娘を引き取る場面があります。源氏の妻の紫の上は、「また女を連れてきたか」とがっかりしますが、源氏は「女三宮はまだ子どもだからあなたが心配する必要はない」と言います。実際、女三宮は内面も非常に幼いのですが、幼いなりに手紙をよこす。

 その手紙を源氏が開く様子が「紅の薄い紙に、目も鮮やかに包まれているので、紫の上の手前、源氏の院はどきりとなさります」と描写される。子ども扱いしていた女三宮の手紙が、紅の紙に包まれているのを見て色気を感じる。

 こんなふうに、紙選びが物語の隠し味として効いてくるわけです。源氏物語は1008年に出来た物語ですが、日本人の美意識は紙選びにも現れていたということを感じさせます。そんな紙について、鈴木さんにいろいろな角度から伺えればと思います。

鈴木 入社してから、6~7年間は愛知県春日井の製紙工場でさまざまな種類の紙の設計・製造にあたってきました。でも、そのほとんどが皆さんの手元には届いていなかった。それで、こういう見本帳を作りました。

 たとえば、32ページと126ページには、同じ文章が印刷されているのに紙が違うのでまるで感じが違って見える。かたや女性っぽく、かたや男性っぽい。見本帳のもっと後ろのページには黄色い紙がでてきますが、黄色の紙はノンフィクションっぽく、赤味がかった紙は恋愛小説っぽく見えるんです。

三浦 源氏物語での紙の扱われ方を思い出しますね。

鈴木 工場にいた頃は、高度な技術が使われている紙を良い紙だと思っていました。たとえば、ものすごく白いとか、ものすごくテカテカしているとか、「裏抜け」(文字が裏に透けてしまうこと)しないとか、印刷再現力が抜群にいいとか。

 でも、本社に異動してユーザーさんといろいろ話すうちに、考えが変わっていきました。その人が良いと思っている紙や、シチュエーションにあった紙こそが良い紙であって、製造者側の思いは必ずしも通用しないんです。先ほど紹介していただいた「紙ハ好キデスカ?」という文章が刷られている紙は未晒(みざらし)クラフトといって、封筒や紙袋に使われる茶色い紙です。以前だったら本文印刷に使うなんて、ぼくらは考えもしなかったものですが、こういう紙に刷りたいというユーザーさんがいる。われわれは勝手に「包装用紙」と呼んでいるけれど、ユーザーに用途を限って渡すことはない。自由な発想で使ってもらえばいいと思うようになった。そこで、すべての紙を平等に見ることを提案する見本帳ができたんです。

 この見本帳には画期的なところがあります。それは紙の両面に印刷したことです。今まで製紙会社は片面印刷の見本帳しか作っていませんでした。両面に印刷すると「裏抜け」がばれてしまうから。この見本帳、おかげさまで非常に好評をいただき、それからいろいろな種類の見本帳を作るようになりました。

春風社

王子製紙株式会社

■紙選びが楽しくなる見本帳

三浦 「作り手にとって良い紙と、使い手にとって良い紙が違っていて驚いた」という話が面白いですね。

鈴木 ざらざらのわら半紙みたいな質感のアドニスラフという紙がありますが、ぼくらはこれをダメ紙と呼んでいました。最も技術を要する平滑なつるっとした紙をいい紙だと思っていたからです。アドニスラフはそれほど技術も必要としないし、印刷もきれいに乗らず、焼けやすく、価格レベルも一番低い。ところが、デザイナーさんのところに持って行くと「いいね、この紙」と言われる。わけがわからない(笑)

三浦 春風社で出した、しりあがり寿さんの「みらいのゆくすえ」はアドニスラフを使っています。ダメ紙で作っちゃったんだ。

鈴木 いや、それは昔の基準ですから(笑)

三浦 春風社のPR誌に、クラフト紙を使ったことがあります。手に持ったときに質感があったり、ざらついている紙が好きなんです。

鈴木 クラフト紙は袋に使われることが圧倒的に多いので、とりわけ長い繊維を使います。長い繊維がからめばからむほど強くなるからです。ただ、そうするとどうしても濃いところと薄いところができるので、透かした時にムラが見えます。このムラをなくそうとして何億円も設備投資をしてきたのですが、デザイナーさんは「ムラがあったほういい」と言う(笑)。こんな風に、作り手と使い手では「良い紙」の基準がずいぶん違うことに気づいたわけです。

 今日持ってきたこの紙(紙名:OKボール)は、主に箱に使われる紙で、表が白で、裏がグレーになっています。表に印刷をすることを想定して、白い方をきれいにして作られているんですけど、裏のざらざらしたグレー面に刷ってほしいという要望が多い。作り手としてはきれいに作った方を使ってよと思うんですが…。

三浦 春風社もそういう紙選びをする傾向があります。

鈴木 そういう要望を拒絶してはダメだなと思います。たとえばこの紙(紙名:OFK)は、すごく表裏の差があって、裏はつぶつぶになっています。段ボールの原紙です。段ボールは、紙の間に波が入って段ボールになるので、内側は表に出ない。だから何の加工もしないので、つぶつぶになっている。でも、こういう紙で本を作ってもいいじゃないかと。

三浦 紙選びって面白いですよね。

鈴木 王子製紙が製作している一般的な銘柄だけでも、100種類くらいの紙があります。でも、紙を選ぶことを面白いと思わせる見本帳じゃないと、「じゃあいつものコート紙で」「上質紙で」となってしまう。コート紙や上質紙だったら、王子製紙でも、日本製紙さんでも、大王製紙さんでもたいして変わりません。それでは現場の技術者に申し訳ないので、なるべく王子製紙を選んでほしいなと思っています。紙によって作品のテイストは大きく変化します。それこそが紙媒体のいいところなので、ぜひ選ぶことを楽しんでほしいと思っています。

三浦 本社には「王子ペーパーライブラリー」という、紙を閲覧できるギャラリーがあります。あれは鈴木さんが立ち上げられたんですよね。

鈴木 実は、製紙会社は紙をデザイナーさんが選んでいることを知らなかったんです。出版社や印刷会社の購買部が選んでいると思っていたので、そこに一生懸命営業をかけていた。でもあるとき、紙を決定しているのは購買部ではないと気がついたんです。なぜ気づかなかったかというと、それまでは紙は黙っていても売れていたからです。それが、あるときから急に売れなくなった。

三浦 どうして?

鈴木 電子書籍や出版不況もあると思います。新聞の部数も減少しました。そうすると今まで当たり前のように動いてた製紙機械が止まります。そこで慌て始めて、やっとデザイナーさんの存在に気がついたんです。「見本帳を下さい」というデザイナーさんからの問い合わせが来る。会いに行くと、ざらざらの紙に興味を持たれる。

 ぼくはそれまでは洋紙技術部にいたので、お客さんの反応に大きな危機感を抱きました。それまでぼくらがバカにしていた紙がいい紙だと言われる。これでは何のために技術開発してきたのか分かりません。

 そこで、お客さんに自由に紙を選んでいただける場所を作らなくてはならないと思い、ペーパーライブラリーを2006年11月にオープンさせました。ぼくが一番危機感を持っていたので、発起人という形で進めたんです。

 やり始めたことでいろいろなことが見えてきました。はじめは「自社の紙を選んでもらいたい」とだけ考えていたのですが、ここ2、3年で「紙媒体そのものがどうなるか」を考えなくてはいけない状況になってきました。自社製品を選んでもらって終わりではなく、紙そのものの良さを知ってもらわなくてはと思うようになってきたんです。

「みらいのゆくすえ」しりあがり寿:著(春風社刊)

王子ペーパーライブラリー

■紙はどこからやってくるのか

三浦 外国から入ってくる紙は安いそうですね…。

鈴木 いろんな紙の種類がありますが、材料も作り方も基本的にほとんど一緒です。紙の原料は、6割が古紙で4割が木材です。木が使われる割合は少なくないですね。実は、日本の木材の半分程度は、紙パルプ産業で使われます。

 木材チップに薬品と蒸気と圧力をかけてぐつぐつ煮ると、繊維がとれます。その繊維を水に分散して抄くと、紙になりますが、工場ではキャタピラのような、ぐるぐる回転する機械に、均一に流してシート状にする。これを乾燥させると、紙になります。

 ここでパルプの繊維を均一に横に伸ばすために、6メートルもある機械を使います。それから、ドライヤーで急乾燥させます。水分が0%になるとぼろぼろ崩れてしまいますから、5~6%は残します。それから紙によっては塗料を塗ったりして、最終的にロール状に巻き取ります。ほとんどの紙はこの手順で作られます。

 ここで問題になってくるのが原料です。日本の場合、ほとんどはブラジル、南アフリカ、チリなど、地球の反対側から運ばれてきます。北欧は自国の山や森林の材料を使うので、原料費を抑えられます。中国も地球の裏側から原料を持ってきていますが、人件費が圧倒的に安いし、生産性のよい機械を使っています。日本の紙は北欧にも中国にも値段で勝てません。しかも、円高という状況がここ数年続いています。

■紙パルプ産業が林業を成立させる

鈴木 日本は国土の67%が森林ですから、本来であれば現地で調達できるはずです。王子製紙も林業をやっています。もともとは50年前の先人が、将来の世代が紙の原料に困るだろうと考え、工場の上流に社有林をいっぱい買って育てていた。ところが、1980年頃に、チップで地球の裏側から持ってきた方が安いという状況になった。今では林業は細々と続けられている程度です。現在、補助金無しで成立する日本の林業はほぼありません。

 林業はとてもお金と手間がかかります。まず植林。人の手で1本1本植える。これが出荷できる木になるまで70年から80年かかります。次は下草刈り。木は光合成をしなくてはいけませんが、そのままにしておくと雑草が1~2ヶ月でどーんと大きくなり、植えた木に日が当たらなくなって枯れてしまう。木が雑草以上の高さに成長するまでの7~8年は、毎年、雑草を刈らなくてはいけない。

 15~20年たつと、雑草ではなく笹が生えてきます。これは機械が入れないので人の手で刈る。除伐という作業です。除伐が終わると木々の中から細い木を選んで、機械で刈ります。これが間伐。木が密集するとどうしても枯れる木が出てきますから、そのなかで優先的に頑張れる木を選んで広げてあげる。そうすることによって、残った木が太くなる。この丸太から四角い材をとり、その端材でチップを作り、紙を作ります。丸太が材になった状態の歩留まりは50%もない。そこで出た大量の端材をチップとして使うわけです。

 欧米の製紙会社は、みんな製材事業をやっています。彼らは10円の端材を、100円の紙にする。そうして欧米の紙パルプ産業は発展したんです。林業が成立している国は紙パルプ産業がある先進国しかありません。1本の丸太から半分も出てくる端材を使える産業があるから成立する。しかし、日本では明治維新の時に製紙技術だけが入ってきて、林業と分断されてしまいました。そういう成り立ちの上での事情があります。

 こんなことをお話ししたのは、「木が柱になって、残りのチップが紙になる」という原料のルーツをひもとくことで、違った側面から紙の魅力が見えるんじゃないかと考えているからです。

 紙は今、「電子書籍に比べて遅い」とか「かさばる」とか、よくわからない尺度の競争をさせられていますが、もともと電子と紙とでは役割が違います。原材料から含めた流れを見てもらうことによって、モノとしての紙の力を伝えられたらと思っています。

■3.11で変わる価値観

鈴木 北海道苫小牧の工場では日本で使われる新聞用紙の半分近くを作っています。新聞用紙はチップだけではなく丸太も使うので、すごい量の丸太が並びます。

 新聞用紙は昔ながらのちょっと特殊なパルプを使います。丸太を水で洗浄しながらごろごろ回して皮をむいた後に、大根おろしみたいにすり潰す。機械的につぶすので、細かい繊維になります。そうすると、間に空気がいっぱい入るので紙がふかふかになる。裏抜けもしなくなります。ただし、木を無理矢理繊維にするので、すごく電気を喰います。最初にお話ししたのは薬品で溶かす方法で、これはそんなに電気を使いません。現在は95%くらいの紙が薬品を使う方法で作られます。

 苫小牧の工場は北海道の電力の10分の1を使います。でも、それは全部自家発電です。製造過程で出たゴミや、石炭も燃やします。また、支笏湖という巨大な湖の水利権を持っていて、巨大な水力発電のダムを100年前に造っています。昔の製造業にはそういう豪快なところがあったんです。何もない原野に工場を作り、街を作る。そして、地域に自分の会社の名前をつける。春日井に王子製紙の工場がありますが、そこにも王子という町名がついています。

 そうやって、かつて企業は地域と共に生きていたのですが、今の日本のメーカーは国外に出たがるので、そういう関係はなかなか成立しなくなっています。でも、国内の産業を柱にしていかないと、次の世代はどうなるのか。海外に行くことは一時的にはいいのかもしれませんけど、みんなが行っていいのだろうか。そういうときに、紙や木の価値を見つめ直してもいいのではないか。紙は、林業を通じて国土の問題にも関わってきます。林業、製材、製紙がうまくつながっていけばと考えています。

三浦 王子製紙さんは宮城県の石巻にも大きい工場を持っていましたね。

鈴木 それは日本製紙さんですね。日本製紙さんの石巻工場は臨海にあって、これまで製紙業界の理想郷と言われていました。ぼくが入社した頃は、木材チップは全部輸入という時代だったので、港からチップを直接下ろせて、紙を出荷する時も自社で港から出せる。一方、王子製紙の工場はみんな内陸でどこも海から5~10kmの距離がある。ぼくは「内陸にばかり工場があるから、王子製紙は競争力がないんだ」と思っていました。3月11日までは。

 石巻の工場が津波に呑まれてしまったときに、価値観ががらっと変わってしまいました。今、臨海に工場を作ろうと考える会社はどこにもないと思います。そこで初めて、先人のやってきたことは、実は理にかなっていたんだと思い直しました。山で木を切り、川を使って木材を下ろす時代だったので、工場が川沿いにあった。価値観は状況によって変化していくので、ある一時代の一点だけを見て、「これは理想的だ」と言わないほうがいい。今まで「林業はダメ」と言われてきましたけど、一方でそういう価値観を疑って、まだまだやれることはあるんじゃないかと考えなくてはいけない。最近はそう感じています。

 紙に関する価値観も、「高度な技術が使われている紙がいい」という時代から、そのものの物質感や手触りを大事にしたい」という考えをもとに紙を選ぶ時代に変わりました。そういう時代に、「紙にできること」をこれからも考えていきたいと思います。

鈴木貴(すずき・たかし)
1998年、王子製紙に入社。6~7年の工場勤務を経て本社へ異動。工場経験で得た紙の知識を活かして数百人のデザイナーを訪問。その交流の重要性を強く感じ、2006年11月に各種紙サンプルの展示や企画展を行う「王子ペーパーライブラリー」を設立。現在は王子製紙新事業・新製品開発センターマネージャー。

 「高級書籍などに最適な、落ち着いたテイストと柔らかなめくり感も魅力。やはり本は目だけでなく、指でも読むものです」「紙を曲げてパキパキと鳴らすと、これほど力強い音が出るものは他にはありません」。思わず紙を触ってみたくなるような文章が添えられた見本帳には、紙の魅力がぎっしりつまっています。変化する価値観の中で、紙の新しい可能性を探る鈴木さん。ペーパーライブラリーや見本帳からは鈴木さんが訴える「紙にできること」を直接体感することができます。興味を持った方は、ぜひ銀座の王子ペーパーライブラリーへ!

 次回7月21日18時からの「ツブヤ大学BooK学科ヨコハマ講座10限目」は、「池内紀の読書会」。作家・翻訳家、池内紀さんご本人を囲み、著書「海山のあいだ」(中公文庫)、「となりのカフカ」(光文社新書)、訳書「香水-ある人殺しの物語」について語り合い、Ustream中継を行います。

ツブヤ大学

池田智恵 + ヨコハマ経済新聞編集部

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