特集

「ハマの社長を2倍に増やす」がスローガン
官民一体の起業支援モデル「横浜ベンチャーポート」

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■「官から民へ」新たな中小・ベンチャー企業支援の仕組み

ベンチャーポートの職員たち

 横浜の社長の数を2倍に増やす!?――。こんなスローガンを掲げ、今年7月からスタートしたのが「横浜ベンチャーポート」(以下、ベンチャーポート)というプロジェクト。横浜市から委託を受けた民間事業者が起業、ベンチャー企業の育成からIPO(未上場企業が新規に株式を証券取引所に上場し、投資家に株式を取得させること)までの公的な支援業務を運営するというものだ。ポータルサイトや機関紙の発行による情報発信、セミナー・講座などのイベント、窓口相談などを通して中小・ベンチャー企業の創業・経営を支援していく。「ベンチャーポート」という名前の由来は、「横浜がアジア・環太平洋のベンチャーの母港となるように」という思いを込めて命名されたのだという。

横浜ベンチャーポート

 横浜市から委託を受け、ベンチャーポートを運営するのは「あきない総研」(大阪・箕面市)。今年3月、公募によって決定された。同社はこれまで「あきない・えーど」(大阪市との共同事業)、「起ちあがれニッポンDREAM GATE(ドリームゲート)」(経済産業省との共同事業)など、行政との連携による起業・創業支援プロジェクトを推進してきた実績を持つ。いわば、この分野でのエキスパート。

あきない総研

 ちなみに、ドリームゲートはユーザー登録者数40万1,646人(2007年4月現在)、ドリームゲートの活用による起業者数は1万3,985人(2006年度、前年度比134%増)に上る。中小企業庁の「中小企業白書」によれば、2005年度の年間起業者数は15万1,224人。全起業者の約15人に1人はドリームゲートを活用していることになることを考えると、相当な実績を残していると言えるだろう。一説によると現在、日本全国に1年以内の起業を目指して準備中の人たちが約60万~70万人、起業希望者は約130万人も存在するというから、起業・創業支援事業に対するニーズは今後ますます高まってくるはずだ。

あきない・えーど 起ちあがれニッポンDREAM GATE

■中田市政の基本理念に則った「民間への委譲」

 これまで、起業・創業支援のような事業は行政が主体となって行ってきた。だが、今回のような民間委譲はサービスを受ける側(起業・創業を考える人たち)に近い民間に委託することで、より効果を上げていく狙いがある。もちろん、これは中田市政の基本理念である「民の力が存分に発揮される社会の実現」に沿ったものでもある。

ベンチャーポートの野竿達彦所長 ベンチャーポートの野竿達彦所長は、起業・創業支援事業を民間が請け負うメリットについてこう話す。「お役所というのは、得てして“前例主義”に陥りがち。しかし、それでは現代のように世の中が目まぐるしく変化する中で、新たなことに取り組んでいくのは難しいのでは。それに、数年ごとに職員が異動していくために、スペシャリストも生まれにくい。もし、専門家である我々がやることで少しでも良くなるのであれば、力を貸すことができるのではないかということです」。一方の横浜市もあきない総研に期待を寄せる。横浜市経済観光局の市川悦雄さんは「横浜発の起業の新しい波をこのプロジェクトから起こしていきたい。数々の実績を持つあきない総研に委託することで、民間のユニークな発想によって新しい企業・ベンチャー支援に取り組めたら」と話す。

横浜市経済観光局

「根底には、中小零細企業の経営者の方たちと触れ合うのが好きだという思いがありました」と話す野竿さんは銀行、広告会社を経て、大阪府下の商工会議所に入所、中小企業の社長に対する経営支援を行ってきた。「広告会社では営業マンだったのですが、クライアントには中小企業の社長が多く、その関わり合いの中でコンサルティングに興味を持ち、商工会議所に入所しました」。しかし、入所した商工会議所のサービスのあり方にカルチャーショックを受ける。民間企業では考えられない出来事の連続だったのだ。

■税金を取り戻すぐらいの気持ちで活用して欲しい

「商工会議所では起業・創業のノウハウの多くを身に付けることができましたが、起業・創業支援事業がサービス業であるという感覚がなかったように思います。これではクライアントに対して良い仕事ができるはずがない、と痛感しました。入所2年目のことです。商工会議所のあり方を変えたいと思っても、完全な年功序列の組織です。変革できるほどの影響力を持つまでには、あと何十年もかかってしまう。葛藤を抱えていましたね」と、野竿さんは当時を振り返る。

 そんな悩みを抱えていた頃、「あきない・えーど」や「ドリームゲート」などで実績を確固たるものとしていたあきない総研の吉田雅紀社長と出会う。ベンチャーポート立ち上げのための人材を探していた吉田さんから、参加を請われたのだ。「これを逃したら、絶対に後悔する」――。迷うことなく大阪を後にし、家族と共に横浜へやって来る。こうして、吉田さんが代表で野竿さんが所長というベンチャーポートのツートップ体制が出来上がった。「我々の基本的な考えは一致しているので、まったくストレスがない状態で仕事をさせてもらっている」と野竿さんは話す。

あきない総研の吉田雅紀社長 一方、野竿さんをヘッドハンティングした吉田さんは、あきない総研を立ち上げる前はインテリアメーカーに勤務していた。社内で新規事業を立ち上げ、その事業の独立分社化の指揮を取った。この時の経験が現在にも生きている。吉田さんはベンチャーポートのスタンスについて、こう話す。「この事業は税金を使っているので、利用者の方々には税金を取り戻すぐらいの気持ちで私たちが提供するサービスやネットワークを大いに活用して欲しい。私は小売業出身なので、ベンチャーポートの入口に入ってきた方、お問い合わせをいただいた方は全てお客様という考えです。行政が資金を拠出していますが、横浜市にとってではなく、横浜市民にとって、いかに価値あるサービスを提供していけるかということを常に考えています。委託事業ではなく、委託会社がやっている“独自事業”という視点でとらえてもらえたら」。

■何よりもまず起業したい人たちが集まる場が必要

 ところで、横浜市はこのプロジェクトについて明確な数値目標を掲げている。2006年から4年間で、(1)世界を舞台に活躍できるグローバルベンチャー企業を450社創出する(2)横浜市内での上場企業を150社(現在123社)にする(3)ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)を100社創出する――というもの。だが、ベンチャーポートはこの数字を上回る規模を達成目標としている。その上で、「ハマの社長を倍にする」というスローガンを掲げているのだ。では、実際にそれを実現するためにどのような仕掛けを考えているのだろうか。

 9月22日に開催されたベンチャーポートのセミナーの1つ「吉田雅紀の起業家ガチンコ道場」でのこと――。

懇親会ではビジネスチャンスの機会も―― 「治療院を経営しながら、マッサージやリハビリ、カウンセリングなどのノウハウを基に生み出した独自の心理学を横浜に広めていきたい」と、自身のビジネスプランを披瀝する参加者。

――そんな参加者に対し、「事業規模は?」「課題は?」「営業戦略は?」と矢継ぎ早に質問する吉田さん。

――吉田さんの鋭い突っ込みに何も答えられない参加者。

――業を煮やした吉田さんが「結局、自分何がしたいの!?」と一喝する。

――「……次回までに考えてきます」と、うなだれる参加者。

 ひと頃、人気を博したバラエティ番組「マネーの虎」を思わせるシーンだ。素人目から見ても安易なビジネスプランに、吉田さんから容赦ない突っ込みが入る。参加者たちはしょっぱなから、起業なんてそうそう甘いもんじゃない、ということを思い知らされることになる。

まず起業したい人たちが集まってくれるという場が必要だという もっとも、そうした“鞭”だけでなく、セミナー終了後にはちゃんと“飴”も用意されている。「アフィリエイトの元祖」と言われる木村誠司さん、ネットショップ界で活躍する「ウィンアンドウィンネット」のこやまたみこさん、大阪・東京や横浜赤レンガ倉庫などでカフェ事業を展開する「バルニバービ」の佐藤裕久さん、有名アーティストなどのプロモーション映像を手掛ける「イエローブレイン」の丹下鉱希さんなど、各分野の一線で活躍中の起業家の先輩たちと直接触れ合うことのできる懇親会も行われた。野竿さんは「こういった懇親会もただ単に行うのではなく、その場での出会いから、新しいビジネスのキッカケが生まれていくような“質の高い交流会”を目指しています。色々な仕掛けを考えていますが、何よりもまず起業したい人たちが集まってくれるという場が必要」と話す。

関連記事(横浜ベンチャーポートが本格稼働―目標は「ハマの社長を2倍に」) ウィンアンドウィンネット バルニバービ イエローブレイン

■まずまずの滑り出しだが課題も少なくない

バラエティに富んだ講師陣が特徴 ベンチャーポートのセミナー・講座の最大の特徴は、そのバラエティに富んだ講師陣。横浜ベイスターズファンブログ管理人でサイトプロデュース、地域イベントプロデュースなどを行う「アフロディレクターズ」代表取締役の草間忠宏さん、税理士の小笠原士郎さん、法人営業のスペシャリストとして知られ、関連著書が多数ある井上功さん、「関西ネット界のカリスマ」と称せられる内田賢さん、ファシリテーター養成のプロとして知られている高橋浩一さんなど、経営者・起業家というよりはその道のプロばかり。この種のセミナーなどでは、中小企業診断士が講師に招かれるケースが多いが、ベンチャーポートではそうしたケースはほとんどない。一連のセミナー・講座をプロデュースする野竿さんは、次のように話す。「中小企業診断士が講義するような経営の概論は、実際には役に立ちにくい。利用者はもっと的を絞り込んだ話を聞きたいのではないかとの思いから、講師はその道のプロを選びました。もっと言えば、講師屋さんではなく、その分野の“オタク”に話をしてもらうという発想です。概論・総論ではなく、非常にニッチな分野で実際に使える情報が溢れているセミナーにしたいと考えました」。

 7~9月末で第1期のセミナー・講座は終了したが、10月からはまた新たな講師やテーマで、新たなセミナー・講座が行われる。「エクスプローラ」代表取締役の中村伸一さん、「香取感動マネジメント」代表取締役香取貴信さん、「Morinaga Nutritional Food」顧問の雲田康夫さん、「アイランドブレイン」代表取締役の嶋基裕さんなど、第2期も講師として各分野のエキスパートたちが控える。

エクスプローラ「地球探検隊」 香取感動マネジメント Morinaga Nutritional Food(英語) アイランドブレイン アフロディレクターズ

まだまだ課題も少なからずある まずまずの滑り出しを見せているベンチャーポートだが、課題も少なくない。仮に横浜で起業したとしても、やはりビジネス環境は東京の方が圧倒的に優れており、横浜で起業後、東京へ本社を移転したりするケースも出てくるかもしれない。横浜市経済観光局の市川さんもその可能性を否定しない。「できれば、横浜を好きになって居ついてもらいたい。横浜にどのように根づかせるかが課題ですね」と語るように、そのためには単に起業者を増やすだけでなく、彼らが恒久的に横浜でビジネスを続けられるような環境づくりも必要だろう。また、ベンチャーポート参加者の質の問題もある。前述したように参加者も起業を安易に考えている節が多々見受けられるが、これについては本人の自覚やセミナー・講座を通じてその成長を促していくしかないだろう。セミナーの講師で前出の草間さんも「どんなサポート体制があっても、動き出すのは創業しようとする人自身ですから、もっと自分のために利用していく人が増え、よりよい環境を利用者自身が作り出していければさらに良くなると思います」と語る。

「試行錯誤しながら前進する」と話す野竿さんと吉田さん 野竿さんは、ベンチャーポートの今後を次のように話す。「ベンチャーポートは常に悩みながら前進しています。常に試行錯誤しながら、より良いものを作っていけたら。試行錯誤のない企画はダメだと思っています。試行錯誤する中からこそ、本当の起業・創業支援のノウハウが生まれてくるのではないでしょうか」。

箕輪健伸 + ヨコハマ経済新聞編集部

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