特集

80キロ圏内の食材を80%使用「80*80」と
こだわりの鶏と野菜の「まる良」
ヨコハマ「地産地消」最新事情(1)

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■消費者と生産者の距離が離れすぎてしまった

食材の80%以上を横浜から80キロ圏内で調達する「80*80」

 中国産食品をはじめとする食の安全性が大きく揺らいでいる昨今、注目を集めているのが「地産地消」というキーワード。地産地消とは「地元生産・地元消費」を略した言葉で、「地元で生産されたものを地元で消費する」という意味。以前は、その土地の伝統的な食文化や食材を見直すというスローフード運動の中で主にグルメ的な観点で注目されてきたが、最近では消費者の食に対する安全・安心志向の高まりを背景に、消費者と生産者の相互理解を深める取り組みとして期待されている。横浜市でも、2005年より市内で生産された農畜産物の地域内消費を推進中だ。今回は、そんな地産地消をテーマにした2軒のレストランを紹介したい。

 みなとみらい地区に隣接する北仲地区にある「80*80」は、来店客に安心で身近なメニューを提供していくというコンセプトのレストランだ。店名の由来は、同店で使用される食材の80%以上を横浜から80キロ圏内で調達するというポリシーによるもの。このポリシーのヒントなったのは、米バーモンド州にある「ファーマーズ・ダイナー」という食堂。こちらはアメリカらしく、80キロならぬ80マイルだ。

みぢかな安心ごはん80*80 ファーマーズ・ダイナー

「やるからには『世の中が変わった』という新たな仕組みを作りたかった」と話す赤木さん オーナーの赤木さんは2000年から「まごころドットコム」というインターネットサイトで、横須賀で水揚げされる魚などを販売している。質の良いものを多くの人に食べてもらいたいという思いで始め、購入者は神奈川県だけにとどまらず東京方面からも反応があった。そこから魚だけではなく米や調味料なども取扱いを始めた。 赤木さんはサイトを始めた当時の心境を次のように語る。「やるからには、これこそ新しい、これこそ世の中が変わったという仕組みを作り上げたいと考えていた。そして、食の世界が少しずつおかしくなってきたのは、食べる人と作る人が離れてしまったから」。

まごころドットコム

■食材の良さを伝えるには実際に食べてもらうこと

 インターネットで獲れたての魚を販売するという赤木さんの取り組みは、反響を呼んだ。赤木さんは、自分のやるべきことは「地産地消」の流れを作ることだと考えた。しかし、魚以外の食材を用意し、品揃えを充実させたが、期待した反応は得られなかった。理由は商品の「ブランド力」の問題だ。通販では藤沢のお米の良さを伝えようとしても名産地ほどアピールできなかったのだ。そこでやはり実際に食べてもらうことが何よりと考え、2005年11月に前述の「80*80」を馬車道駅近くの物件を借りて立ち上げた。

 赤木さんに色々なアドバイスを今でもくれている飲食の専門家たちはオープンの際に「80*80」というネーミングに難色を示した。と言うのも、それが何の店かわからない名前は危険だという意見だった。ところが、赤木さんはこの名付け親のプロセスデザイン研究所代表である百武ひろ子さんの新しい視点に着目し、この名前に決定する。オープンして間もなく2年を迎える赤木さんに、この名前は正解でしたかと訊ねると、にっこり笑って頷いてくれた。「80*80」の入り口のドアには百武さんの遊び心がある取手が飾られている。大きな分度器が2つ合わさり、マルを作ったその上には80%を示す色が塗られている。

店内には横浜から80キロ圏内を示す地図が掲げられているさて、横浜から80キロ圏内とはどの辺りまでを指すのだろうか。それらの地図をチョークで書き記したボードが店内に大きく飾られている。地図によると東は土浦(茨城県)、西は富士山(静岡県)、南は大島(東京都)、北は熊谷(埼玉県)まで広がる。これらのエリアから大豆、豆腐、塩、コメ、魚、鳥、卵、野菜を仕入れている。そして、これらの食材は農家の人たちのさまざまなこだわりによって作られている。例えば、前述した藤沢産のコメは「合鴨農法」によるもの。合鴨農法とは除草剤を使わずに水田に鴨を放し飼いにすることで、雑草や虫が鴨の餌となり、鴨が落とす糞が有機肥料になる一石二鳥のやりかた。鴨が元気に動き回ることで根に酸素が供給されるため、稲の成長を助けるというメリットもある。すべてを鴨に任せているから農家は楽かと思いきや、実は手のかかる農法でもある。鴨が空腹になりすぎると肝心の稲を食べてしまうので常に鴨の動向に気を配る必要があるし、鴨を狙うカラスも防がなければならない。  仕入れの際など訪れる度に田んぼは違った表情を見せると赤木さんは言う。ある時は合鴨が戯れ、生育を考えて十分間隔が開けて植えられた稲穂たちはゆったりと風に揺れ、稲刈りをするとかえるや虫がたくさん飛び跳ねる。田んぼのあぜ道には長く細い通路が続いており、それは遠い昔「塩の道」と呼ばれ、金沢八景で採れた塩を運んでいたもの。そんな昔の面影を今に残しているのを見ると「じわ~っときます」と赤木さん。  「そうしたこだわりと心のこもった食材づくりに取り組んでいる農家の人たちのメッセージを『80*80』を通して多くの人たちに伝えていきたい」と語ってくれた。

大豆屋 プノワトン 湘南小麦プロジェクト 安田養鶏 わいわい市

■今日の自分の身体は昨日の自分が食べたもので作られる

 「80*80」の店内には、その日の食材を作った人の名前と産地が記されている。来店客にとっては、この上ない安心感だろう。もしかしたら安心感だけではなく、例えて言うなら親戚の人が丹精込めて作ってくれた野菜が届き、それを食べる幸せに似ているのかもしれない。

 今日の自分の身体は昨日の自分が食べたもので作られている、という考え方がある。だからこそ、食へのこだわりやその安全性に対する消費者の関心がますます高まっている。本当の野菜の味、本当の魚の味――そんな食材本来の味を生かした料理を食べたいと思うのだ。そんな消費者の欲求を満たしてくれるのが、「80*80」で供される料理の数々。

食材にこだわった様々なメニューが充実 「80*80」では、前述の「まごころドットコム」が鮮魚をメインに扱っていることもあり、カルパッチョやマリネなど鮮魚を活かしたメニューに定評がある。また、ランチメニューにはタコライスやラタトゥイユ、豆腐ドライカレーや美味しいパンとスープのセットなど、野菜の旬に合わせて創意工夫されたメニューが月替りで常時5種類ほど用意されている。さらにテイクアウトのお弁当も扱っており、連日ほぼ売り切れと近隣で働く人たちにも好評だ。ディナーメニューでは、好みの旬野菜を自分で選べるパスタや鮮魚料理、前菜各種、日替わりの夜ごはんプレートなど地域の食材をふんだんに使ったメニューが並ぶ。

80キロ圏内とは日帰りで日帰りで行って帰って来られる距離を意味している「調理で心がけているのは、いかに素材を活かすかということ。特に加熱の仕方。栄養素の損失を最小限にとどめて、かつ旨味を最大限に引き出すようにしています。また、同じ素材でも生、蒸す、茹でる、焼くと、調理法を変えれば全く表情が変わってくる。ソースや味つけよりも、そういった調理法の変化で飽きさせない工夫も欠かさないよう意識しています」と話すのは、厨房を担当する盛田智宏さん。

盛田智宏著「おいしいパスタの作りかた―とことん教えます」(出版:グラフ社、価格:¥1,000)

■地産地消をより多くの人に、でもまだ志は半ば

 盛田さんは当初、昨年の夏ごろより、レシピやメニューを提供するという形で、裏方として「80*80」の運営に参加していた。他に本業を持ちながらの部分的なサポートに徹してきたが、「80*80」をより良い店にするべく、今年の4月よりフルタイムで働いている。「僕がはじめてお店を案内されたときは、コンセプトに対して内容が全く追いついてない印象を受けました。だからまずは裏方として、赤木さんの考えを具現化する手伝いができればと考えました。その過程で、神奈川の豊かな食材に触れ、この土地で地産地消を掲げることの必然性を理解していきました。ずっと東京で働いてきたので、東京の事情しか知らなかった。東京が特殊なだけかもしれないし、東京との比較しかできないけれど、海山里に恵まれた神奈川の食材は本当に面白い。特に鎌倉野菜のレベルの高さには驚きました。それでだんだんと、より深く関わりたいと思うようになったんです。赤木さんが考える理念を、僕の手で具体的な料理という形にする。それをうまく発信して、より多くの人に食べて頂ければ、と思っています。」

 「80*80」は、ターゲットを特定の層に絞らず、より多くの方に親しんで頂きたいと考えている。だから手軽な価格で、テイクアウトもできるカフェというスタイルを取っている。

 「今はまだ、フルタイムで関わるようになって半年弱。食材に関しては、まずは季節とそれにあわせた素材が一回りするのを経験して、全体の流れをつかみたいです。同時に、まだまだ過渡期にあると言えるお店の運営に関して、赤木さんと共に様々なトライアンドエラーを繰り返しながら試行錯誤をしている段階です。とにかく時間が足りなくて、まだまだやりたいこと、やるべきことの半分も手を付けられていないのが現状ですね。」

 「80*80」は8月からディナーも開始し、新しい展開を続けている。今後は、店頭での商品販売も今以上にさらに充実させていく予定。10月半ばには新米キャンペーンを行う。「これぞ神奈川の旨いもの」と名付けて「お結びセット」をランチメニューとして提供し、合わせてお米の販売も行う。「もう米を使いきっちゃったの!」と農家さんをびっくりさせ、来年の田植えはもっと作付け面積を増やしましょうと言えるぐらいにしたいと赤木さんは意気込んで語ってくれた。それは安心な田んぼの面積が増えて、美しい風景がもっと広がることに繋がるのだ。「これぞ神奈川の旨いもの」シリーズは様々な展開で行われ、年末にはお節料理バージョンも登場するそうだ。

■新鮮な天然野菜は魚で言えば天然と養殖くらいに違う

吉田町で昨年のオープン以来、野菜料理と鶏料理で人気の「まる良」 伊勢佐木町と野毛との間に挟まれた吉田町――。カフェや、バー、ジャズ喫茶、老舗の料理店、雑貨店、画廊などが軒を連ねるこの界隈は、最近人気の注目エリアだ。そんな吉田町で昨年のオープン以来、野菜料理と鶏料理で人気なのが「まる良」だ。 毎朝、西谷(保土ヶ谷区)の苅部家の畑からその日使う分だけ収穫される野菜は瑞々しく新鮮だ。鶏も同様で、その日の朝に締めた地鶏をすぐ近所の鶏問屋の加工場から仕入れている。竹串に刺してストックなどしていないのだ。そんな素材本来の味を活かした「まる良」の評判は口コミで伝わり、神奈川県からだけではなく東京都内からも来店客が訪れるという。

 自らキッチンに立つオーナーの荒井勉さんの野菜へのこだわりには、ただならぬものがある。荒井さん曰く「野菜はさばくもの」だその日の朝に締めた宮崎の新鮮な地鶏の料理という。鮮魚ではない、野菜である。だが、荒井さんにとって新鮮な野菜は魚の刺身と同じ意味を持つ。鮮魚をさばいてお造りをするのと同じ感覚で、その日に土の中から抜いてきた野菜を柳包丁で心を込めてさばくのだ。「お天道さまや風や雨を耐え忍んできた天然の露地野菜だからこそ旨いんです。ビニールハウスの中で守られて育ったものとはまったく違う。魚で言えば天然と養殖くらいに違う」と、荒井さんは言う。

 荒井さんの朝は早い。毎朝、前出の苅部家の畑より、たわわに実った野菜をその日に使う分だけ抜いてくるのが日課だ。保土ヶ谷区西谷には他にも苅部姓の農家が数多くいるが、件の苅部さん宅が江戸時代から続く本家で13代目に当たる。実は、荒井さんと苅部さんは大学の農学部時代からの友人。在学中から意気投合し、荒井さんは苅部さんの家の畑作業を手伝い、卒業後の現在もそれは続いている。

■カツオの一本釣り~日本料理の料理人を経て自分の店を持つ

 大学を卒業した後、荒井さんは1年間カツオの1本釣り船に乗った。両親が伊勢佐木町で魚料理の店を営んでいたこともあり、自分も漁の現場を知っておきたかったのだ。その後、日本料理の料理人としてホテル・ニューオータニで修業をしてから、アジア圏のパンパシフィック・インターナショナルでの日本食レストランで働いた。帰国した荒井さんが、ここ吉田町で「まる良」を始めたのが昨年のこと。

新鮮な野菜は必要以上に手を加えない 荒井さんは、今の店を始めてからも、日々学ぶことばかりだという。なぜなら、野菜は1日たりとも同じものが実るわけではないからだ。だから、荒井さんは自分の店を「野菜の研究所」でもあると表現する。「新鮮な野菜は必要以上に手を加えない。生か蒸すか焼くかのいずれかだけ。ついさっきまで大地の中で呼吸していた野菜の旨味をひとりでも多くの人たちに体感して欲しいから」と荒井さん。

 「まる良」で出す鶏料理は新鮮で、水分がそのままにある。だから大変ジューシーな鶏料理になるし、旨味も逃げない。朝に取り出した内臓だからレバーもプリプリだ。野菜料理も鶏料理にしても他にはない味と旨味を知っているお客さんは、「まる良」の品数が少なくても、リピーターになっている。確かに店内に入り、壁に掛けられた品書きを見るとそのそっけなさに驚く。しかし、どれも食べてみたくなる魅力がある。
例えば梅干しは、苅部家自家製のもの。それを聞いただけで口の中にゴロンとした梅干しの酸っぱさが広がっていく。また、ジャガイモとだけ書かれたそれは、まさにそのまま。蒸かして塩をまぶしたもの。

 自然の恵みだから、メニューの数も日によって変わる。多い時もあれば、少ない時もある。でも、それは裏を返せば嘘がないということだ。味もさることながら、こうした信頼性も同店の人気を支えている。「まる良」をオープンした「とにかく地域で採れた旨いものを出してそれをみんなに食べて欲しいだけ」と話す荒井さんのは、自分が本当に美味しいと思う良い食材を気持ちよく食べることのできる店を作りたかった。消費者の立場に立った店が欲しかった。

 前出の「80*80」同様、「まる良」も提供する料理の素材にはとことんこだわっているが、荒井さんの考え方は明快だ。「とにかく地域で採れた旨いものを出してそれをみんなに食べて欲しいだけ。難しいことはあんまり考えてない」。

 ただ、赤木さんと荒井さんの2人に共通しているのは、「旨いものは人を幸せにする。だから、旨いものを提供していきたい」という熱い思いに他ならない。

八木下美雪 + ヨコハマ経済新聞編集部

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