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MMの先端と中華街。ヨコハマを
象徴する2つのホテルの挑戦記

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■横浜を象徴する外観「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」

ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル 風をはらんだヨットの帆をイメージさせる外観が印象的な「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」。その姿は、日本一高い「横浜ランドマークタワー」と並び、横浜を象徴する建物だ。同ホテルの総支配人・田中勝さんは、その建物としての魅力をこう語る。「ある大手広告代理店の調査によると、このユニークな形の建物がヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテルであると認識している人の割合は93%にも上り、建物として日本一の知名度があるそうです。こうした形のホテルは世界で見ても例がありません」。

ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル

「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」の総支配人・田中勝さん 同ホテルは1991年開業。現在世界6大陸で3,600以上のホテルを運営している「インターコンチネンタルホテルズ アンド リゾーツ」が日本で開業した最初のホテルだ。世界各国のホテル間でノウハウの共有は行っているが、統一接客マニュアルのようなものはない。「国や地域の歴史、文化、風習、観光資源、地元客の特徴などはホテルによって違うので、そこで求められるサービスも異なります。それぞれのホテルで、スタッフがそのホテルに来館されるお客様に応じた最高のサービスを考え提供する、それが企業理念です」(田中さん)。

■「ブランドスイート」を始めとする斬新な企画力

イタリアの高級ブランド「エトロ」による「エトロスイート」 そんな同ホテルの売りの一つは、欧米の一流ブランドが1室丸ごとコーディネートするスイートルーム「ブランドスイート」だ。同企画は、「ショールームをホテルに持ってこれないか」という田中さんの発案からスタートしたもの。ホテルとコラボレーションしてくれるブランドを探したところ、英国の一流ブランド「ローラ アシュレイ」との話がまとまり、98年に最初のブランドスイートが完成した。ソファや椅子、カーテン、ベッドカバーはもちろん、花瓶やコーヒーカップなどの細かな調度品まで、隅々までローラ アシュレイのブランド品で統一され、それまでのホテルではありえ30~40代女性に人気のイタリアの高級ブランド「エトロ」なかった特別な部屋となった。翌年、ローラ アシュレイのブランドスイートがもう1室完成する。通常では体験できないような特別な部屋に宿泊できるとあり、ブランドスイートの人気が定着した。その成功を見て、デザイナーズ ギルド、リチャード ジノリ、ジム トンプソンといった他のブランドのスイートも次々と実現していった。そしてこの夏に新たに生まれたブランドスイートが、30~40代女性に人気のイタリアの高級ブランド「エトロ」による「エトロスイート」だ。デザインモチーフにアジアンテイストの模様を取り入れ、赤を基調とした高級感のあるオリエンタルな雰囲気が味わえる部屋となった。

「ブランドスイート」の他にも、同ホテルならではの企画や設備は数多くある。例えば、ホテル業界の中でもいち早くレディースルームを導入しただけでなく、インターネットを使ったアンケートで女性のニーズを満たす気配りのある部屋を実現したこと。アンケートで女性のニーズを取り入れたレディースルームさらには、フロア全体が女性専用という「レディースフロア」まで設けたこと。また、横浜トリエンナーレ2001では、建物壁面に巨大な現代美術作品を吊り下げるという突飛な申し出にも協力した。その企画力と発想の自由さは群を抜いている。今年は映画「ダ・ヴィンチ・コード」の世界公開にあわせ、ルーヴル美術館の館内レストラン「ル・グラン・ルーヴル」総料理長のイヴ・ピナールさんを招聘。映画をイメージした特別メニューを2階のフランス料理店「アジュール」で提供し、映画ファンの舌を虜にした。

エステにホテルにフレンチレストラン……横浜は女性ひとりでも楽しめる街? インターコンチ、仏フェアで「ダ・ヴィンチ・コード」ディナー

■「ホスピタリティ」から「エンタテーメント・インダストリー」へ

英国の一流ブランド「ローラ アシュレイ」のブランドスイート こうした斬新な企画を実現できる背景には、組織の縦割り構造を壊してきた田中さんの取り組みがある。「どんな組織も縦割り構造があります。ホテルでも、宿泊部、料飲部、宴会部、婚礼部と分かれています。しかしお客様はその組織を横に動いて経験される。だから、一番大事なのはチームスピリットなんです。そこで、縦の壁を壊してクロスファンクションのチームをつくることに取り組みました。部署を横断するミーティングを増やし、横のコミュニケーションを強くする。年齢・男女の区別無く、意見を言える・取り入れる組織づくりを目指し改革を実践してきた。「良いアイデアは誰が持っているかわかりません。だから発言の敷居を下げること。社内では何かを提案するときに企画書をほとんど使いません。まず思いついたときにすぐ発言し、具体的なビジネスやマーケティングのことはあとで考える。その自由に発想するための意識改革、環境作りには2、3年かかりました」。

 田中さんは、その運営スタイルをスポーツに例えて説明する。「これからは、監督が大きな方向性を示し、それに沿ってピッチに立つリーダーのもと、個々の選手が自分で判断していくサッカースタイルが必要でしょう」。そして、同ホテルがこれから目指すのは「エンタテーメント・インダストリー」だ。「モノを買うのとは違い、ホテルに宿泊しても手元には何も残らず、そこにあるのは体験のみです。だから、お客様が求める楽しい時間、充実感のある時間を提供しなくてはならない。ホテルはよく『ホスピタリティ』が大切だと言われますが、この言葉はサウンド的に受身な感じがします。そうではなく、主体的に積極的に表現する『エンタテーメント・インダストリー』でなくてはならない。まじめな日本人が苦手とする分野ですが、そこを目指していきたいですね」。

■横浜中華街の顔、「重慶飯店」と「ローズホテル横浜」

横浜中華街にある唯一のホテル「ローズホテル横浜」 横浜での食事や観光といえば、中華街は外せない。山下町側から中華街へ入る入口に架かる「朝陽門」、そのそばに立つ白い巨大な建物が、横浜中華街にある唯一のホテル「ローズホテル横浜」だ。ホテルのロビーは、中華街の喧騒の中にあるとは思えないほどゆったりと落ち着いた雰囲気がある。1階には中華四川料理の老舗「重慶飯店」の新館レストランがあり、本格四川料理を気軽に楽しむことができる。部屋の窓からは世界最大規模のチャイナタウンが一望できる。朱色に塗られた無数の看板、点心を売る商人たち、行き交う人の波などを見ていると、まるでアジアの都市に来たような活力が伝わってくる。そんな「ローズホテル横浜」を語るには、その母体となっている「重慶飯店」の歴史を知らなくてはならない。

ローズホテル横浜

ローズホテル横浜代表取締役社長 総支配人の李宏道さん1959年に「重慶飯店」をオープンしたのは、ローズホテル横浜代表取締役社長 総支配人の李宏道さんの両親だ。その経緯を、李さんはこう語る。「私の両親は終戦後に日本にやって来た、いわゆる『新華僑』です。当時、横浜中華街は広東料理や北京料理の店ばかりだったんですが、上海出身の両親はそこに四川料理店を開店したいと四川料理の重鎮・陳建民さん(陳建一さんの父)に相談したのです。父と仲が良かった陳さんは、自分の愛弟子を初代料理長にと送り出してくれました。店の名前は、蒋介石が重慶を首都として設けていたことから、日本人にも覚えやすいということで『重慶飯店』としました」。今では横浜中華街に本館、新館(1階・3階)、別館、飲茶専門店・重慶茶樓本店があり、そして名古屋、大阪、岡山にも出店している。

重慶飯店

■横浜中華街の発展のためにホテル事業に進出

中華四川料理「重慶飯店」新館入口 その四川料理の老舗「重慶飯店」が、1981年にホテル事業に乗り出した。きっかけとなったのは、サンフランシスコのチャイナタウンの視察だ。そこでは、飲食店のすぐそばにインターナショナルホテルがあり、食事・観光・宿泊が一体となった一大観光地となっていたのだ。横浜中華街の活性化に取り組んでいた李さんの両親は早速、世界的なホテルチェーン「ホリデイ・イン」とフランチャイズ契約を結び、「ホリデイ・イン横浜」をオープンした。台湾大学を卒業した李さんがホテルの仕事に入ったのはオープンから3年目、まだ経営が軌道に乗らない時期のことだ。李さんの母である故・呉延信さん「毎晩遅くまでレストランをしている親の苦労を見てきたから、最初は事業を継ぐ気はありませんでした。造船工学を学び、シップビルディングの道に進もうと思っていたんですが、卒業当時の1981年、82年頃は造船が不況の時代で仕事がなかったんです。そんなときに親から手伝えと声がかかって始めました」。

 右も左もわからないままホテル経営の道に入った李さん。しかし、台湾やシンガポールのホテルを視察するうちに、ホテルは「動かない船」だと思うようになったという。「ホテルにはボイラー室や機械室があり、24時間営業で、船によく似ているんです。一つの街を守っていくようなつもりで取り組む、そうした視点から経営に入っていきました」。

■オリジナルブランド「ローズホテル横浜」として再スタート

「ローズホテル横浜」スイートルーム そして2003年4月、ホリデイ・インとのフランチャイズ契約が満了。それにともない、オリジナルブランド「ローズホテル横浜」として再スタートを切った。「ローズホテル」という名前は、李さんの母である故・呉延信さんが生前にこよなく愛した花であり、横浜市の市花でもある薔薇から名づけた。「重慶飯店のように、ホテル事業も他人のブランドではなく自分たちのブランドとしてやっていきたいという思いがありました。名前を知ってもらうまでに時間がかかり、1年目、2年目は大変苦労しました。しかし、スタッフ全員の頑張りがあり、今のローズホテル横浜があります」。

「重慶飯店」新館ホール 李さんが常に考えていることは、横浜中華街全体の発展とブランド力の向上だ。重慶飯店もローズホテル横浜も、中華街という魅力ある街があってこその存在だからだ。みなとみらい線が開通してから観光客数が一段と増えたものの、李さんは現状にまだまだ満足していない。その鋭い目からは、横浜のなかでの中華街、日本のなかでの中華街、世界のなかでの中華街、それぞれでまだまだやるべきことがある――そんな熱い思いが伝わってくる。

 近年、横浜都心臨海部ではホテルの建設のニュースが相次いでいる。今年1月、中区太田町に「東横イン横浜日本大通り駅日銀前」がオープンした。また、今年12月末には中区弁天通りに「ホテルルートイン横浜馬車道」が開業する。これらはバジェット型と呼ばれる低料金のビジネスホテルだ。ミドルクラスのホテルでは、今年12月末に中区山下町に「ホテル JAL シティ関内 横浜」が開業する。2009年には、みなとみらい21新港地区4街区に外資系高級アーバンリゾートホテルが開業する予定だ。生き残って行くためには、各ホテル自身の競争力とともに、横浜の街全体の観光競争力も高めていかなくてはならない。スタッフの自由な発想を促し、より充実感のある宿泊体験の提供を目指す「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」と、中華街という食の街とともに発展を目指す「ローズホテル横浜」――ユニークな両者の取り組みから、そんな横浜という都市の課題が見えてきたのではないだろうか。

東横イン「日本大通り駅日銀前」オープン -全国120店目 JALホテルズ、「ホテル JAL シティ関内 横浜」06年開業 新港地区に外資系の高級アーバンリゾートホテル建設

この記事は、横浜テレビ局の番組『企業の履歴書』とヨコハマ経済新聞のタイアップ企画です。横浜テレビ局でも7月に「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」「ローズホテル横浜」を取材した番組を放送しています。

横浜テレビ局
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