特集

「ヨムリエ」が読書熱を牽引する?
変貌するブックカルチャーの未来

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■ネットの登場がブックカルチャーを変えた 「ロングテール現象」

インターネットの登場により、人は本を買わなくなりはじめている。しかし、現在でもインターネット上の情報の大部分はテキストデータであり、文字を読む機会が減ったわけではなく、むしろ増えているのが実感だ。さらにメールやブログなどの登場によって、文字を書く機会は飛躍的に増えたのではないだろうか。ネットによって誰もが情報発信者となり、読んだ本のレビューを書き、それが本を選ぶ際の一つの基準になりつつある。本を紹介するブログなどには個人的な意見や体験、酷評など、普段ならおおっぴらに言えないようなことも含まれ、これまで表に出てこなかったことも語られるようになった。情報コミュニケーション技術の進化は、一冊の本に様々な価値づけや出会いの文脈が付随する状況を作り出した。

また、アマゾンをはじめとするインターネット書店の登場によって探している本を見つけて注文することが簡単になり、それが出版と流通の常識を変えつつある。実際に店舗を持つ書店のビジネスモデルは、少数のヒットする本で収益を稼いで、多くの「売れない本」の在庫コストを補うというもの。しかし、インターネット書店は「売れない本」も含めて数多くの書籍を扱うことで、ニーズの少ない本を買う利用者を掴み、「売れない本」を数多く売ることで大きな収益を上げている。このようなインターネット販売における新しいビジネス構造は「ロングテール現象」と呼ばれており、大型書店に同じ本や雑誌が並ぶ日本の流通メカニズムに一石を投じるものである。

年間6万点もの本が出版されている 年間6万点もの本が出版されている

■本を愛する古書店のネットワークサイト 『スーパー源氏』

ブックオフに代表される大型古書店が全国に広がり、個人経営の古書店は苦しい状況となっている。そんな小さいながらも個性ある古書店のネットワークをつくり、古書を探すための便利なサービスを提供しているのが、古書サイト『スーパー源氏』だ。運営しているのは、横浜市中区に拠点を構える有限会社「紫式部」。全国147店舗の古書のデータベース化によって、お店を越えて探したい本を簡単に見つけることができる便利なサービスが利用者の心を掴み、古書販売の取扱高は年間5億円にも上る。『スーパー源氏』は利用者と古書店の仲介をするのみで、実際の注文や配送、決済は個々の古書店と行う。「紫式部」の代表を務める河野真さんは、「個性ある古本屋さんの集合体でありたい」と同サービスのビジョンを語る。

スーパー源氏 本を愛する人の総合サイト

河野さんが『スーパー源氏』を立ち上げたきっかけは、ボランティア活動で知り合った知人から「古本屋を開業したい」と相談されたことがきっかけだった。メーカーに勤めていた河野さんは、古本のニーズはあるはずだと思い95年にWebサイトを開設。しかし、当時はまだインターネットの黎明期で、古本屋もパソコンやネットを理解していない人が多く、反応は芳しくなかったが、98年頃からネットの普及とともに利用者が増え始めた。当初は趣味でやっていくつもりだったが、「探していた本をやっと見つけることができました」というお礼のメールが数多く届くようになり、明け方までパソコンに向かうようになった。しかし仕事と副業の両立は厳しく、過労で体調を崩すようになった。「会社には自分の代わりはいる」と思った河野さんは2000年に退社し、古書サイトの運営一本に専念したのだ。

スーパー源氏 本を愛する人の総合サイト 「紫式部」の代表を務める河野真さん

■古書店の店主は本の水先案内人「ヨムリエ」

全国にある古書店の店主は、それぞれ得意なジャンルがあり、その分野の本の専門家と言える。彼らは本を探しているとき、また知りたいことがあるときに頼りになる「ヨムリエ」であり、その「ヨムリエ」のネットワークこそが『スーパー源氏』の強みだ。その強みを活かして始めたユニークなサービスが、「想い出のあの本に出会いたい」というコーナー。利用者はどうしても探して欲しい本と、その本への想いを書き込み、それを見た全国の古書店の店主が本を探してくれるというもの。子供の頃に大好きだったけど当時は買えなかった本、絶版になってしまった本、自分の祖父が昔書いた本など、誰にも宝物のような本がある。少ない情報のなかで見つけることは大変だが、見つかったときの喜びは何物にも代えがたいものだろう。今後は作家を紹介するコーナーや、店主が登場するコーナーなど、古書の読者を拡大するためのコンテクストをさらに増やしていく方針だ。

スーパー源氏 想い出のあの本に出会いたい
スーパー源氏 想い出のあの本に出会いたい

■地方に本を読む文化を浸透させる

「本屋は全国で1万5000店舗あり、発行部数が少ない本は地方の書店には本が行渡らない。また、地方の出版社が発行する面白い本も全国の書店に行き渡らない。その流通の制度不良と、出版社の東京一極集中が書籍文化を偏ったものにしています」と河野さんは語る。地方の書店に良書が入ってこないから、地方では本を読む文化が育ちにくい。文化に対するニーズがないから、地方に良書が入ってこない。そんな悪循環が地方の文化発展を阻害する要因になっているのではないだろうか。事実、『スーパー源氏』は日本全国誰でも利用できるにも関わらず、利用者の多くは三大都市圏の人だという。地方の利用者は大学教授やマスコミ関係の人が多く、一般人には本を読む文化が浸透していないと見ることができる。「東京で溢れている情報はうわべばかりで中身がない。本当に深みがあるのは地方都市。中央に依存する体質を変えていかないと、この状況は変わらないでしょう。大型古書店が乱立しても、古本屋には『待っていればいい』という受身の姿勢が根強くありますが、古本屋も自ら営業展開をしなければ生き残れない時代になってきています」。

『横浜生活 No.1』 『横浜生活 No.2』

■人と本の出会いを演出する 「ブックピックオーケストラ」

8月8日、横浜に会員制・予約制・入場料制のユニークな読書空間「エンカウンター」がオープンする。場所は、横浜北仲5丁目暫定利用プロジェクトによって馬車道駅前に誕生した文化芸術活動の新拠点「北仲BRICK&北仲WHITE」、その北仲WHITEの1階。運営するのは、「古本屋ウェブマガジン」の運営に加え、ショップやクラブイベント、美術展など様々な場所で「人と本とが出会う素敵な偶然」を生み出すべく実験を続けるユニット「ブックピックオーケストラ」だ。ブックルーム「エンカウンター」は、今年2月から3月にかけてBankART studio NYKにて開催された「よむ」アート作品展「Reading Room」に同ユニットが出展した現代美術作品「encounter.」を再現したもので、利用者は独特のルールに基づいた読書をする。

古本屋ウェブマガジン ブックピックオーケストラ 加速する横浜のクリエイティブ・コア 「北仲BRICK・北仲WHITE」始動

部屋にはセレクトされた多様なジャンルの本、約2500冊が中身が見えないようにクラフト袋に包まれて陳列されており、利用者はどんな本なのかわからないまま本を選ぶ。本との出会いに偶然性を入れることで、普段は手に取らないようなジャンルの本にも出会うことができるのだ。包みを開封して本を読み、次にその本を手に取る人へ向けたメッセージを紙に書く。そのとき、その本の中から印象的な文章を引用する。その紙を本に挟み、本は袋には入れずそのまま本棚の元の場所に戻すというもの。未知の本との偶然の出会いや、他人が書いたメッセージを読むことを通して一味違った「本との出会い」を楽しむことができる、新しい読書の提案だ。運営期間は1年間、会員制、予約制で時間単位の利用とし、同時に利用できる人数は最大5人程度とする方針だ。営業時間は平日は15時から22時まで、土日は13時から22時までだが、希望があれば午前中も対応していくという。料金は1時間500円、2時間800円、3時間1000円。会員登録料は現在のところ無料となっている。

ブックピック、北仲WHITEに会員制の新業態読書空間
北仲WHITE クラフト袋に包まれた本 古本屋ウェブマガジン ブックピックオーケストラ

■能動的に本と関われる仕組みをつくる

会員登録は現在はまだ100人ほどだが、会員には出版業界の方も多く、業界の注目度も高い。ブックピックオーケストラの店長を務める内沼晋太郎さんは、「エンカウンター」の狙いをこう語る。「今の世の中は情報過多になっていて、どの本を読むべきか選べない状況があると思います。そこで、包みでくるむことであえて情報を絞り、プレゼントを開けるようなワクワク感を演出しました。普段自分からは読まないような本もこうやって出会ってみると、その面白さに気づきやすいんです」。実際、利用者からは「嫌いな作家だと敬遠していたけど、読んでみると面白かった」「新しい出会いがあった」という反応が多く寄せられた。「本を読むことは能動的な行為で、実行に移すのは大変。でも、だからこそおもしろいものでもあります」と内沼さんは言う。好奇心を煽って本を読みたいと思わせたり、ルールで読まざるを得ない環境をつくることで、能動的に本と関わることができる。「エンカウンター」ではそんな新しい読書のあり方を提案している。

エンカウン亭日乗

この「本を包む」というアイデアは、昨年11月に渋谷のロゴスギャラリーで「新世紀書店」というイベントを開催したときにも実施したものだ。そこで内沼さんを含む数人のチームは『She Hates Books』という企画を実施、「本嫌いのための本屋」というコンセプトのもと、「どうしたら本を苦手だと思っている人に、本を楽しんでもらうことができるか」を考えて2つのコーナーを設置した。1つは、「Her Best Friends」と題し、本を袋に包み、そこにその本を勧める人の顔写真1枚と簡単なプロフィールを添えるというもの。人の顔写真のみを手がかりに本を選ぶため、思いがけない本と出会うことができるというものだ。もう1つは「Her Favorite Things」と題し、本に合う音楽CDを提案し、音楽という他のジャンルの表現を通して本を好きになってもらうというものだ。

新世紀書店―仮店舗営業中―
ブックピックオーケストラの店長を務める内沼晋太郎さん エンカウン亭日乗 新世紀書店―仮店舗営業中―

■本嫌いの若者に、いかに本を読ませるか

「本嫌いのための本屋」というコンセプトは、内沼さんの活動のテーマの一つにもなっている。「本が売れなくなってきているのは、ネットの影響もあるが、何より本を読む人の母数が減ってきているから。自分たちより上の世代はちゃんと本を読んでいる世代で、自分たちと同世代の人は『本を読まなきゃ』と思いながらもなかなか実行できない世代。そしてもうそろそろ、親が本を読んでいないために『本を読まなきゃ』とすら思わない世代が出はじめてきていると思います。ぼくはこの2番目の『読まなきゃ』と思っている世代というのが、問題でもあるし面白い部分でもあると思うんですね。『読まなきゃ』と思っているわけだから、ちょっとした仕掛けで読むようになるはずなんです。いわゆるセレクトショップ的といわれる本屋も、ある一定のイメージを借りることで本を中心としたその世界観に引き込む、という仕掛けを利用したものですね。そういった本屋もだいぶ増えてきましたから、次はそのもう一歩先で何ができるかを考えなければいけない段階にきていると思います。普段は本を売っていないようなところで売るとか、見た目が本屋ではないとか、本の機能を別のメディアと融合させるとか、読書が日常生活のリズムのなかに入り込むような仕組みをつくるとか・・・。どれも少しずつやられていることではありますが、とにかく様々なアプローチを試しながら、若い人が本を読もうと思うきっかけをどうしたらつくることができるのか考えていくことが重要なのではないでしょうか」。

また、内沼さんは現在の出版や流通、販売のあり方にも警鐘を鳴らしている。「よく言われることですが最近の出版業界は、映画化される小説など少数のメガヒットに支えられていて、じわじわと長く売れる良書をつくるのはどんどん難しくなってきているんですね。本を売るルートが昔からずっと変わっていないことも大きな問題です。たとえ編集者がどのような読者にどのような本を届けるのか深く考えていたとしても、読者が本に出会う書店でそのことが意識されないまま他の本と同じように一律に並べられてしまえば、編集者の想いは届かない。逆も然りです。書店側は『いい本がない』、出版側は『書店がちゃんと売ってくれない』と文句の言い合いになってしまうのも、仕方がないんですね。ぼくらがやっていることはまだまだ実験的で、そういった実際の現場にどの程度応用できることかはわかりませんが、少なくともそれを改善しようという努力を色々な人が様々なフェーズで行っていかないと、いずれ本そのものがマイナーになってしまう。それは間違いないですね」。内沼さんは、フリーランスとして企画、プロデュース、ウェブディレクション、文筆、編集と様々な角度から本に関わっている。「本とは何か」という根源的な部分から人と本の関係のあり方を模索する内沼さんの今後の活動から目が離せない。

内沼晋太郎 ぼくたちの本と本屋
「エンカウンター」店内の風景 壁には本が展示されている 「よむ」アート作品展「Reading Room」 現代美術作品「encounter.」

■本に旅をさせる世界的プロジェクト 「ブッククロッシング」

インターネットの登場により世界は大きく変わり、ブックカルチャーにもその影響が現れ始めている。読み終えた本をわざとカフェや駅のベンチに放置し、偶然手にした人にまた読んでもらうという「ブッククロッシング」と呼ばれる活動が、いま世界中で広がっている。これはアメリカで2001年に始まったもので、活動に賛同した人が所有する蔵書を提供し、現在190万冊以上の本が世界を旅しているという。本にはブッククロッシングの説明と、ID番号が書かれた紙が貼ってあり、専用のサイトで番号を入力すれば、その本がどのような経緯をたどって自分の元へたどりついたのか、また他の人はどのような感想を持ったのかを知ることができる。ブッククロッシングが広がっているのも、偶然性と読者のつながりという新たなコンテクストを本に付加することで、普段なら読まないような本でも能動的に読んでみようという気を起こさせる仕掛けが働いているからだと言えるだろう。

bookcrossing.com

ネットがない時代は、本とはあらゆる情報の入り口であり、世の中の事象に出会うためのコンテクストの塊だった。その情報の入り口の役割がネットに置き換わりつつあり、本や書店も変化を免れない時代になってきている。ネットという進化した情報コミュニケーション技術をコンテクストを生み出す一つの媒介として活用するなど、人と本をつなぐ新たなコンテクストや仕掛けを生み出していくことが、いま求められているのではないだろうか。

bookcrossing.com
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