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映画「新聞記者」を巡り、藤井監督・河村PD・俳優の古舘寛治さん・関根光才さんが対談 黄金町「NOddIN」展関連

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NPO法人「黄金町エリアマネジメントセンター」が「NOddIN 4th Exhibition」を開催した。「NOddIN」は東日本大震災とそれにまつわる福島原発事故きっかけに立ち上げられた、社会と表現を結びつける芸術集団。この関連イベントとして、2019年の優れた「社会映画」を上映し、映画製作者同士と市民との対話を試みる「ソシアル・シネマ・ソシアル・クラブ」(Social Cinema Social Club)が2月に開催された。
映画「新聞記者」上映後のシンポジウムでは、同作品の監督・藤井道人さん、プロデューサーの河村光庸さんと、「NOddIN」メンバーで「太陽の塔」監督の関根光才さん、映画「淵に立つ」 などで知られる俳優の古舘寛治さんの4人が登壇した。
(※会話中の丁寧語等は、文章化にあたり「である」調で統一しました。)


左から古舘さん、河村さん、藤井監督、関根さん


関根光才:「太陽の塔」監督。本イベント主宰。 1976年生。
藤井道人(藤井監督):「新聞記者」監督。1986年生。
河村光庸(河村PD):「新聞記者」映画プロデューサー。1949年生。
古舘寛治:俳優。1968年生。


映画「新聞記者より」©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

新聞記者の監督をオファーされ、まず断ったが、引き受けた


関根光才:藤井監督は、「新聞記者」の仕事を、河村プロデューサーからオファーされ、いったん断った後で引き受けた。どういう気持ちで説得されたか。

藤井監督:河村プロデューサーは憧れの人。オファーはうれしかったが、自信がなかった。
政治に興味がなく、新聞を読んだことがなかった。政治的な素材を引き受けると会社や家族に迷惑が掛かるとも考え、断った。河村さんから「若い人が撮ることに意義がある。民主主義国家の中で政治に興味がないと言い切るのはどうか」と説教じみずにいわれ、この人と心中しようかなと。


関根光才:河村さんは藤井監督にどんな期待を込めたか。

河村PD:若い監督で、上から目線でなくて同じ目線で見られる人、そうでないとエンターテインメントになりえない。実は、自分自身もこの映画を撮る手前で会社の代表を止めようかと思っていた。何かあった時は、会社に迷惑が掛からないようにしようと。公開規模については、単館上映で評価されてから広げるのではなく、最初から150館くらいの規模でやるというのは決めていた。そうでなければ意味がないと。

リアルに起きていることを、フィクションとして描いた「エンターテインメント」


関根光才:東京新聞の望月衣塑子記者の著書「新聞記者」(角川書店)という原案がありながらもフィクションにした。

河村PD:登場人物を実名にしないことでフィクションとして面白くできた。エンターテインメントとして、政治ドラマを展開することが出来たと自負している。


藤井監督:こんなに多くの人に見ていただけるとは思ってなかった。撮影の前後はいろいろと大変で、体調を崩したりしながらもやったかいがあった。「森友・加計問題」や、伊藤詩織さんへの事件については、20代の人はみんな知らなくて全てフィクションだと思っている人も多かった。

関根光才:「政治をフィクションにする」ことは、自分もやりたかったができなかったことで、映画を見て衝撃を受けた。俳優の古舘さん、映画の印象は?

古舘寛治:河村さんと初めて話した時「今度チャレンジングな映画を撮るんだよ、新聞記者っていうタイトルなんだよ!」と言われ、「新聞記者?そんなタイトルでヒットするのかな」と内心思った。話半分に聞いていたが、試写を見た時すごいと思った。日本映画でこんなのは初めて見た。今、リアルに起きていることを。フィクションとして描いて、それがエンターテインメントとして成立してしまっている。いろんな側面で突き抜けていると感動して、興奮して河村さんにハグしたい気分だった。

河村PD:古舘さんの熱量に押されて「映画に出てくれないか」とマネジャーに聞いたら「スケジュールがいっぱい」と断られた。

古舘寛治:えー!映画見ながらこの役、俺できるじゃんって思ってたのに、なんだオファーされてたのか。連続ドラマで1年半も拘束されていたんですよ…


河村PD:比較的リベラルな俳優と思っていたから、古舘さんからの作品への反応はすごくうれしかった。

アラブの春はSNSがきっかけと知って


関根光才:古舘さんが政治的発言をするように なったきっかけは?

古舘寛治: 2010年くらいから。中東でジャスミン革命(民主化運動)が起こったのはフェイスブックがきっかけということを知って、SNSってそんなことが起こるの?だったらやらなきゃと。始めたら国内の情報も入ってくる。瀬戸内海の原発で、行政から雇われた警備員と住人が戦っていることを知った。「こんなことがあるのに、なぜニュースで取り上げないんだ」とテレビ局に問い合わせた。「こっちはバランスとって報道してんだ」と回答されて「何がバランスだ」って思っていたら東日本大震災が起きた。必然的にそういう話をし始めた。

連続ドラマに出ていたから、注目を受けて、炎上したり、新聞取材がバズったりしたけれど、もともと話していた。

関根光才:発言により自分の仕事が危うくなるという危惧はあったか?

古舘寛治:あった。新聞も小さく載るかと思ったら、どーんと大きく出て、タイトルが「俳優、政治にもの申す」みたいになっちゃって(笑)。今も発言は気を使う。ツイッターは負の側面が多すぎるところもあり、最近はリツイートくらいしかしてない。

ドキュメンタリーに勝る真実としての「フィクション」


藤井監督:映画「新聞記者」の制作において好転したきっかけは、内閣情報調査室(内調)の若手「杉原」役の松坂桃李くん。彼がこの映画を背負ってくれるなら大丈夫だと信頼できた。彼のキャスティングは僕が入ってから決まった。僕が入ってからは、キャストは誰も辞退しなかった。


映画「新聞記者より」©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ


関根光才:それはある種の事件ですね。

藤井監督:ベテラン俳優の北村有起哉さん、高橋和也さんなどはワクワクして参加してくれた。田中哲司さんの眼鏡は自前、自分で内調の「多田参事官」の役を作ってきてくれて「監督、これどうかな、多田っぽくない?」って。

関根光才:田中哲司さん怖かったですね。東京新聞での撮影で上のライト消している演出とかは?

藤井監督:ドキュメンタリーに勝てる真実として、フィクションとしてやると決めたとき、画のコントラストを大事にしようと思った。どちらをむいているか距離感はどうか。内調が実際はあんなに暗くないということはもちろん分かっている。でも僕たちはそういう風に物事を描きたかった。先輩の「神崎」が死んだ後、どういう風に世界が変化するのか視覚的にしっかり描きたかった。

関根光才:森達也さんが監督し、望月衣塑子記者自身が出演するドキュメンタリー映画「i-新聞記者ドキュメント-」は同時にやるつもりだった?

河村PD:同時にやるつもりだった、ドキュメンタリーとフィクションを。

日本人の男女がでてくると恋愛的にみえてしまう


関根光才:僕も会ったことがあるが、主演女優のシム・ウンギョンさんはカメラ通すとすごく変わる。韓国人の彼女を「アメリカに住んでいた新聞記者」という望月さんから離した設定にしたのは?


映画「新聞記者より」©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ


藤井監督:勘。日本人の男女がでてくると恋愛的に見えてきちゃうのがあの2人だとそうならない。河村さんがシムさんでやりたいということはもちろんありつつ、彼女が演じることが、外から見た日本への視線の演出にもなる。なぜ日本人女優がやらないのかという声もあったが、なぜ新聞を読んだことのない自分が監督するのかと同じようなノイズだと思う。

河村PD:私自身もシム・ウンギョンのファンだったので。彼女の演技力・存在感を高く買っている。

「作ってはいけないという空気」は本当に感じた。でもその実態がない


関根光才:河村さんが森さんと対談しているとき、「私たちが闘っているのは、見えない空気、同調圧力、実態がない」と話していた。


河村PD:「映画を作るとき邪魔が入る」というようなものは、実は全くなかった。けれど「作ってはいけないという空気」は本当に感じた。でもその実態がない。

関根光才:自分が監督した映画「太陽の塔」を作った時も、自発的隷従、自分たちで自分たちを縛っていく社会を感じた。簡単にいうと「悪い王様がいます。その人たちが僕たちを虐げています」。実はそうじゃないんじゃないかとフランスの研究者ボエシが書いている。そうではなくて「自分たちが王様に仕えすぎている」。権力のある人にサービスすれば自分たちに得があると、自分たちで自らを奴隷化する、抜けられない呪縛を作っている。それは権力者ではなくて、自分たち自身の話じゃないかなって。

河村PD:自分の父は戦争経験者。青春時代は大正デモクラシー、1931(昭和5)年ごろは戦争なんてこれっぽっちも、誰も口にしなかった。戦争は日本とは全く関係ないと、平和を謳歌していた。太平洋戦争は構造的には、天皇が命令して軍隊がうごいて戦争と言われるが、逆で、下からの同調圧力で、戦争をやらないという空気があったのではないか。何とも言えない圧力を下の人が動かして大きな力になっていく、それが怖いとひしひしと感じる。


関根光才:メディアの責任を感じる。映画もメディアの一つ、ドキュメンタリーならさらに。ムードを醸成していくメディアの力の恐ろしさと同時に、逆にメディアだから乗り越えられることを模索していきたい。

古舘寛治:日本には記者クラブがあって村社会みたいになっていて、政治家とコネクションがあった方がいい情報がもらえるくらいのことは認識している。メディアが悪いっていうけど、ぼくら一人一人に勝手に忖度(そんたく)してしまうものが備わっている。それが日本の独特な今の問題とつながっていて。だから根深い。だからこそ「新聞記者」の試写で感動した。


関根光才:河村さんは発言を辞さない位置。

古舘寛治:ある意味河村さんも、映画「主戦場」の日系アメリカ人監督ミキ・デザキさんもたった一人。河村さんがいなかったらどうするのか?似た人間がもう少しいてほしい。

河村PD:さきほど言ったようにかなり覚悟はした。振りかざした手は挙げ続けていればいい。おびえはおくびにも出さず、出した途端に孤立する。こういう時代だから、振りかざし続けないと、自己防衛のためにも。孤立するけど、つながることもできる時代。

藤井監督:ぼくは河村さんの背中をずっと見てきているけど、この人は本当に拳を下ろさないなって。

関わった脚本家は7人


関根光才:脚本はどう書いた?

河村PD:実はこれに関わった脚本家は、途中で降りた人も含めて全部で7人。ものすごく難しかった。脚本の完成まで、とても苦労した。

藤井監督:すごくすてきな台本だった。「私たちこのままでいいんですか」とか「自分自身を疑え」とか、脚本の詩森ろばさんの持っている言葉がとても良かった。皆が詳しいところに僕が入って偏差値を落とすというか、柔らかくしていった感じ。「これ20代の子には伝わらないんじゃないか」って言ったりしながら。


藤井監督:自分で直接、望月さんを取材して、望月さんの意識としては正しいけど、それをそのまま映画にするのは嫌だなと思って。自分の知人を伝って官僚にも直接取材して、官僚の人の言うことが分かる面もあるし、官僚サイドからみた望月さんの像は全然違う。「自分たちは国民のためにこんなに頑張ってるのにこう言われるなんて」というようなことを話す官僚もいる。政権側の立場でありながら、元上司「神崎」の死に疑問を持った若手エリート官僚「杉原」役には、自分の感覚を投影できたと感じる。

関根光才:僕もあの人に自分を重ねた。自己投影ができるストーリーがあったのはこの映画がヒットした要因だったと思う。


藤井監督:クライマックスのせりふ「この国の民主主義は形だけでいいんだ」って、これを入れろと河村さんから言われた時、断った。直接的なせりふを入れたくなくて「何のためにここまで描いてきたのか」と。でもそれが、評論家や観客からすごくいいと評された。

河村PD:スタジオ出る時、藤井監督が追いかけてきて「やっぱり嫌だ」と言われるやり取りもあった。

関根光才:どうやってそのせりふを役者に言わせたのか?

藤井監督:「すいません、河村さんがこれを入れたいっていうんで、ちょっと試しに2パターンやってみませんか?」と頼んだ。そして試写で「これは違う」と言ってもらう予定だった。ところが試写で、拍手が起こった。これはまずいって、河村さんを追いかけた。

古舘寛治:僕ももし制作の内側にいたら、いやだって言うかも。でも試写を見たときは「さらにもう一つ言え」くらい思って見ていた。言いはばかられるけれど、意味的には「国民は何も考えてないんだから」くらい言ってほしいと思ったことを覚えている。でも監督の嫌がった気持ちも分かる。


関根光才:もし万一、古舘さんがその場にいたら議論が 終わらなかったかもしれないですね(笑)

会場Q&A


---ヒロインが帰国子女なのに猫背なのは?

藤井監督: 仕草などは女優のシムさんと一緒に新聞社に取材に行ったとき観察した。みんなほぼ猫背で、ポテトチップの箱をペン入れにしていたり、ネット時代なのに紙のスクラップもたくさんあったりした。手帳は小さい方がリアルとか、爪はどれくらいかなど、シムさんといっしょに作り上げた。

---実名は、本当は使いたかったけど使えなかった?

河村PD:事件の時期が2、3年前と非常に近い。そういう意味で実名が邪魔になってくる。藤井監督もそういうのが得意で、実名はいらないなって積極的にいれなかった。演壇のシーンには入れた。


---最初から100館以上を目指した、どうしてそうできたのか?

河村PD:私のプロデュース作品で、全て共通しているのは企画、制作、配給、宣伝を全て一環して私がやる。企画の段階から映画館にも話をする。映画館との信頼関係。それから役者との信頼関係がある。

---世代ごとのリアクションの違いは?

河村PD:映画を作る場合は必ずターゲットがある。メインターゲットとチャレンジターゲット。中高年はいい映画だったら必ず見てくれる。田舎でも。まず中高年をターゲットにして宣伝をする。時期を重ねると若い人も見に来るようになって、ペアで見に来る人もでて、理想的だった。読者が「大切な人に見てほしい映画」を推薦する東京新聞映画賞に選ばれて感動した。

藤井監督:ターゲットをシニアにしたのは正解、平日にたくさんの人が見にきてくれて。10代20代は浸透というよりはタッチ、映画を見終わってから「内調」っていうのを調べる人がいたりした。公開前はテレビで1回もプロモーションできなかったけど、ある地上波の番組では、興行成績トップ10に入った結果として、映画の情報がオンエアされた。通常はヒットさせるためにテレビに出るが、この映画は逆だった。


---獣医学部は生物兵器を開発するために作るという設定は、どれくらいの本当のことだと思っている?

河村PD:十分ありうる話。私が行っていた大学で、医学部が米軍から研究を依頼されて騒ぎになったことが、何十年か前にあった。例の大学は間違いなく荒唐無稽なことをやっていると思う。

藤井監督:僕はフィクションだと思って撮っていた。

---藤井監督の作品は「自分事」に考えられる作品が多い。どうすれば自分事に感じられる作品が撮れるのか?

藤井監督:漫画原作でもなんでもいいが、登場人物の目線に自分がいることを大事にしている。神の目線だけで撮っているとずれてしまう。あれ誰の話だっけって。観客の目線と近い「杉原」と同じ目線で作りたかった。ほかの作品でも「どこに自分のまなざしがあってストーリーを届けられるか」を大事にしている。あとは「なぜ今これをやるのか」を。

紀あさ + ヨコハマ経済新聞編集部

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