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「大佛次郎記念館」が没後40年記念事業
多様なコラボレーションで横浜ゆかりの作家の魅力を伝える

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■「大佛次郎」を表す設計「大佛次郎記念館」

 大佛次郎記念館(横浜市中区山手町133)は、横浜を代表する観光地の一つ「港の見える丘公園」内に建っている。館長の沼尾実さんと副館長の福富潤子さんが出迎えてくれた。

 同館は、1973年に大佛次郎が亡くなり、遺族が横浜市に遺品を寄贈したことから設立が進められ、亡くなった5年後の1978年に完成した。資料数はおよそ7万点。「霧笛」「パリ燃ゆ」「天皇の世紀」「鞍馬天狗」などの著書・蔵書はもちろん、大佛愛用の家財道具なども展示されている。

 建物自体、大佛次郎自身を表すように作られている。たとえば、外壁の赤レンガ・室内の青いガラス・白い柱というように、基調となる色合いがフランス国旗であるトリコロールカラーになっていて、フランスにゆかりの深い大佛を表している。

 壁紙やインテリアの多くには草花の模様があしらわれている。ナショナルトラスト運動に取り組んだ大佛次郎が草花を愛したことから、こうしたデザインになっているという。ランプの上や展示物のそばなどに、愛猫家としても知られる大佛次郎が生涯愛した猫の置物がさりげなく配置され、それらを探して回る楽しみ方もある。

 アンティーク調のいすに座って窓の外を眺めると、港の見える丘公園の緑が目に入ってくる。都会の喧騒を忘れ、静かな時間を過ごすことができ、「この建物に来ると落ち着いていてほっとする」という来館者の声も多い。 

 「大佛次郎の作品を知ってもらいたいのはもちろんですが、ここでゆったりとした豊かな時間を過ごしてほしい」と話してくれたのは館長の沼尾さん。沼尾さんお気に入りの大佛次郎作品は、戦後すぐに書かれた童話作品「スイッチョねこ」だそうだ。

 横浜で生まれ、横浜を愛した大佛次郎は、関東大震災や第2次世界大戦など、荒れ狂う時代を乗り越えて、数多くの作品を執筆してきた作家である。もちろんその中には、横浜をテーマにした作品もある。「そのメッセージは、夢や希望、生きる力を与えてくれる。混乱を乗り越えてきた大佛次郎を、不透明な今という時代だからこそ広く紹介し、若い人たちにも知ってもらいたい」と、沼尾さんは語ってくれた。

大佛次郎(1897-1973)

横浜生まれの作家・小説家。代表作「鞍馬天狗」シリーズは映画やテレビドラマにもなり、一大ブームを引き起こす。そのほか代表作は「赤穂浪士」「帰郷」「パリ燃ゆ」「天皇の世紀」など。現代小説や歴史小説、ノンフィクション、童話など、幅広いジャンルで執筆。横浜を最も多く描いた作家のひとりでもあり、「霧笛」「幻燈」は開化期の横浜を愛惜をこめて描いた名作として、今も多くの人々を魅了し続けている。古都鎌倉を愛し、1960年代の宅地開発ブームの際、鎌倉の景観と自然を守る運動を展開。日本のナショナルトラスト運動のさきがけとなった。「猫は一生の伴侶」と語るほどの愛猫家で、いつも十数匹の猫に囲まれて生活していたという。1964年文化勲章授章。

大佛次郎記念館

■文学作品の没後40年とは~大佛次郎を過去にしてはならない

 大佛次郎の没後40年企画は同館が抱える危機意識からスタートしたという。昨年4月にスタートした「大佛次郎没後40年記念事業」の仕掛け人である副館長の福富さんにお聞きした。

-没後40年の企画展は、どういう経緯で開催することになったのですか?

 「『没後40年にメモリアルなことをやろう』と方向性を打ち出したのが2010年です。背景にあったのが、まず一つは『大佛次郎を過去の作家にしてはならない』という思い。だんだん昭和の時代が過去のものになり、大佛次郎も『昔そういう人がいたね』という感じになりつつあります。作者が亡くなってもその作品は生き続けています。だから、もう一度大佛次郎作品を読み直すきっかけを作りたかった。『だいぶつさんてどんな人ですか』とたずねる大人のお客さんもでてきた。これは1960年代には考えられないことです」。

-ほかにはどのような理由がありますか?

 「没後40年は『半端ではないか』という意見もあります。50年とか100年なら『きりがいい』と。けれど、『40年』には意味がある。大佛次郎という作家を、リアルタイムで知っている世代がまだ残っています。没後50年では、かなり減ってしまいます。リアルタイムに大佛の活躍を知っている世代がまだ残っている時期に、こういう記念事業をやることで、改めて見直してもらい、そして、その方々から次の世代に伝えていってほしい。『大佛ファンの継承』が没後40年の今なら、まだ間に合うのではないかと思い、あえて打ち出しました」。

■震災・戦争・高度成長・・・めまぐるしい時代に生み出された「前向きな明るさ」

ー40年たった今だから伝えられる魅力とは?


神奈川近代文学館 大佛次郎没後40年記念 特設コーナー

 「よく作家は『没後30年経たないと真の評価は定まらない』と言われています。40年経って時代が変わったときに、その時代から見たらまた新たな価値も見えてくるのではないかという思いがありました。記念企画の調整中に東日本大震災が起こりました。大佛次郎は、関東大震災がきっかけでプロの作家になり、その後、戦争も経験しました。戦後は高度経済成長でめまぐるしく世の中が変わりました。大きな価値観の転換期で、今と状況は似ています。激しい時代の変化を、大佛は常に冷静な目で観察し、作品を紡ぎ出しました。大変な激動を経ても、常に前向きな明るさがうかがえます。

 同じ作品でも状況や読んだ時期によって印象は変わります。年をとり、再度読み返すと『昔はこう読んだな』と思い出したり、違う文章に感動したり、色々な読み方ができます。文学が生きる力につながっているということを、私たちは信じているし、そうした力を持つ文学と人をつなげることが私たち文学館の使命だという思いがあります」。

■お金も増えない、人もいない、だったら、「周りに助けてもらう」

ー今回の企画は、5年ぶりの特別展なのですね。

 「かつては『特別展』という大規模な事業を1年に1回やっていたが、事業見直しで2008年を最後にできなくなっていました。展示がなくなると、来館者も減り、さらにお金が入らなくなります。負のスパイラルに入り、このままでは『館の存在意義が問われる』という危機感もありました」。

ーなぜ、事業を分散し、館外施設と連携するスタイルにしたのですか?

 「横浜の観光地も、みなとみらいができて人の流れが変わりました。以前は、山下公園に行き、港に見える丘公園に上がって港を眺めてから、中華街で食事していた観光客が、今はみなとみらいから横浜赤レンガ倉庫を回って、中華街に行って帰ってしまう。足を延ばしても、元町でショッピングくらいで、山(港の見える丘公園方面)には上がってきません。だから、『待ってるだけじゃ知ってもらえない』とこちらから外に出ることにしました。

 1つの館だけでできることは限られています。お金も人も増えないという状況は変わりません。そうなったら『周りに助けてもらうしかない』と考えました。大佛次郎は、幸いなことに横浜・鎌倉にゆかりが深く、関連施設も多い。わたしたち横浜市芸術文化振興財団だけでも、多様な施設を管理しています。そうした各施設に合わせて企画を作っていくと、面白いと思いました。文学は、ほかの芸術との親和性が高く、いろいろと連携できます。とにかくお願いしてみようと動き始めました」。

ーどのくらい前から呼びかけを?

 「2012年度から本格的に声をかけ始めました。2013年度事業を『これから決める』という時期に、各館にお願い行脚に回りました。映画の企画をしている施設には映画関連で呼びかけたり、磯子の施設には磯子の記述のある大佛の文章をまとめて紹介したり、赤レンガなら『若者向けに』など、各施設の特徴を踏まえて具体的に企画を持ちかけていきました。その結果、記念館主催事業が6本と、連携事業が22というところまでになりました」。

ーこれだけあると、市を挙げて大佛次郎記念事業をやっているように見えますね。

 「現場発でやっていることが特徴です。文学館同士というのももちろんありますが、たとえば、文学館と性質が近い図書館は、実は直接的なつながりがありませんでした。ただ、とにかく会ってもらえば、現場同士ならつながれるのではないかと思いました。こちらも、広報協力くらいしかできず、運営費を出せるわけではないので不安もありました。ただ、実際話をしてみると、たくさんの施設の協力を得ることができました」。

大佛次郎没後40年記念事業

■他の施設とのコラボ企画を全部で28プログラム

 3年前に構想し、2年前からさまざまな施設に「お願い行脚」をして回ったところ、例年だと同館内で6プログラム程度の展覧会が、記念の年の2013年度はそのおよそ5倍の規模になる28プログラムを開催することになった。中には、名古屋からも連携展の話が来た。

 アメリカ製のパイプオルガンを有するコンサートホール「横浜みなとみらいホール」(西区みなとみらい2)では、大佛の代表作「鞍馬天狗・恐怖時代」を2013年10月12日に上映。米国のオルガニスト、ピーター・クラシンスキーさんがその場で映像にオルガン演奏を合わせた。

 「大佛作品との共演はとても興奮する体験だ。私自身が、大佛次郎が言いたかったことを物語っているような気持になる。ずっと前に亡くなった作家だが、身近に感じることができる」とクラシンスキーさんは語る。

 同氏は、2012年の来日時に記念館を訪れるなど、入念に大佛次郎について研究。公演の1年前から鞍馬天狗の映像を本国に持ち帰り、映画の流れを暗記したという。息詰まるシーンの間やコミカルなしぐさ、登場人物の心情などをオルガンで見事に表した。

 クラシンスキーさんによると、「鞍馬天狗」はトリッキーですごく速く展開する映像だという。多くの登場人物がスクリーンに出てくるので、オルガンで表現していても飽きない。さらに「鞍馬天狗は、日本が開国・開港で揺れた時代の映画。2つの価値観が争っている、ある種深刻な状況の時代を、よりエンターテイメント性の高い方法で描いている。アメリカの『怪傑ゾロ』のようだ」と、評した。同氏の演奏は500人の観客を集め、訪れたクラシックファンと大佛作品とを結び付けた。公演後には、さまざまな世代の観客が同氏に握手を求める列を作ったという。

 また、吉野町市民プラザ(南区吉野町5)では、コンテンポラリーダンスとのコラボレーションが実現した。振付・演出は、振付家でダンサーの遠田誠さん。ダンサーの入手杏奈さんが主演を務めた。演出の遠田さんは、「大佛次郎の作品は大変多く、すべてを読み解くのは、同時代ではない自分たちには難しい」としながらも、現代に生きる自分自身、そして20代のダンサーが読み解くとどう感じるのかを素直に表すことにしたという。


撮影:塚田洋一

 2013年10月6日、会場には、120人の客が訪れ、そのほとんどが20代。舞台では、大佛次郎を思わせるスーツ姿の入手さんと、大佛次郎が大好きだった猫をモチーフにした若手ダンサーたちが現れ、時折、舞台上で実際に大佛作品「スイッチョ猫」の一説を朗読し、その音の響きに合わせ身体を動かすなどし、大佛の言葉と現代ダンスがコラボレーションした作品となった。

 吉野町市民プラザ副館長の尾形尚子さんは「当館のいつもの利用者層に比べ、若い世代の来場者が多く驚いた。大佛次郎の作品が、若いダンサーたちと出会い、こうして新しい芸術が生み出され、それが若者に受けるとは、想像以上だった」と話している。


横浜美術館コレクション展2013年度第2期展示風景
撮影:田中雄一郎

 ほかにも、横浜美術館では、2013年7月6日から9月16日まで、コレクション展第2期の中で、大佛次郎が好んで収集したフランス人画家ポール・ルヌアールの版画作品40点を一挙展示。この版画コレクションは大佛次郎が収集し、記念館が所蔵するものだが、展示場所の問題があり、なかなか一堂に展示することが難しかった所蔵品だった。横浜美術館が「収集のよろこびー美術館に見る個人コレクション」をテーマに行う企画と連携することで展示がかなえられた。

 記念館から連携イベントの提案を受けたホテルニューグランド(横浜市中区山下町10)では、2013年3月、大佛次郎が執筆のために利用した318号室に「天狗の間」というプレートを取り付け、夏に宿泊プランもスタート。

 大佛が同ホテルについて書いた小説の一部を飾った部屋に優待価格で泊まれるほか、ホテル内バーでゆかりのメニューが味わえる特典も付いている(平日1人1万5,000円、2人部屋)。同ホテルは、大佛次郎ゆかりのホテルとして作品にも度々登場していたが、これまで同ホテルには宿泊プランはなかった。

 横浜市中央図書館(横浜市西区老松町1)では2013年6月から7月にかけて、展示コーナーで大佛次郎を特集。図書館が所蔵する生原稿や、普段は閉架書庫にある全集や初版本などを展示した。貴重な本だが、展示中は閲覧可能としたところ、来館者の積極的な利用があり、アンケートからは「昔からのファン」「初めて知った」「子どもにもわかりやすい」などの声が寄せられたという。

横浜で映画「鞍馬天狗」×パイプオルガンコンサート-活動弁士つき(ヨコハマ経済新聞)

吉野町で大佛次郎がテーマのコンテンポラリーダンス公演「佛 Saragi」(ヨコハマ経済新聞)

横浜シティガイド協会が「創立20周年記念ガイドツアー」(ヨコハマ経済新聞)

横浜美術館コレクション展

横浜を愛した昭和の文豪「大佛次郎 天狗の間 今昔散歩」(ホテルニューグランド)

■思いもかけない「寄贈・寄付の動き」

ーメディアでの露出が増えてうれしいことが起こったとか?

 「大佛次郎が手がけ編集した雑誌『苦楽』の挿絵をまとまって持っていらっしゃった方が、数十点を記念館に贈ってくださったんです。貴重な資料は、所有者が亡くなったときに古書店が入って分散してしまうことが多いので、記念館に寄贈いただいたことはありがたいことでした。それ以外に寄付もありました。もともとの狙いは大佛次郎の存在を思い出してもらうことで、読者や記念館来館者を増やすことにありましたが、メディアへの露出も多く、今はかなり手ごたえを感じています」。

ーこの40年の特別企画の最終的な目的は?


神奈川近代文学館 大佛次郎没後40年記念 特設コーナー

 「ファンを増やすこと。そのためのきっかけ作りを目的にしています。図書館に行って作品を借りて読むとか、親の本棚にあった大佛次郎の本などを開くきっかけにしてほしい。記念館来館者数も増え、図書館での貸出も伸びた。それが客観的な数字で出ています。

 読書はとても個人的な行動で、実際に本を読む人が増えたかどうかまでは、検証のしようがありません。ただ、来館者の反応には今まで以上に手応えを感じています。例えば、ほかの施設の企画展示に行ってきたお客さんが来館するケースが多い。『次はどこでやるの』『どうせなら全部見よう』という人もいました」。

ー記念事業で入館者が増えたところで、2014年度以降の見通しは?

 「文学館には、展示を見る・知る・読むという機能があり、文学との距離を縮めてもらう役割があります。館だけでは、『読む』という部分が不十分ですが、どこかで読むという行為につながってほしい。長期戦略で若い世代に伝える事業としては、横浜市やNPO法人ハナラボと協力して、女子大生のアイディアで記念館を盛り上げる『ヨコハマ ハコ入りムスメ プロジェクト』もあります。いろんなことをやっていればそのうちに気づく人が出てくるでしょう。1人が共感したら、その人は周りに伝えるでしょうから」。

女子大生による大佛次郎記念館の活性化プロジェクトが成果発表-ワークショップも(ヨコハマ経済新聞)

■後半の大きなみどころ 文学館との連携事業

 没後40年記念事業も終了に近づいている。後半の見どころは県立神奈川近代文学館(中区山手町110)との連携事業だ。同じ港の見える丘公園内にあり、隣接している文学館では、大佛次郎も地域ゆかりの作家として研究の対象ではあるものの、大佛次郎記念館が隣り合っていることから、これまで大佛次郎単独で特集をする展示はしてこなかったという。

 大佛次郎記念館が「鞍馬天狗」展(約120点)、神奈川近代文学館が戦後作品に焦点を当てる展示内容(約100点)。両館見ると大佛次郎の全体像が見えるというわけだ。どちらの館を先に見ても2館目が割引になる相互割引チケットも用意した。

 1月25・26日には、近代文学館ホールで文芸映画を見る会も開催され、「鞍馬天狗 黄金地獄」を上映する。さらに近代文学館の「友の会」が、2館両方を鑑賞する勉強会を積極的に開催しており、ここへきて今までなかった交流が生まれる兆しもある。

神奈川近代文学館

 予算がない、人もいない、人が来ない・・・。窮地をチャンスに変えてコラボレーションで実施された「大佛次郎没後40年記念事業」。独自の思想を奥底に込めながらヒット作を連発し、混乱の時代にも読者に夢と希望を与えてくれた作家・大佛次郎。その業績を多角的な視点で解釈し、新しいつながりを作っていく記念事業は、40年の時間を超えて横浜に住む私たちに再び、大佛次郎の功績を教えてくれる。

大佛次郎没後40年記念 特設コーナー 大佛次郎の戦後
会期:2013年11月30日(土)-2014年1月26日(日) ※月曜休館
会場:県立神奈川近代文学館
料金:一般250円 / 20歳未満・学生150円 / 65歳以上・高校生100円 中学生以下無料
http://www.kanabun.or.jp/osaragi2013.html

文芸映画を観る会 大佛次郎没後40年記念
上映作品=「鞍馬天狗 黄金地獄」 (1942年・大映京都、1953年改修版/モノクロ・スタンダード/91分/16mm/原作:大佛次郎 脚色・監督:伊藤大輔)
開催日:2014年1月25日(土)、26日(日)
上映開始時間:13:30(13:00開場)
会場:神奈川近代文学館 展示館2階ホール(定員220名)
入場料:各日800円、前売700円(入場No.付整理券・自由席)
http://www.kanabun.or.jp/0b00.html

テーマ展示 「鞍馬天狗」誕生90年
会期:2013年11月20日(水)-2014年3月16日(日)
開館時間:10:00-17:00 ※最終入館は16:30
会場:大佛次郎記念館
観覧料:大人200円 / 小・中学生100円 / ※毎月第2・第4土曜日は高校生以下無料
http://osaragi.yafjp.org/

文化講演会 大佛次郎と横浜、その時代
日時:2014年3月8日(土)14時(13時30分開場)
会場:横浜市開港記念会館 講堂
料金:500円(全席自由/大佛次郎記念館無料観覧特典付)
http://osaragi.yafjp.org/aniv40/564/

船本由佳+ヨコハマ経済新聞編集部

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