特集

ヨコハマトリエンナーレ2011・逢坂総合ディレクターに聞く
今回のヨコトリが挑む、新たなステージとは?

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■展覧会のタイトルに込められた問いかけ

―今回の「OUR MAGIC HOUR ―世界はどこまで知ることができるか? ―」という展覧会タイトルは、総合ディレクターの逢坂さんが名づけられたのですか。

 いえ、 アーティスティック・ディレクターの三木あき子さんです。当初、展覧会のタイトルについて三木さんと意見交換をしていた時に、三木さんから「コンピュータ社会になって、クリック一つで、世界を知ることができるほど大量の情報が得られるようになった。そういう意味では『世界が身近になった』と言えるけど、世界が本来はらんでいるはずの奥深さや複雑さというものにあえて着目したい」という問題提起がありました。これは、今のようなオンとオフのデジタル時代において、有意義な問いかけだと思いました。

 それで、現代社会においてなお、科学や理性では説明できない世界の不思議に注目することになりました。その際、参加作家の一人であるウーゴ・ロンディノーネの「OUR MAGIC HOUR」という作品名が展覧会タイトルにもふさわしい、ということになったのです。さらに「奥深く多様な価値観に満ちた世界は、どこまで知ることができるか?」という、いわば展覧会における問いかけを、サブタイトルとして付けました。

―「OUR MAGIC HOUR」とありますが、いわゆるマジック的、魔術的な作品を集めたわけではなくて、ウーゴ・ロンディノーネの作品名が展覧会のコンセプトに近かったから展覧会のタイトルにも使用されたということですね。

 すぐに理論で解決したり、把握できないものに焦点をあてたいということはあったのですが、だからといって神秘主義的な展覧会にすることは避けたかったんです。ウーゴはとても詩的な才能のある人で、ニューヨークにあるニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アートの壁面にも彼の文字の作品がありますが、「OUR MAGIC HOUR」は虹色で書かれたネオンサインの作品です。虹というのはとても奇麗ですが、あっという間に消えてしまいますよね。でもこの作品の虹はすぐに消えることなく、夜になっても見えます。この作品の不思議なコンセプトが、今回の展覧会でも重要だと思いました。

―プリミィティブ・アートやフォーク・アートを多く紹介した「大地の魔術師たち」展(ポンピドゥーセンター・1989年)のような視点とは、明らかに違うということですね。

 そうです。私たち現代人は全てを掌握できるかのように思いがちですが、21世紀になっても実は分からないことのほうが多いのではないでしょうか。それは自然に対する畏敬の念も含め、今回のトリエンナーレが私たちを取り囲んでいる世界や人間について、新たに捉え直すきっかけになればと思っています。

―入手可能な情報や事実だけではなくて、その背後にある見逃しがちな、言ってみれば、未知の世界に思いをはせようということですね。

 未知の世界や背後を読みとく、というのはアートの存在そのものの基本的な考え方だと思いますが、グローバリズムが拡大し、デジタル社会が進展して、ものごとが単純化されていくようにみえる流れのなかで、こうしたまなざしが軽視されがちだと思っています。

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■美術館を主会場にした展覧会の構成

―過去3回の横浜でのトリエンナーレは、美術館は直接的には関係しませんでした。作品もトリエンナーレのためだけに集められたものが多かったように思います。今回は美術館が主会場になることもあり、現代美術に限らず、美術館収蔵の古い作品も展示されるそうですが、それはどういう意図からですか。

 美術館が会場であるからこそできる展示にしようと思いました。美術館は空調管理が24時間ありますから、古い作品を展示できますよね。

―なるほど。前回までのようなテンポラリーな会場では、展示できませんよね。

 そうなんです。あとは古い作品も展示し間口を広げることで、現代美術に馴染みのない方にも来て頂きたいという思いもあります。そして最終的には、過去から現代を見つめたり、その逆があったり、古今の作品が生み出す「MAGIC HOUR =魔法の時間」を通して、私たちが生きている現在を実感し、見直すことができるような、奥深い目線が生まれたらと思っています。

―横浜美術館の収蔵品で、展示される作品を教えて頂けますか。

 例えば、収蔵品のなかでも人気のあるルネ・マグリットや、イサム・ノグチの彫刻、シュールレアリスムの作品、あとは歌川国芳の木版画もあります。それと2008年展では、日本人の作家の作品が少なかったのですが、今回は多くあります。

―国際展ということも大切ですけど、やはり日本人作家の作品を見てもらいたいですものね。全体のどのくらいの割合ですか。

 4割くらいです。

―それは見応えがありますね。展覧会の会場は、横浜美術館と日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)、その他に新港ピアと黄金町エリアがあるんですね。

 新港ピアと黄金町エリアはトリエンナーレ主催会場というわけではなく、トリエンナーレの会期にあわせて、NPOが独自に企画した展覧会と特別連携しています。今回のトリエンナーレは、横浜市が推進する創造都市構想によって育まれたNPOや大学、文化施設などとの連携が大きな特徴でもあります。

―逢坂さんや三木さんがディレクションしているわけではないけど、ジョイント企画として黄金町エリアや新港ピアでのプログラムがあるということですね。

 そうです。今回、初めてヨコハマトリエンナーレ2011、BankART Life ?、黄金町バザール2011の特別連携セット券をつくりました。また、会場間の移動には無料のバスも運行します。

横浜美術館

BankART1929

黄金町バザール2011 (黄金町エリアマネジメントセンター)

■ヨコトリ2011は、ゼロからのスタート

Christian MARCLAY《The Clock》2010 ©The artist, Courtesy White Cube―もともと横浜トリエンナーレを立ち上げたのは国際交流基金です。21世紀になって、欧米を中心に展開される現代美術の祭典を、経済大国の日本でも開催すべきだということで、国際交流基金のカウンターパートに横浜市が選ばれて、第3回目まで開催してきました。しかし今回から、行政刷新により国際交流基金が主催から抜け、これまでとは異なる運営体制になりました。何か変化はありましたか。

 今までは国際交流基金が展覧会の中身というソフトを提供し、横浜市は会場というハードを提供する、そういう役割分担があったのですが、国際交流基金が主催から抜けることで、企画の主軸も横浜市に移りました。このことは主催者としてゼロからのスタートとも言える大きな変化でしたし、今後横浜トリエンナーレをどのように継続していくのかを検証するための、最初の試みになると思っています。

―横浜市が本格的に主催者になるということで、「トリエンナーレを横浜で開催する」ことの意味がより問われると思いますが。

 2009年に横浜美術館に館長として着任する前、私は茨城県の水戸芸術館にいました。水戸は歴史があるまちです。それに比べると横浜の歴史は新しく、約150年です。ただ、横浜の場合、日本の近代化と歴史を共にしてきたとも言えますよね。横浜港を通して、新しい思想・文化が流入し、多様な人が出会い、近代化が進められてきたわけです。異文化交流の地という横浜の歴史的な側面から見ても、このまちが現代美術という最先端の表現を紹介していくという役割を担うことは、とても適しているのではないでしょうか。

―伝統を守っていくというよりも、新しいもの・変化を受け入れながら、発信していくということですね。

 そうです。主催の主軸が横浜市に移りましたが、そのことで横浜というローカリティにこだわるような「内側」に向かうのではなく、横浜から世界に向けてアートをどれだけ発信することができるかがポイントだと思います。

■多くの人に見てもらうためのさまざまな試み

―美術館、ましてや現代美術展に足を運ぶ市民の方は、私たちアート関係者が思っている以上に少ないと思うのですが、そういう方たちにもトリエンナーレに来てもらうために、なにか仕掛けのようなものはあるのでしょうか。

 現代美術イコール難しい、というイメージを払拭するために、感覚で反応できるような作品を意識的に展示しています。例えば、展覧会のポスターにもなっているウーゴ・ロンディノーネの「moonrise. east. March」というマスクのような彫像は、月(=マンスリー)を表す12体のうちの1体なのですが、2メートル程もあって、とても重量感があるのに軽快感を感じる作品です。会期中、この12体の彫刻を美術館の正面玄関の前に置き、いつもとは違う不思議なお出迎えをしますので、皆さまが美術館に入ってみようかなと思ってくだされば嬉しいです。

―とてもプリミティブな感じのする彫像ですね。

 そうですよね。古代のアニミズム的なものを感じるのですが、一方でアニメーションのデフォルメされた表情にも似ています。古代と現代を結ぶような眼差しが、今回の展覧会のコンセプトとも近いように思います。それからキッズ・アート・ガイドといって、小学校高学年の児童と中学生を公募しまして、子供たちが大人をガイドするという試みも考えています。

―それは事前に、子どもたちをトレーニングしているのですか。

 今もトレーニング中です。専門的な話を聞きたい方のためには、アーティスティック・ディレクタートークなどの場も用意しているのですが、気軽にいらした方の中には、キュレーターには質問しづらいということもあるかと思いましたので、キッズ・アート・ガイドを考えました。それから音声ガイドの貸し出しもあります。

―それは画期的です。普通、現代美術の展覧会ではあまりしませんよね。現代美術のファンは、説明を嫌う人も多いですから。

 そうなんです。でも今回は、現代美術にあまり馴染みない方にも来て頂きたいので。

―前回のあいちトリエンナーレでは、ビジュアルアートだけではなく、パフォーミングアーツとの連携もあって、一般の方も多く来ていたように思います。今回のヨコハマトリエンナーレ2011でも異ジャンルとの連携はあるのでしょうか。

 神奈川芸術劇場、横浜市民ギャラリー、横浜ベイクォーターなどと連携のプログラムを展開したり、横浜美術館のレクチャーホールで映画を上映したり、いわゆる美術だけではなく、映画・パフォーミングアーツ・ファッションなど、他ジャンルとの連携は意識しています。

KAAT 神奈川芸術劇場

横浜市民ギャラリー

横浜ベイクォーター

■震災を経て、トリエンナーレを開催することの意義

Carsten NICOLAI 《autoR》2010 Photo: René Zieger Courtesy Galerie EIGEN + ART, Leipzig/Berlin and The Pace Gallery―東日本大震災が発生し、この夏の多くの催しが自粛されたなかで、トリエンナーレをあえて開催すると決定するには、どのような経緯があったのでしょうか。

 横浜トリエンナーレ組織委員会会長の林文子・横浜市長が、震災直後の自粛ムードが漂うなか「こういう時期だからこそ意義のあることをしましょう」と、4月初旬に開催を決定しました。私自身も総合ディレクターとして、開催すべきだと思っていましたので、市長の英断はありがたかったです。被災地の悲惨な状況を映像などで知るにつけ、ライフラインの確保が先決だと思いましたが、だからといって日本全体が自粛してしまうのではなく、日常をきちんと積み重ねることで、被災地を応援することができると思いました。

―最近では被災地でも自分の着たい衣服とかアクセサリーなど、自分を表現したいというささやかなニーズも増えてきているそうですから、芸術を必要とする人が増えてくると思います。

 苦しい状況から立ち上がろうとする時に、食べて寝ることができればよいということではなくなってきます。そういう時に、芸術が持つ力は必要になってくるのではないでしょうか。それに、芸術には想像力を鍛えるという機能があります。想像力をもつということは、現在のような様々な問題が山積する世の中において、とても重要なことだと思います。想像力とそれを形にする実行力があれば、状況は変わっていきます。

―今回のトリエンナーレが開催されるまでの3年間は、国際交流基金が主催から抜けたり、東日本大震災が発生したり、予期せぬ大きな出来事が相次ぎ、横浜トリエンナーレの継続が直前まで危ぶまれました。そのような苦境にもかかわらず、これだけの短期間で準備をされ、大変なご苦労がおありだったかと思いますが、非常に見応えのある展覧会になりそうですね。多くの人たちがこの時間・空間を共有し、「OUR MAGIC HOUR」について思いを巡らせる機会になることを期待をしております。ありがとうございました。

ヨコハマトリエンナーレ2011

逢坂恵理子
東京都生まれ。学習院大学文学部哲学科卒業 専攻芸術学 国際交流基金、ICA名古屋を経て、1994年より水戸芸術館現代美術センター主任学芸員,1997年より2006年まで同センター芸術監督をつとめる。1999年、第3回アジア・パシフィック・トリエンナーレで日本部門コーキュレーター、2001年、第49回ヴェニス・ビエンナーレで日本館コミッショナーをつとめるなど、多くの現代美術国際展をてがける。2007年より2009年1月まで森美術館 アーティスティック・ディレクター。2009年4月より横浜美術館館長に就任。

林容子
一般社団法人Arts Alive代表理事。コロンビア大学 アーツアドミニストレーション学修士取得。ニューヨークのアートコンサルティング会社やMOMAのアートアドバイザリーサービス部で企業コレクションの収集、制作企画及び企画展実施に関わる。帰国後、キューレーター、コーディネーター、またアートマネージメントアドバイザーとして多数の芸術文化関係の展覧会企画運営に関わる。また、1999年より若いアーティストや美大生とともに病院や老人介護施設でのアートプロジェクト(Arts Alive)を企画、実施。尚美学園大学・大学院芸術情報研究科准教授。川崎市民ミュージアム運営評価委員、川崎市文化芸術振興委員他を歴任。

一般社団法人Arts Alive

大谷薫子 + ヨコハマ経済新聞編集部

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