特集

アート&ジャズで街の変化を加速する。
モンマルトルを目指す吉田町の挑戦

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■自立を余儀なくされた「ヨコハマ吉田町通りアート&ジャズフェスティバル」

吉田町通りは、伊勢佐木モールの入り口と野毛をつなぐ約250メートルの道。画廊や古美術商、バー、ジャズ喫茶、老舗の料理店が軒を連ねる、大人の雰囲気を持つ街だ。最近は若いオーナーが経営するおしゃれなカフェや雑貨店が少しずつ増えており、古き良き横浜の面影を残しながら若い人たちの流入によって活性化が図られている面白いスポットだ。

そんな吉田町が今、一つの転換期を迎えている。吉田町の祭りといえば、年2回の野毛大道芸に合わせて開催している「ヨコハマ吉田町通りアート&ジャズフェスティバル」。吉田町通りの路上でストリートアートのフリーマーケットとストリートジャズを2日間にわたり繰り広げるというイベントだ。アーティストは風景画、似顔絵、グラフィックデザイン、レリーフ、版画、クラフト、パフォーマンスなど52ブースが出店する。ストリートジャズには約12グループが出演、演奏に対して投げ銭で応える仕組み。野毛大道芸と合わせ、2日間で200万人が訪れるイベントだ。そのフェスティバルが10月22日、23日にも野毛大道芸とともに開催される予定だったのだが、今年は野毛側の内部の意見の食い違いから、開催1月前にして大道芸を急遽中止することになってしまったのだ。

ヨコハマ吉田町通りアート&ジャズフェスティバル

そこで困ったのは野毛大道芸の宣伝力・集客力に頼ってきたフェスティバルの実行委員会。前回まで野毛大道芸側が広報を一括していたため、今回は全部を自分たちでやらなくてはならない。それに大道芸を見に来たついでに吉田町を訪れるという人の流れはなくなった。今回は純粋に「ヨコハマ吉田町通りアート&ジャズフェスティバル」に来てくれる人をどれだけ生み出せるのか、という一つの挑戦である。それは、野毛と伊勢佐木町をつなぐコリドー(渡り廊下)として控えめにしながらも人の流れがあった吉田町が、周辺の街を当てにせずに独自のブランドを確立し集客していかなくてはならない時代になってきたことを象徴している。

吉田町通り 路上に展示されたアート作品 風景画の作品 グラフィックデザインの作品

■吉田町を「横浜のモンマルトル」にする

吉田町が野毛大道芸と同じ日にイベントを始めるようになったのは、10年ほど前のことだとフェスティバル実行委員長の今井大さんは言う。「野毛大道芸のスタッフから『全国からたくさんのお客さんが来るからエリアを広げたい。吉田町も一緒にやってほしい』と誘われたのが一緒にやるようになったキッカケです。『野毛の大道芸をただ引き入れるだけでなく、吉田町らしい祭りをやりたい』と吉田町名店街から声が上がったのが5年前のことです」。

絵やアート作品、音楽に触れられるスポットが多い吉田町。その背景には、戦後に米軍の接収地となった歴史がある。「終戦の頃を思い出すと、吉田町には似顔絵屋や写真屋、それに写真機屋がたくさんありました。昭和20年頃、伊勢佐木町や吉田町は米軍の接収地となり、米兵たちは次々に朝鮮戦争へ送られていきました。そこで自分の似姿を残そうと似顔絵屋や写真屋が吉田町にいくつもできたんです。野毛や伊勢佐木とはまた違った歴史が吉田町にはあり、それが今の街のあり方につながっているんですよ」。(今井さん)

吉田町を「横浜のモンマルトル」にしたいという構想は、そんな歴史的背景から浮かび上がったものだ。パリ北部にあるモンマルトルは、素人から有名な画家まで、多くの絵描きが集まる街。モンマルトルのように、ギャラリーを借りられないような無名のアーティストを街が受け入れ、路上で絵筆をとる人がいるのが当たり前の光景になるような街にしたい。そんな想いからストリートアートを切り口にしたフェスティバルがスタートしたのだ。フェスティバルは事前にアーティストを公募し、路上に設けた区画の中で自由に絵を描いたり作品を展示したりできるというもの。アートのフェスティバルという色合いがはっきりするように、作品は絵画、版画、写真の3点に限定している。

作品は展示販売している クラフト作品 子供が絵を描くコーナーも 若い人の参加も多い

■アートやジャズをハードとしての街に融合させる

「祭りに音がないのは寂しい」という声から、アートフェスティバルにジャズの演奏が加わり、「アート&ジャズフェスティバル」となったのは昨年のこと。吉田町はアートスポットが点在する大人の雰囲気がある街。耳を澄ますと、街には一日中ジャズが流れていることに気づく。横濱ジャズプロムナードの実行委員会を努める石橋稔さんは、「この街ならストリートでジャズのステージができるのではないか」と思い、今年の春からフェスティバルのプロデューサーとしてイベントに参加し、ジャズの強化に力を注いできた。

横濱ジャズプロムナード

「街と接点を持ってイベントづくりに関わるのは自分としては初めてのこと。吉田町は商店主や事務所のオーナーの個性が街に滲み出ている感じがする。吉田町のみなさんがイベントを本気で成功させて街づくりにつなげていきたいと考えているから参加を決めたんですよ」と石橋さんは語る。それもそのはず、イベントを運営しているのは皆吉田町の街づくりに熱い想いを持つ地元のボランティアで、業者は一切入っていない。地域の祭りはイベント会社に任せるようなものではないという意思がそこにはある。「横浜トリエンナーレのような教育文化行政の一環として行われる完成イベントではなく、地元が考え民の力を合わせて作り上げていくイベント。アートやジャズという外からのソフトを提供して、ハードとしての街に融合していく、そんな街づくりの新しい形を作っていくことができるんじゃないかと思っています」。(石橋さん)

プロデューサーを務める石橋さん ジャズアーティストは投げ銭が出演料となる ストリートが演奏舞台となる

■イベントは街の変化を加速させるための仕掛け

フェスティバルの広報を担当するのは、アート関連の情報誌『自遊時間』、『art Deli.』を出版している自遊時間の山内庸数さん。山内さんは、今回の「第5回ヨコハマ吉田町通りアート&ジャズフェスティバル」は、これからどのような街づくりをしていくべきなのかを考えるためのファーストステップとして捉えていると言う。「野毛大道芸のドタキャンによって、吉田町側も人任せにせず自分たちがしっかり街づくりをしていかなくてはいけないという自覚が出てきました。まずはこれを街づくりを見直す良い機会になったとポジティブに捉えていきたい。そして今回は来街者やイベント参加者にアンケートをとり、どのようなことが求められているのか情報集めを行います。目指すような街に手が届くようには少なくとも3年、5年はかかります。まずはいろんな角度から議論の材料を洗い出し、今後の構想を早めに固めていくための下地とすることが大切だと考えています。そしていずれは年に3回、4回と回数を増やしていきたいですね」。

自遊時間

「街が少しずつ変わってきている、その変化を加速させるのがこのイベント。」と言う山内さん。そんな現状を、街で商店を営む人々はどのように見ているのだろうか。天ぷらと肴料理の店「登良屋(とらや)」の2代目、荒井さんに話を聞いた。「登良屋」は旬の天然物の魚にこだわり、毎日市場へ行き新鮮な食材を仕入れている。老舗として長年にわたり吉田町を見てきた荒井さんは、「野毛や伊勢佐木はかつて横浜の中心だった町で、吉田町もたくさん人が通る場所だった。人が集まる街にするには何か求心力となるものが必要。アートは吉田町に似合うし、イベントを通して若い人の活気がどんどん街に入ってくるようになってほしい」と語る。

吉田町通りに面する店には、フェスティバルの時には特別なサービスをするところも多い。バー「Towser」はシングルモルトウィスキー600種を取り揃え、心地よいジャズが流れる大人のバー。普段は夜だけの営業だが、フェスティバルのときは昼から店を開け、ジャズを聴きながらふらっと入れるように扉を開けっ放しにするという。「Towser」のマネージャー、加藤さんは、「フェスティバル開催中はビールを半額にします。商店側もイベントに協力することで、多くの人にお店を知ってもらうことができますからね。もちろん、来てくれた人にはウチの店だけでなく吉田町の街全体を知ってもらいたいですね」と語る。

今年は野毛大道芸が急遽中止に 昨年は2日間で200万人を動員した フェスティバル実行委員会のメンバーたち 天ぷらと肴料理の店「登良屋(とらや)」 バー「Towser」

■横浜の食文化を守り続ける老舗 「濱新」

古き良き横浜の料亭と、おしゃれなカフェが混在する吉田町。それを象徴するような横浜の和食の味を守る老舗と、アート作品を置く本格ダイニングカフェの2店を紹介したい。

伊勢佐木町通りから野毛側に少し入ったところにある、ふぐとうなぎの店「濱新」。横浜の政界人、財界人、文化人に愛されていることでも有名で、歴代の横浜市長を始め、歌手の美空ひばりさん、俳優の田中邦衛さん、作家の山崎洋子さん、写真家の森日出夫さん、サッカー選手の中村俊輔さんも訪れるという。夏は焼津から取り寄せたうなぎを長年継ぎ足し続けている伝統のタレで焼き上げた蒲焼、冬は下関直送のとらふぐだけを使ったふぐ料理がメイン。ふぐさし、ふぐちり、ふぐのひれ酒、ふぐの姿揚げなど専門店以上の品揃えを誇る。

濱新

ここで3代目として伝統の味を守るのは、山菅浩一郎さん。山菅さんは昨年頃から、江戸幕府がペリーをもてなしたときの料理「ペリー饗応の膳」や、横浜開港当事に由来する味噌だれ蒲焼「濱蒲焼」などの再現料理に取り組んでいる。「横浜の食の歴史、なかでも特に和食の歴史は残されていない。横浜の和食を紐解くと、最初は江戸から来た料理人によってつくられたものだとわかりました。再現料理をつくるにあたっては江戸料理も勉強し、さらにそれが現代人の舌に合うようにアレンジを加えています」。12月10日には野毛にぎわい座にて横濱通の養成を目指す講座「濱通講座」にて『ペリーは何を食べたのか(仮)』というテーマで講演を行うなど、老舗として横浜の食文化を伝え守っていくことにも力を入れている。和洋折衷文化横濱の食をイメージしたうなぎのオムライス「なかめし」も人気の品。「なかめし」は福使イズムの対象商品となっており、一人前につき50円が福祉団体に寄付されているという。

濱通講座

山菅さんは吉田町の歴史と、現在起きつつある変化についてどのように感じているのか聞いた。「昔は『伊勢ブラ』といって伊勢佐木町界隈をブラブラと散歩するのが“モダンボーイ”や“モダンガール”たちの遊びでした。伊勢佐木には大手チェーンが、野毛には競馬が参入し、横浜の町は変わってきています。そのなかで、横浜らしい美味しいものが食べられる店が残っているのが吉田町なんです。食、芸術、音楽、買い物といった時間を楽しみ憩う場としての吉田町であってほしいですね」。最近は若い人たちがカフェバーを出店し始める流れも生まれてきており、神楽坂のような歴史と新しさが同居した面白い街になる、と街への期待を語った。

濱新 老舗として横浜の食文化を守ってきた 多くの政界・財界・文化人が通う店 3代目当主の山菅浩一郎さん うなぎのオムライス「なかめし」

■アート作品に囲まれたダイニングカフェ「CHIKI CHIKI & TAN TAN」

古い店が立ち並ぶ吉田町通りを歩いていると、突如おしゃれな外観のカフェに目を奪われる。白壁に赤い文字が似合うそのお店は、造形作家の兄・森新吾さんと、イタリアンシェフの弟・杉田新平さんの兄弟が経営する「dining cafe CHIKI CHIKI / work Shop TAN TAN」。店内には森新吾さんが鉄を素材に制作したアート作品が壁面を飾る。机や椅子などのインテリアも友人たちとともに手作りで作ったものだという。流れる心地よい音楽も、友人がチョイスした楽曲。また、カフェと言っても料理に妥協は一切ない。横浜のホテルでイタリアン・フレンチの修業を積んだオーナーシェフの杉田新平さんが作る創作イタリアンは、本格的なレストランの味。デザートはすべて専属のパティシエの手作り。おしゃれなカフェはたくさんあるが、インテリアや雰囲気づくり、料理までこだわりをもって自らが手がけている店は珍しい。

dining cafe CHIKI CHIKI / work Shop TAN TAN

店内にはボックスに若い作家達の作品を並べた「ART SHOP」があり、アイアン・陶芸・クラフト・布小物・ビーズ小物・アクセサリーなどの小物を展示販売している。お金を出せば誰にでも貸すというレンタルスペースではなく、出店を希望する作家とは直接会い、ユニークでおもしろい作品を選んで置いている。展示は委託で、作品が売れたときに手数料をもらうというシステム。若いアーティストが育つ「モンマルトル」のような街を目指す吉田町に相応しい仕組みだ。

dining cafe CHIKI CHIKI / work Shop TAN TAN おしゃれな外観が目を惹く 店内の家具はほとんどが手作り

■個店の日々の頑張りが街の活気を生み出す

オーナーシェフの杉田さんは今年で30歳。2年前に自分の店を持つことを決断した。出店場所として、東京は全く考えなかったという。「東京にはおしゃれなダイニングカフェはたくさんあるし、何より横浜が好き。店を探していたとき、偶然この場所を見つけたんです。野毛と伊勢佐木町の中間で駅からも近く、エアポケットのようにここだけ風が抜けているような場所ですね」。吉田町に来る人は、比較的年齢層が高いと思いきや、お店に来る人の年齢層は10代から80代までと幅広いという。「20~30代のOLで埋まる日もあれば、年配の方で埋まるときもある。吉田町はいろんな人を受け入れる不思議な街ですね」。

横浜のホテルで働いていた杉田さんは、吉田町や野毛、伊勢佐木町といった横浜の古い町に親しんできた。「昔は仕事のあとは友人とよく野毛に飲みに行っていました。『今日はあの店に入ろうぜ』と新しいお店を開拓するのが趣味でしたね」。野毛にはもっと頑張ってもらいたいと語る杉田さんだが、一方、イベントに頼ってばかりでは街は活性化しないと言う。「イベントはあくまで一過性のお祭りです。そこで来てくれたお客さんが、また街に来てもらえるような仕掛けをしていく必要がある。それは街としての特色を強く打ち出していくということ。個店個店が毎日頑張っていくことで、面白い元気な店が吉田町に集まってくる流れをつくる、そんな意識で普段から仕事に取り組んでいます」。

街を継続的に活性化するというテーマは、吉田町だけでなくどの街も求めているものである。いかに継続的な集客を生み出すのか、そして独自性を持ち格式ある街を作り上げていくのか。その可能性を模索していく吉田町の動向に注目していきたい。

フェスティバルのときは窓を開放する 造形作家の兄・森新吾さんの作品 若い作家達の作品を並べた「ART SHOP」 料理もデザートも本格的な味が楽しめる
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