特集

「600メートルクラフトマンストリート」
下町情緒薫る元町仲通りの街づくり

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■アート看板が彩る街並み

先日、横浜高速鉄道がゴールデンウィーク期間中のMM線各駅の乗降客数を発表、元町・中華街駅は7万4千人とMM線全5駅合計乗降客数の半数近くを占めた。元町通りに並ぶキタムラやミハマ、フクゾーといった横浜を代表する「元町ブランド」を中心に、観光客で賑わう元町商店街。だが、賑わっているのはメインのショッピングストリートだけではない。かつては「裏通り」と呼ばれた元町仲通りは、一見すると地味な通りだが、商店と住人の協力による独自の街づくりで、個性的かつ統一感のある街並みを実現し、確実にファンを増やしている。

幅4メートルの細い小路に点在する店々は、どちらのサイドも同時に見ることができる。その店頭を飾るのは個性ある「アート看板」たちの存在。素材も形もさまざまなアート看板の数は現在50弱。それらの看板が、通りの柔らかな雰囲気と店の個性を自然と醸し出す。 1999年に街づくり協定を策定した仲通りでは、ヨーロッパのような歴史漂う調和の取れた街並みをめざし、各商店にアート看板の設置や、植物のプランターを置く呼びかけをしていた。そんな特色のある街づくりに取り組む仲通りに注目した角舘政英光環境計画と日本大学理工学部関口研究室が、防犯と特色のある街づくりの両立を模索した共同研究として、地域とともに2000年「光環境実験-あんどんワークショップ」を実施する。その結果は学会で発表され2001年のJCDデザイン賞、ディスプレイデザイン賞受賞という評価を受けた。さらに2003年12月から2004年2月には、より実践的なワークショップで、住民と美大生らがアート看板と照明を組み合わせた新しい看板と案内板を共同製作。民間や大学研究機関との協力により、低予算で個性的な街並みを実現させるに至った。照明実験は終了したが、今後は、商店が中心となって整備を進め、また新しいアート看板も出現する予定となっている。

アート看板 角舘政英光環境計画

■仲通りの歴史と今も残る下町情緒

メインのショッピングストリートである「元町通り」、その名の通り、堀川に面した「元町河岸通り」、元町通りから一本山手側をほぼ平行に走る「元町仲通り」、さらに仲通りから山手へ続く坂道沿いにある住宅及び商店地域からなる元町エリアは、山手と山下の両外国人居留地にはさまれ、外国人の生活を支える商人、職人の街として発展した。仲通りは、職人の街として、クリーニングや西洋家具屋など技術のある職人が集まり、メインのショッピングストリートである元町通りの発展を支えてきた。

元町・中華街駅を出て左手に元町プラザを見ながら一本山手側に入ると、角に見えるのが明治21年創業の「ウチキパン」。ここから元町仲通りが始まる。フランス料理の老舗「霧笛楼」、トラットリアやビストロといった趣の小さな飲食店が点在する。かけはぎ専門店、食器店、印刷屋などの職人の店や生活を支え続ける米屋、酒屋、八百屋なども健在。居留地の外国人御用達であった頃から続くクリーニング店、元町唯一の理容室やツタの壁が印象的な古くからの美容室。代官坂、汐汲坂など山手へ続く坂道は、元町通りには見られない蕎麦屋、日本茶カフェ、和食処やガーデンカフェ、花屋などしっとりと落ち着いた緑溢れる佇まいを見せる。4丁目と5丁目の境に現れる元町厳島神社の真っ赤な鳥居は、明治2年から静かに街を見守る。

通りにはエプロン姿の自転車のかごに野菜を入れた女性が通り過ぎる。制服姿の小学生が駆け抜けていく。「元町って本当に下町なんですよね」と話す「カフェけみく」の加藤由紀子さん。「財布を忘れても買い物できちゃうのよね。そんな風土がまだ残っている」。メインのショッピングストリートからは推し量ることのできない光景が広がる。元町仲通りには、テナント店舗や商店だけでなく、住む人の生活がある。

元町ショッピングストリート 元町仲通り会

■仲通り街づくりへの歩み

当時地域の消防団員だった三浦さん(三浦マーク社長、現元町街づくり委員長)が、「いかに住み続けたい街づくりができるか」「住んでいることに誇りを持てる通りにしたい」と仲間と語らうなかで、「仲通り会」の前身となる「仲通り街づくり会」が10年前の1994年発足した。時代はバブル景気で地価が高騰し、元町通りへ出店したくても経済的に手が出ないという状況のなかで、仲通りへ新たなテナントが進出し始めていた。仲通りは商いだけでなく、住んでいる人のための通りでもあったが、古くからの住民が住み慣れた街を捨て、その後は、ルールなきまま新店舗建設や増改築、空き地へと移り変わる場面も見られた。住民の間では、子供たちの世代にも住み続けられる街づくりをするために、いよいよ協力してルールの整備が必要だということを感じ始めていたという。仲通りは、居住者のいる商店街。自治会、町内会や消防団など複数のご近所ネットワークが絡みあいながら存在していて、街に関わる人々が、皆真剣に街とその将来とに向き合う準備はできていた。

十数人への呼びかけからスタートした街づくり会。「最初は、わけがわからず手探り状態、全くの手弁当」というとおり、はじめの2、3年は、ほとんど勉強会に費やした。「今になって思えばそれが近道だったのかもしれませんね。幸いにもすぐ隣は、元町通りの商店組合「元町SS会」の存在があり、意識の高い街づくりを長年かけて培ってきた前例がありますから、ずいぶん参考にさせてもらいました」と三浦さんは振り返る。年間の事業予算を億単位で有するSS会と、当時会費でまかなえる予算が100万弱だった仲通り会では、歴史も手法も異なる。すぐに結果の出るイベントや街路整備をしようという声も多かったが、丁寧に街づくりの理念を明文化し、会員が共通の理解と認識を持つことを優先させた。

市の経済局や都市計画局、都市デザイン室、建築局、横浜商工会議所など関連するさまざまな研究会に参加したり、講師として人を招いたりして対話や勉強会を重ねるなか、建築局からもたらされたのが「街並み誘導地区地区計画」の存在。景観を損ねる建築物が建てられたり、出店してほしくない業種が参入してきてもどうすることもできないが、「街並み誘導地区地区計画」では条例として、独自の建築基準を設けることができる。景観を損ねる建築や風俗店、遊戯施設の参入を防ぎ、街並みや住環境を守ることができるのだ。仲通りは元町でもいち早く、地区計画を制定した。そしてこの条例を補完する形で、会発足から5年後の1999年、「職商人(あきんど)と食商人(あきんど)の街」「600メートルクラフトマンストリート」と銘打った元町仲通り街づくり協定を制定したのだった。

元町仲通り街づくり協定

■「クラフトマンストリート」具現化にむけて

新規出店のほとんどが仲通り会に入会し、現在仲通り会のメンバーは120社を超える。新しく出店する店と古くからの住人・商店間での軋轢が全くないとはいえない。出店や増改築に関しさまざまな独自の規制があり、若い人が斬新な店を出店したいと思えば、窮屈に感じる場面もあるはずだと三浦氏は語る。「それでも、元町仲通りに店を構えたい」という理由が大切だという。「元町ブランド」にあこがれるだけでの出店や観光客だけを相手にする商店では長続きしない。元町は、「あの店のこの商品が欲しい」という目的意識をはっきり持ってくる客が多い街。その客層や客の求める「元町仲通りらしさ」と「確かな技術・品質」を持つ店が生き残ることができる。仲通り会は、勉強を重ねるなかで「来街者が求める元町仲通り像」と「居住者が住みよい元町仲通り」の両立を探り協定を策定したという自負がある。街づくりの理念を理解し、協定を守りながら個性を発揮する店こそ、仲通りに必要な新しい力になりうるのだという。

仲通り会では、地元の不動産屋とも協力し、「クラフトマンストリート」にふさわしい「ものづくり」を大切にする店の入居を奨励する働きかけも行っている。2003年11月に青葉区から移転してきた鉄や木のアーティスティックな建具やインテリアグッズを扱う「クロコアートファクトリー」もそのような働きかけのもと、出店が可能になったお店だ。自分達の手がける製品がこの「ものづくり」の街に合うと感じたオーナーが、仲通りへの出店を決意したが、申し込んだ物件には、その時点ですでに数件のオファーが入っており、出店できるかどうかは微妙な状況であった。後日、独自にデザインや製作を手がける同店のこだわりやテイストを知った仲通り会の後押しにより、両者の思惑の一致する出店と相成った。このような街ぐるみでの地道な誘致活動により、具体的な街づくりを実現させているのだ。

クロコアートファクトリー

先に元町通りでは、MM線開業にあわせ1994年から第3期の街並み整備を行い、装いを新たにした。仲通りでは来年に向けて、同じ手法で行政と一体となったハード整備を検討している。このため現在仲通り会では、会の組合法人化の準備が急ピッチで進められている。「僕らは、『裏通り』と呼ばれたこの通りをきれいにしたいんですよ。ようやくその実現が見えてきました」と語る仲通り会副会長の依知川さん(イチカワ理容室社長)の視線の先には、元町通りとは一味違った独自の街並みが描かれている様子。商店と住人の協力により、10年で成果を現した「こだわり」の街づくりが、日本各地の行政や商店街から注目されている。

横浜市ライブタウン整備事業
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