特集

論議呼ぶ新港地区の結婚式場計画
横浜市の景観協議が初の「物別れ」に
試されるMM21地区の都市デザインの「作法」

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みなとみらい21地区の景観は40年間にわたる対話の集積

(アニヴェルセルが横浜市都市美対策審議会・景観部会に提出した資料から)

 モダンな高層ビル群と歴史を感じさせる赤レンガ倉庫のコントラスト―。年間約2,300万人が訪れる観光都市・横浜を代表する「みなとみらい(MM)21地区」の景観は、ここに進出した事業者と行政による約40年間にわたる対話の集積によってつくられてきた。地区の周囲をぐるりと取り囲む海と空との調和を考え、開港以来の歴史を踏まえた建物のコンセプトを事業者に伝え、統一感のある街並みを整備する「横浜の景観協議」。市長の諮問機関である「横浜市都市美対策審議会」(都市美審:委員長=卯月盛夫・早稲田大学教授)が、事業者の計画を吟味し、市の担当課に「協議の方針」を伝え、その方針をもとにそのエリアにふさわしいデザインの建物をつくっていく仕組みだ。

 一定の「ルール」に事業者がコミット(参加)することで、進出企業などに横浜独自の美しい景観をつくるプレイヤーとしての自覚と誇りの形成を促し、観光客を引きつける「横浜にしかない風景」をつくる原動力となってきた。この「景観づくりのエンジン」を揺るがしかねない施設が今、新港地区に計画され、「地域の景観と調和していない」と指摘されるなど論議を呼んでいる。

 この3月、約40年間の景観行政のなかで初めて、事業者に協議方針が理解されないまま「物別れ」に終わり「協議が成立しない(不調)」という異例の事態になった。一連の経緯は「景観はだれのものか? 都市をどのようにデザインしていくのか?」「企業経営と公的な景観の担い手としてのバランスは」という問いを、事業者・横浜市はもちろん、市民にも突きつける。建設予定地には市有地が含まれている。市が事業者にこのまま貸し付けるか否か、先進的な景観行政を推し進めてきた横浜市の最終的な判断が注目されている。

■都市デザイン行政に一石を投じた計画

 アニヴェルセル(本社・横浜市都筑区茅ケ崎中央24、中村宏明社長)により、MM21新港地区(横浜市中区新港2ほか)に計画されている結婚式場が今年1月10日、「都市美審・景観審査部会」で議論され、「地域の景観と調和しておらず、受け入れがたい」「全く歴史の継承になっていない」などと、委員から計画を厳しく批判する意見が続出した。この経緯は、議会や各種メディアに取り上げられるなど、景観や都市デザインのあり方を巡る議論へと発展している。

 指摘を受けたアニヴェルセル側は、1月末に港湾局企画調整課が示した30項目にわたる『協議の方針」をもとにデザインを一部修正。「指導に従い対応した」とする案を、担当の同市港湾局を通じて3月23日の同部会に提出した。

 しかし、2度目の審議でも委員からは「景観というのはパブリックなものなので、これまでも民間事業者が景観に配慮してきたにもかかわらず、あまりにもデザインがふさわしくないのではないか。横浜市の都市デザインが後退してしまう」、「事業者はエリアの歴史的意義を全然理解していないようだ。非常に軽々しい建物で、そぐわない。これまで40年近く活動してきた地域の地道な努力は、このような計画が認められてしまうと一気に崩れてしまうのではないか」などと厳しい意見が相次いだ。

 現在、同社は横浜市との景観協議の打ち切りを書面で申し出て、市もそれを受け「景観協議は調わなかった」とする協議結果を事業者に通知している。景観協議に法的拘束力はなく、アニヴェルセルは予定通り、7月着工に向けて準備を進めているとみられる。

■「宮殿風の結婚式場」が横浜の顔に?

 結婚式場の建設予定地は「MM21新港地区」の一部で「16街区」と呼ばれるエリア。面積は約1.8ヘクタール、同じMM21地区でも白を基調とした高層ビルが集積するモダンな「中央地区」エリアとは意図して対照的に、建物は原則低層で、赤レンガ倉庫や汽車道に代表される「地区の歴史や港らしさを演出する個性と風格」のあるまちづくりが進められている。

 特色ある街並みと、それらを取り囲む水辺の風景は「観光地・横浜」を思い浮かべるとき、多くの人がイメージする代表的な風景と言える。特に、今回の事業予定地である16街区は、観覧車のたもと、海域をはさんだ遠方など様々な場所からも「見られる」場所。建物はMM21地区全体の景観に非常に大きな影響を与える。いわば「横浜を代表する風景」の重要な要素となるのだ。

 アニヴェルセル社が当初計画していたのは、同社リリースや都市美審などに提出した資料によると、延床面積16,350平方メートル、幅150メートル、奥行き90メートル、高さが45メートル(現計画は31メートルに変更)、ヨーロッパの宮殿のような外観の邸宅型結婚式場だ。式場内部には、7つの宴会場と2つのチャペルを設ける予定で、今年7月に着工、2013年秋の開業を見込んでいる。

 横浜の「顔」ともいえる重要なエリアだけに、市は建設予定地である新港地区に建物を建てる場合、 都市景観協議を事業者に義務づけている。そこでは、市長の諮問機関である都市美対策審議会にデザインなどを諮り、「景観協議の方針」を決めることとなっている。

 1月10日、同社から都市美審景観部会に提出されたデザイン案によると、ギリシャ風の柱やイタリアを思わせる塔、ロマネスク調の教会など、建物にはさまざまな国と時代の建築様式が混在している。「港町横浜らしい歴史の継承になっていない」「物まねは求められていない」といった委員からの意見が相次いだ。

 委員からのこうした厳しい指摘に対し、アニヴェルセル社は「この特徴ある外観も含め、自社のビジネスモデル」と回答するにとどまった。

 部会側は「新港地区での展開ということに配慮が感じられない」などと議論が白熱、審議会全委員一致しての結論は「このままでは承服出来ない。微修正ではなく外観、デザインの基本的な修正が必要」といった非常に厳しいものになった。さらには市に対しても「修正案を何らかの形で審議会に再度諮ってもらいたい」との条件が付けられた。

景観計画・都市景観協議地区の策定~みなとみらい21新港地区~(横浜市港湾局)

第14回 横浜市都市美対策審議会景観審査部会議事録(横浜市都市整備局)

 しかし同社は翌日の1月11日、前日の都市美審に提出したものとほとんど変わらない「完成イメージ図」を載せたプレスリリースを発表。2月28日の横浜市議会予算審議会などでも「(審議会や市の意図は)きちんと事業者に伝わっているのか?」と質疑があるなど、波紋が少しずつ広がってきた。

 議会でのこうした疑問に対し、担当部署である港湾局は「時間を区切らずに協議していきたい」、林市長も「都市美対策審議会の意見は重く受け止める」と答弁している。

 ところが林市長の答弁翌日である3月23日、急きょ開催された都市美審・景観部会では一転、塔の高さを31mに下げるなどした事業者の変更案を港湾局が示し、「標準協議期間を大幅に超える協議期間を費やした」「一部に課題は残ったものの概ね協議の方針に沿った変更がなされた」として協議の終了に理解を求めた。

 これに対し審議会は「課題は全く解決されていない」として「審議会として協議は不調に終わったと言わざるを得ない」と結論づけ、「市有地の貸付けについても慎重に行なうべき」と異例の注文がついた。その後行われた都市美対策審議会の本会においても、ほぼ全委員から同様の意見が述べられ、部会の決定が支持された。

アニヴェルセルによるプレスリリース(pdf)

横浜市会インターネット中継 24年2月28日

 その後、4月12日には事業者側から「協議終了申出書」(協議打ち切りの表明)が提出された。これに応ずる形で、市は4月20日付けで「協議結果通知書」を事業者に送達。「協議が調わなかった」旨が市から事業者に回答された。

 事実上、アニヴェルセル社は定められた手続きは踏んだ。しかし「基本的なデザインの考え方、それは配置、外観あるいは景観、そういったデザインの基本的な考え方の大きな見直しが必要ではないか」(都市美審・景観部会議事録)という指摘があるように、関係者の間には、協議方針が事実上尊重されなかったという「しこり」が残っているようだ。

 景観協議そのものは義務付けられているが、その協議方針に従う法的拘束力はない。このため、事業者は建築確認申請など、建設のための手続きを進めることが可能だ。ただし、先述の通り、横浜市は事業予定地に 全体の4分の1ほどの土地を所有しており、このように景観協議が決裂した案件に対し、土地の貸付けを行っても良いものか疑問が残る。この事業に関しては議会の承認を得る必要がないため、最終的には林市長が参加する経営会議の場で市としての意思決定する可能性もある。

 ただし、ここまで都市美審から厳しい意見がついた計画を遂行する事業者に対して、市の財産である土地を貸し付けることに異論・反論も予想される。

16街区・結婚式場の建築計画まとめサイト 新港から横浜みなとみらいを考える

■「街並みの美」は誰が作ってきたのか?

 そもそも、MM21 地区は各事業者の工夫によって美しい街並みが創られて来たエリアだ。各事業者は施設建設時にルールを受け入れながら、街並みの統一感を壊さないようにデザインや素材に工夫を凝らし、多くは積極的に景観に貢献するような設計をしている。

 つまり、MM21地区の実際の街並みは、各事業者の努力と創造力によって支えられ、その集積が横浜の顔ともいうべき景観を創り出してきた。このように「制限が多い」エリアにも関わらず、多くの企業や施設が魅力を感じて参入しているのは、時が育てた景観が多くの人の心を惹くからだろう。事業者それぞれが、相互に少しずつ抑制することで、地区全体として良好な環境を生み出す。そして、エリア全体の魅力がアップすることによって、にぎわいを育んできた。特に中央地区の事業者らは、独自の協定を作り、自発的に環境を守る努力を続けている。

横浜みなとみらい21公式ウェブサイト

 最近の例としては、人気施設となっている「カップヌードルミュージアム」(安藤百福発明記念館、総合プロデュース:佐藤可士和氏)も、新港地区の特色を読み込んだ上でデザインに工夫を凝らしている。

 形はシンプルなキューブ型、素材は赤レンガ倉庫とあわせた質感やカラーのレンガタイルを使用。周辺の環境から浮き立つことがないように配慮した上で、さり気なく建物の上部と下部にガラスを用いて、現代的な雰囲気や、入館者でなくても気軽に楽しめる通りの雰囲気をつくっている。そのほか、館名表示を最小限に抑えたり、外の床の材料も周りの歩道とあわせたり、建物の大きさを強調しないよう壁面にスリットを設けたり。きめ細かい配慮が反映されたデザインとなっている。

 ここまで工夫を凝らしていても先述の都市美審の議事録では「次のステップの話」と断った上で周辺とのネットワークや材料の質感など、更なるデザイン改良の可能性について言及があった。

カップヌードルミュージアム

第13回 横浜市都市美対策審議会景観審査部会議事録(横浜市都市整備局)

みなとみらい21地区に「カップヌードルミュージアム」オープン(ヨコハマ経済新聞)

 カップヌードルミュージアムの場合、建設地は市有地だった。新港地区の土地を売却する際の開発事業者募集要項には「関連法令とともに景観ガイドラインを遵守する」ことが開発条件として記載されていて、土地の売却の前提となっている。事実上、協議事項を全てクリアしなければ土地を取得することができない仕組みとなっていた。

 今回の16街区の結婚式場計画は、一部が民地で、一部が市の土地だ。売却ではなく、事業者が借地する形をとっている。期間は30年と非常に長く、暫定施設とはいい難い。地域の景観への配慮と結婚式場の経営を成功させることは、両立しないのか。

 今回の都市美審で同時期に審議された同じ新港地区内に計画中のもう1つの結婚式場(株式会社ブライダルプロデュース)はいくつかの指摘事項はあったものの、開かれた通り抜け空間など、全体的に好意的な評価を受けている。

 11-2街区のような土地を購入した事業者に、ガイドラインの遵守が条件づけられているのなら、市の土地を借りるのにも同じ条件を提示しなければ「不公平」になるのではないか。逆に言えば、今後、進出企業は「協議の方針」を尊重しないままに建物が建てられるという前例をつくれば、都市美審自体が形骸化しかねない。

 新規事業者であるアニヴェルセルと、地権者としてその事業に参加する形の横浜市が相互に景観協議で合意することは、今後の都市景観行政にとっても最低限必要なことだったのではないだろうか。

■曖昧な横浜市の姿勢

 一方の横浜市も、三菱重工業横浜造船所跡地を活用するこの地区の開発に、自治体として主体的に関わってきた。

 もともと、MM21地区は1965年に発表されたいわゆる「6大事業」の1つである都心部強化事業。戦後の接収などの影響から横浜駅周辺エリアと関内エリアの2つに分かれてしまった横浜の都心部を1つに繋げるまちとして計画された。

 横浜市は飛鳥田一雄市長を中心に、民間出身の都市プランナー・田村明さん率いる企画調整局が、先述の6大事業を進める「プロジェクトのプロデュース」、乱開発の抑制を意味する「開発のコントロール」、その2つを活用しながら横浜らしさをつくる「都市デザイン手法の導入」という3つの戦略を駆使しながら横浜のまちづくりを横断的に押し進めていた。

 そのまちづくりの基本方針は市長が代わっても受け継がれ、現在では横浜市の都市としての骨格を形成するに至っている。近年は6大事業が一定の成果を上げ完成に近づいたことから、整備してきたハードを利活用するソフトとして創造都市戦略、アートや文化によるまちづくりを進めることで、横浜の個性をより強めていこうという試みが軌道に乗り始めたところである。一連のまちづくりは、横浜は横浜らしく、という強い主張の表れでもあったのだ。

『横浜の都市デザイン』リーフレットを改訂・発行します(横浜市 都市整備局 都市デザイン室)

 ところが、今回の結婚式場の件ではこれまで横浜市がまちづくりに見せていた強い意思は見られない。

 むしろ1度目の都市美対策審議会で、改善を要求する協議方針が示されたのにも関わらず、ほとんど改善の見られない事業者側の修正案をもって、「協議は調った」と都市美対策審議会に報告をしている。

 委員から「前回の指摘事項をきちんと理解出来ていないのではないか」、「ただ時間をかければいいというものではない」と批判され、最終的には景観協議を事業者側から打ち切られる形で不調=成立しないという結果を迎えている。

 6大事業の戦略の1つに「開発のコントロール」を挙げている通り、横浜市はこれまで民間の開発にも積極的に関与してきた。ましてや今回の件は横浜市の土地を含む開発であり、まちづくり、景観行政としての立場だけでなく土地提供者としての側面を持つことから、通常よりも言わば強い立場で発言が可能だと言える。

 むしろかつてのその他案件に比べ、景観協議を行い、協議の方針を事業者に理解してもらう条件は整っていると言えよう。これまでのまちづくりに協力をしてきた民間事業者のことを考えても、今計画に関して今までと違う姿勢をとることは、市みずからが、良好な景観を生み出す仕組みそのものを空洞化させかねない。

第15回 横浜市都市美対策審議会景観審査部会議事録(横浜市都市整備局)

 都市美対策審議会での指摘や意見の半分は、事業者ではなく横浜市に向けられたものであった。現在、横浜市は林文子市長の下、新たに文化観光局をつくり創造都市に加え観光に力を入れていくことを打ち出している。

 これまで進めてきたまちづくりに加え、創造都市と観光の双方を組み合わせて推進していくこと自体はユニークだ。ただし、観光客を吸引しているのは時をかけて集積した「横浜にしかない景観」や空気感であることを忘れてはならない。

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■今後の展開~市有地貸与が焦点に

 今回、16街区に進出する結婚式場計画は、横浜の都市デザインに携わる関係者に、さまざまな事業者と横浜市が対話と歩み寄りを重ねて創り出してきた「横浜らしい景観」を守るための「まちづくりのルールが「空洞化しかねない」という危機感をもたらした。

 さらに「事業者に協議を打ち切られたら終わり」という仕組みのままでよいのか、横浜市として今後、MM21地区の景観を維持していくために都市デザイン政策の見直しの必要性も問われている。

 景観協議が既に終わっていることから、今後は「横浜市が事業予定地内にある市有地を事業者に貸すか否か」という点に焦点が移っている。この決定は庁内の意思決定会議である「経営会議」で決められる可能性もある。

 この状況を「横浜市民のための景観の危機」と捉えた専門家ら有志31人は5月25日、「横浜港内水域の市民利用について考える会」として、林市長宛てに「みなとみらい21地区16街区に関する要望書」を提出した。

 メンバーは、山本理顕さん、 曽我部昌史さんら横浜を拠点とする建築家・まちづくり関係者・市会議員ら。市長の諮問機関である都市美審で、厳しい批判を受 けた計画に対し、市民の財産である横浜市の土地を貸すことはについて「今までの横浜市の 景観行政に協力してきたみなとみらい地区の地元事業者を裏切る行為のみならず、市民の誇りである横浜の風景を横浜市自ら破壊することを意味している」と指摘し、建設予定地内の市有地貸付について「市民の側に立った判断」を求めている。

 今後、横浜市、林市長がどのような決断を下すのかが注目される。

「横浜港内水域の市民利用について考える会」要望書

横浜市経営会議(横浜市政策局政策課)

ヨコハマ経済新聞編集部

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