特集

市民参加の思いを乗せ開港150周年を目指して出航
THE SEEDS TRIP「種は船」造船プロジェクト

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■アートイベントの盛り上がりに一役買ったボランティアたち

「Y150丸」と「YOKOTORI丸(ヨコトリ丸)」  この秋の横浜は、「横浜トリエンナーレ2008」を軸にさまざまなアートイベントで大いに盛り上がった。そして、そうした盛り上がりに一役買ったのが市民によるボランティアたち。これらのイベント自体は11月末をもって終了したが、12月20日、「横浜トリエンナーレ2008」「黄金町バザール」「THE SEEDS TRIP『種は船』造船プロジェクト」に携わったボランティアら約300人が大さん橋ホールで久々に再会を果たすことになる。「YOKO-HAMA サポーター・ボランティア交流会」と称したこのイベントでは、ボランティア同士が旧交を改めることによって、イベント終了後に感じていたであろう「祭りの後」の寂しさを紛らわすことができたに違いない。

 アートイベントにおける市民ボランティアの役割の大部分は、トリエンナーレなどに代表されるように会場運営などのサポートで、決してボランティア自らがアート作品を製作したりといった直接的な関わり方ではない。だが、「THE SEEDS TRIP『種は船』造船プロジェクト」だけはボランティアが作品を製作するという、言ってみれば彼らが「主役」のアートイベントでもある。

THE SEEDS TRIP「種は船」造船プロジェクト Web

■市民ボランティアがアート作品を製作

同プロジェクトのクライマックスとも言える「進水式」 11月29日、山下公園に隣接する山下ふ頭8物揚場――。約2,000人もの見物客が見守る中、対岸にランドマークタワーなどみなとみらい地区を臨む岸壁にダンボール製の4艘の船が浮かべられた。4艘のうちの2艘、「Y150丸」と「YOKOTORI丸(ヨコトリ丸)」がボランティアらの手による「作品」だ。同プロジェクトのプロデューサーを務めたアーティストの日比野克彦氏をはじめ、横浜市開港150周年・創造都市事業本部の川口良一本部長やトリエンナーレの総合ディレクター水沢勉氏、横浜開港150周年記念テーマイベントの総合プロデューサー小川巧記氏らが参列して行われた「進水式」。このプロジェクトのクライマックスとも言えるイベントだ。

手づくり段ボール船「種は船」が進水式-日比野克彦さん監修 CAFÉ HIBINO NETWORK 市内各所でBankARTが大規模展覧会−トリエンナーレ関連企画(ヨコハマ経済新聞)

 「THE SEEDS TRIP『種は船』造船プロジェクト」とは、実際に水面に浮かべて乗船できる船をボランティアらが段ボールで製作するワークショップ形式のアートイベント。同時期に開催されていた「横浜トリエンナーレ2008」と来年の横浜開港150周年をつなぐものとして位置づけられており、前出の日比野氏をアートプロデューサーに迎え、8月14日から11月30日まで山下ふ頭の一角で行われた。実際の製作は、あらかじめ設計された通りに加工されたパーツを用いて船体を組み立てていく作業と、日比野氏のデザインを基に加工を加えながら形を作っていく作業。アーティスト主導とはいえ、ボランティアらが中心となって製作を進めていくものだ。

■「種は船」造船所で作られた「Y150丸」と「YOKOTORI丸」

「造船所」に展示された「金沢丸」と「明後日丸(あさってまる)」 山下ふ頭で8月は毎日、9月以降は土日祝日の日中にオープンしていたのが、製作現場となった「種は船」造船所。三重県世紀北町の「ものづくり実行委員会」の提供による間伐材の丸太で囲われた約3,000平方メートルの敷地に、ユーモラスな形をした船やマグネットシートでカラーリングされた貨物用コンテナが立ち並ぶ。また、ここには2007年に金沢21世紀美術館で展示された「金沢丸」と「明後日丸(あさってまる)」が飾られていた。こちらも、前述の進水式にお目見えしたものだ。

山下ふ頭に「段ボール船」造船所が出現-トリエンナーレ関連企画(ヨコハマ経済新聞)

アマチュアが製作するアート作品としてはかなり大がかりなもの そして今回、この造船所で製作されたのが「Y150丸」と「YOKOTORI丸」の2艘。各船とも全長は約4メートルで、幅は2.1メートル。骨組みはベニヤ板で組まれているが、船体の外装は段ボール製。ただし防水性と強度を保つために、船体には有機溶剤やガラス繊維を含まず人体や環境に安全で耐久性にも優れる「フツ・ラッシュ」という新素材樹脂によるコーティングが施されている。浮かべたときの重心を保つために100~200キロものバラスト(錘)を積んでおり、最終的な重量は400~500キロにもなり、アマチュアが製作するアート作品としてはかなり大がかりなものだと言えそうだ。

■なぜ「種は船」なのか?

莇平で育成された朝顔の種 「THE SEEDS TRIP『種は船』造船プロジェクト」は、2003年の第2回「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」に端を発する。日比野氏はこのアートイベントで、新潟県十日市市莇平(あざみひら)の住民と共に朝顔の育成を行う「明後日朝顔プロジェクト」を実施。翌年も前年に採れた種を使って、朝顔の育成を莇平で続ける。朝顔の育成という「同じこと」を毎年繰り返すことによって、人と人、地域と人との関係性が深まっていくことが実証されたのに意を強くした日比野氏は、2005年に茨城県水戸市・水戸芸術館で行われた「HIBINO EXPO 2005日比野克彦の一人万博」で、莇平で育てた朝顔を育成する。そこに、朝顔の苗と莇平の人たちを水戸の人たちが迎え入れるという人々の交流も生まれた。

日比野克彦さんが新作「種は船」を披露−金沢21世紀美術館(金沢経済新聞)

 人から人へ、地域から他地域へと種が伝わっていくことで、同プロジェクトはさらに拡大。現在、「明後日朝顔プロジェクト」は莇平、水戸、岐阜、太宰府、金沢、鹿児島、横浜など全国17ヵ所で実施されている。この朝顔の種により人や地域のつながりが生まれたことで、「種は船のようだ」という日比野氏の連想が生まれた。種はその土地の記憶を持って、別の土地へと渡っていく。また、種にはこれから成長していくための基となるものが全て含まれているということから、朝顔の種の形をした船というモチーフが生まれた。このモチーフを基に2007年金沢21世紀美術館の日比野氏の展覧会で3艘の「種は船」が展示されることとなり、さらにこの船に防水処理を施すことによって人が乗って水に浮かべることができる船を製作した。

■アーティストとの「共作」に感慨もひとしお?

一般の人たちが作ることで予測を超えた作品を 今回、製作に携わったボランティアは高校生から高齢者までさまざまで、その数はのべ約300人にも及ぶ。また、会場に訪れた見学者はのべ18,000人以上にのぼり、その場で製作に参加することも頻繁にあったという。このプロジェクトを市民参加のワークショップ形式としたことについて、日比野氏は「金沢ではスタッフで製作を行ってきたので、横浜では一般の人が作るということにチャレンジしたかった」と話す。「みんなで作ることで、予測を超えたものが生まれる可能性がある。このプロジェクトで生まれた思いやつながりを来年の横浜開港150周年へとつなげていきたい」。

山下ふ頭で日比野克彦さんが段ボール船―製作ボランティア募集(ヨコハマ経済新聞) ハマっち!: THE SEEDS TRIP「種は船」造船プロジェクト

アート作品を製作するのはめったにない機会 ワークショップでは製作スタッフの指導の下、段ボールを切り出す作業から、のこ引き、ネジ打ち、ペンキ塗りまで製作のほとんどをボランティアが行った。ボランティアに参加した神奈川県立上矢部高校3年の鈴木彩花さんは「作ることが楽しみ。だんだんとできていくのがうれしい」と感想を語る。同じくボランティアの岩岡禎尚さんも「やってみたいと思っても、なかなか参加できる機会は少ない。またこういう機会があればぜひ参加したい」。一般の人たちがアート作品の製作に関わる機会などそうそうあるものではないし、ましてやそれが著名アーティストの日比野氏との「共作」ともなればなおさら。ボランティアらの感慨もひとしおだっただろう。

■日比野プロデューサーが監修するもう一つのプロジェクト

 ところで、日比野氏が横浜開港150周年記念事業のプロデューサーの1人でもあるのは周知の通り。その日比野氏が監修するもう一つのプロジェクトが、横浜開港150周年の市民参加事業である「横浜FUNEプロジェクト」。これは、来年の開港150周年に向けて段ボールで150艘の横浜ゆかりのFUNE(船)を作ろうというもので、前述の「種は船」造船所で同時開催された。

段ボールで船を再現「横浜FUNEプロジェクト」−開港記念会館で(ヨコハマ経済新聞)

「来年の横浜開港150周年へとつなげていきたい」と語る日比野氏 こうした同時開催の背景には、「THE SEEDS TRIP『種は船』造船プロジェクト」を単なる一過性のイベントとしてではなく、このプロジェクトで高まった「市民参加」の機運を来年の開港150周年にまでつなげていきたいという、日比野氏の思いがある。冒頭で紹介した「Y-OKOHAMA サポーター・ボランティア交流会」にしても、それは同じ。単にボランティアらの旧交の場というだけでなく、同プロジェクトやトリエンナーレ、黄金町バザールで発揮されたボランティアたちの勢いをそのままに、開港150周年を盛り上げていこうというのが狙いだ。そして、山下ふ頭を出航した「Y150丸」と「YOKOTORI丸」は、そんな思いを乗せて開港150周年を目指し舵取りを行っていくのだ。

笠木靖之 + ヨコハマ経済新聞編集部

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