ハマっ子社長・山本博士さんが「勝海舟直筆の手紙」を発見

「勝海舟直筆の手紙」の解説をする三陽物産代表取締役社長の山本博士さん

「勝海舟直筆の手紙」の解説をする三陽物産代表取締役社長の山本博士さん

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 横浜の郷土史愛好家の山本博士さんが、勝海舟直筆の手紙を京都の古書店で発見した。専門家によると勝海舟の自筆に間違いなく、既刊の全集ものにも収録されていない手紙だという。

横浜の郷土史愛好家の山本博士さんが発見した「勝海舟直筆の手紙」

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 この貴重な手紙を発見した山本さんは、横浜で1962年に創業した老舗洋菓子販売店「モンテローザ」(横浜市中区長者町9)を展開する「三陽物産」の代表取締役社長。

 モンテローザは今年4月、勝が設計したとされる「神奈川台場」の歴史性に注目した縁起菓子「勝サブレ」を販売開始。同商品の開発直後に勝の手紙を発見した山本さんは「天国の勝海舟からのプレゼントのような気がした」と語る。

 骨董市巡りを趣味とする山本さんが京都のとある古書店を訪れた際、たまたま目に留まったのが見覚えのある筆跡。「もともと神奈川台場が好きで、そこから台場の設計者である勝海舟に興味を持ち、関連するものを探してはいた。しかし発見したその日は特に意識しておらず、偶然の出会いだった」と振り返る。

 手紙自体は、勝が越前福井藩主・松平春嶽の側近だった「村田巳三郎」(=村田氏寿、坂本龍馬が春嶽の元へ千両という大金を借りに行った際に応対した人物とされる)宛に送ったもので、1862年4月4日付。手紙の冒頭には、「過日者御紙面之処 晩程神奈川表へ罷越候」(=先日お手紙が届きましたが、晩まで神奈川表へ出ていまして)とある。

 山本さんは「神奈川と書かれている文章が神奈川にあることが大事」だと考え、迷うことなく同手紙を購入。「今後多くの方々に見ていただける方向で手紙の保存を検討している」と話す。この手紙が送られた1862年は勝と龍馬が出会った年といわれており、8月には「生麦事件」が勃発。「時代的にも貴重な資料」と歴史研究家からも評価されている。

 横浜が大好きと語る、横浜生まれ・横浜育ちの山本さんは仕事の傍ら、まだ世に出ていない郷土資料を日々研究しており、最近は都内で勝が写る1枚の名刺版の写真を入手。「勝海舟の洋装姿でこれまで見た事のない明治初期のもの。もしかするとまた新たな発見かもしれない」と期待を寄せながら、現在調査を続けている。

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