特集

「芸術でメシが食えるのか!?」
「SHOWCASE」が示すアートNPOの可能性と課題

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■全国55組のアート団体がZAIMに勢ぞろい

全国から55組のアート団体がZAIMに一堂に会した 2月2~4日、あるアートイベントがZAIM別館で開催された。「ZAIM」とは旧関東財務局の本館と旧労働基準局の別館の2棟からなる、1928年に建てられた歴史的建造物。一昨年に「横浜トリエンナーレ2005」で「トリエンナーレ・ステーション」として暫定活用された後、昨年より本館はアーティストやクリエイターの活動拠点、別館は展示や公演、ワークショップなどのイベントスペースとして活用されている。横浜市が掲げる「文化芸術創造都市」構想の重要な拠点の一つだ。そのZAIM別館で全国55組のアート団体が一堂に会し、アートイベント「SHOWCASE(ショウケース)」が開催された。

ZAIM 横浜創造界隈

2/3に行われた芸術相談クリニック「芸術不動産」 イベントでは、55組の参加アート団体のリーダーによるそれぞれの活動についてのプレゼンテーションをはじめ、参加団体やアーティストらによる特別展示や映像上映、アート・パフォーマンスやライブ演奏、また芸術活動の企画運営での諸問題についての専門家によるカウンセリングなどが行われた。このイベントは、NPO団体「アート・オウトノミー・ネットワーク(AAN)」と横浜市による協働事業「アート・イニシアティヴの創造性:芸術が行動する社会へ」の一環。昨年9月から行なわれてきたこの事業は、芸術の自発的な行為や先進力を表す「アート・イニシアティヴ」をキーワードに、社会と芸術のより密接な関係をつくることを目的として、レクチャーやワークショップなどを開催してきた。「ショウケース」は、その最終プログラムとなるものだ。

アート・イニシアティヴ・シティ実行委員会 Art Autonomy Network(アート・オウトノミー・ネットワーク) AAN代表の嘉藤笑子さん 実はこのイベント、一般にはあまり知られることはなかったが、アート関係者にとっては大きな意義を持つイベントだったと言っていい。AAN代表の嘉藤笑子さんは、次のように話す。「全国のアート関係者が一堂に会すというのは、これまで文化庁の『芸術見本市』などのようなものがありましたが、その名が示すようにあくまでも『アートやアーティストを対象にしたマーケット』という営利的なものでした。しかし、『ショウケース』はアートに関わる任意団体が参加するイベントで、初めての試みです。こうしてアート団体のポテンシャルを示すことができたことは、非常に意義があったと考えています」。

参加団体の意見交換の場として開催された「アート系パワーブランチ」 参加したアート団体からも概ね好評だったようで、「Survivart(サバイバート)」(東京都葛飾区)代表の岩井優さんは「他の地域の団体と問題や意識を共有できたことは有益だった」と語り、「コミュニティアート・ふなばし」(千葉県船橋市)代表の下山浩一さんも「全国のアート団体が集まって、それぞれの具体的な活動内容をアピールできたのはよかったですね。これまでは、遠く離れた地域の団体とは連携を取るのがなかなか難しかったですから。アート団体同士のネットワーク構築に、非常に有益なイベントだったと思います」と話す。言ってみれば「ショウケース」は、アーティストではなくアートに関わる任意団体が主役のイベント。では、アートに関わる任意団体とは、一体どのようなものなのか。

 

Survivart (サバイバート) コミュニティアート・ふなばし

■「中間支援団体」が急増した理由

「ショウケース」参加団体のひとつ「BEPPU PROJECT」(大分県) 近年、直接的にアート作品を制作するのではなく、アーティストの活動を支援したり、マネージメントしたいという人々が急増している。アーティストとして創作活動はできなくても、市民の立場から何らかの形でアートに関わりたいという人たちだ。それは、個展を企画したりすることでアーティストの発表の場を設けるようなキュレーター的な活動であったり、地域でアートに関する講演やワークショップを催したりする市民運動的な活動であったりする。こうした活動は大きく「アートマネージメント」と呼ばれており、このアートマネージメントを担っているのが「中間支援団体」と呼ばれるグループ。主に、アートを通じて社会貢献を行うことを目的としている。そして、これらの団体はNPOの形態を取っていることがしばしばである。

「ショウケース」参加団体のひとつ「FADs art space」(東京都) アートNPOの急増には、さまざまな理由がある。NPOとは「Non Profit Organization(利潤を分配しない組織)」の頭文字を取ったもので、「民間非営利組織」と呼ばれていることは周知の通り。株式会社や営利企業とは違い、収入から費用を差し引いた利益を関係者に分配せず、次の活動の費用に充てることが最大の特徴だ。1995年の阪神大震災で注目を集めたNPOの活動が契機となり、98年12月1日に特定非営利活動促進法(NPO法)が施行された。このNPO法の施行は、NPO団体の活動がボランティアベースの単なる善意の活動ではなく、市民権を持ったものであることを公的に認めるものだ。言ってみれば、社会的に「お墨つき」を得たことで、NPO団体の活動は行政の縦割りや監督を越えて、自由かつ自立的に活動することが可能となり、社会教育の推進やまちづくり、文化芸術の振興、環境保全、人権擁護、国際協力など多方面でNPO団体の活動が目立つようになっている。

 横浜のアートNPOの先駆け的存在である「BankART1929」代表の池田修さんも、「NPO法人は、行政にとってはパートナーとして組みやすく支援しやすい組織であることは確か。NPO法の施行によって、今までの財団法人などの形態に代わるアートの受け皿としてこうした団体が増えてきたのではないか」と話す。

BankART1929

 さらに、2003年9月に導入された「指定管理者制度」も、NPO団体の活動に弾みをつけるものだと言える。指定管理者制度とは、これまで財団や公社など公共団体に限定して委託されてきた公の施設の管理運営を民間事業者やNPO法人にも委託できるようにしたもの。民間事業者の能力やノウハウを幅広く活用し、住民サービスの向上と経費の削減などを図ることが狙いで、横浜市では2006年度から800を超える施設で指定管理者による管理運営が行われている。

横浜市 指定管理者制度関連情報

「ショウケース」参加団体のひとつ「中崎透遊戯室」(東京都) なぜ、指定管理者制度がNPO団体の活動にとってメリットとなるのか。公の施設の管理運営は、その「公共性」という性格から民間事業者よりも非営利のNPO団体の方がより適しているからだ。いくら民間のノウハウを導入して効率的な管理運営を図るといっても、民間事業者だと営利追求一辺倒になってしまう恐れがなきにしもあらず、そこでNPO団体の出番となるわけである。こうした管理運営の受託による事業収入を得ることで、NPO団体は活動のための資金を賄うことができるようになる。その意味では、指定管理者制度はこれからのNPO団体の収益の柱になり得るものだと言っていい。

■まだまだノウハウが不足

イギリスやベトナムからもパネリストが参加した「ワールドミーティング」 ただ、指定管理者制度という「収益源」を見出せたものの、多くのアートNPOが依然として財政に窮しているのも事実。前出のAAN代表の嘉藤さんも「ショウケース」の課題として、事務局の資金力のなさを挙げる。「現状では補助金や助成金が頼り。来年度も開催したいとは思っていますが、継続できるかどうかは補助金や助成金によるところが大きい。継続のためにも、何とか独自の資金で運営していきたいと思ってはいるのですが…」。

「資金不足が課題」とAANの嘉藤さんと大友さん ちなみに、今回の「ショウケース」の全運営予算も文化庁からの助成金とスポンサーからの協賛金で賄われている。同じくAANの大友恵理さんによれば、「その多くは、地方から参加していただいた団体の交通費や宿泊費の補助に充てられました」とのこと。一方の収入はというと、約400人の入場料(1人=700円)のみだったという。3日間のイベントで収入が約30万円だけというのは何とも寂しい印象だが、アートを取り巻く現状を考えるとそれほど悪い数字ではないという。「もともと、展覧会のような一般的なアートの愛好家を対象にしたイベントではなかったですから、実はもっと少ない数字を予想していました(笑)」。

 前出の池田さんは「ほとんどのアートNPOは、まだまだノウハウが不足している。横浜市でも民間のアクションが活発になってきているが、アートを支援するというほどにはなっていない」と指摘する。アートティスト昨年11月より開催してきた「都市型アート・イニシアティヴの創造性」の成果展の創作活動を支援する中間支援団体ですらこうした状況なのだから、支援される側のアーティストを取り巻く経済環境はさらに厳しい。「ごく一部を除く、ほとんどのアーティストは創作活動と並行して、予備校教師などのアルバイトで糊口を凌いでいるのが実態」(嘉藤さん)。いずれにせよ、今の日本ではアートで食べていくのは非常に困難だということだ。

■アートでは生計が立てられない現実

 AANではアーティストへの支援だけにとどまらず、全国のアートNPOへの支援やネットワークづくりといった活動を行っている。そして、今後はアート団体を運営するリーダーやスタッフの育成も行っていきたいという。そのためには、何よりも資金が必要だ。「一番手っ取り早いのは、『ショウケース』のようなイベントを数多く開催して参加費用を得るというやり方なのですが、本来支援すべきアート団体の人たちから料金をいただくのは本末転倒というか…、悩ましいところですね」と、嘉藤さんは苦笑いする。

「アートにもサービス業の感覚が必要」と岩井さん(左) 最近、芸術系大学を卒業しても職を得られないアート系フリーターやアート系ニートが急増しており、「アートは職業として成立しづらい」というのが今の日本の現実。なぜ、日本ではアートで生計を立てることが難しいのだろうか。「アート関係者の姿勢にも問題があるのでは」と話すのは、前出の「サバイバート」代表の岩井さんだ。彼が主宰する「サバイバート」は、日本の芸術の場では語ることが敬遠されがちだった「カネの問題」をテーマに、アーティスト支援や展覧会、ワークショップなどの活動を行っている。ちなみに、「ガッツリ稼げるようにしたい(笑)」ということで、NPO法人ではないそうだ。

「ショウケース」参加団体の一つ「BankART1929」 「アートがお金になりにくいのは、企業や社会全体がアートを評価する基準を持たないので対価を支払いにくいのでしょう。しかし、アート関係者もアートへの理解のなさを嘆いたり、『分かる者さえ分かればいい』という姿勢ではダメなんじゃないかと思いますね。アートにもサービス業的な視点が必要なのでは」と、岩井さんは分析する。個展やイベントへの来場者は、言ってみれば「お客」である。そうしたお客に対して、アーティストやアート関係者は満足できるようなサービスを提供しているのか、ということを岩井さんは問うているわけだ。

 「大体、アート関係者ってお金に無関心と言いながら、飲み屋なんかで『誰それはいくら稼いだ』とか愚痴をこぼしたりしているんですよ(笑)。そういうことはもうやめにしようよ、ということ。要は、ビジネス社会で普通に行われていることをアートの世界でもスタンダードにしようということなんです。それが時代に応じたやり方なんだと思います」と、岩井さんは話す。

■芸術を蔑ろにする日本の教育

「美術缶」を通じて沖縄の美術館について問題提起する前島アートセンター 一方、日本でアートが社会に根づかない原因を教育のあり方に求めるのは、AANの嘉藤さんだ。「ゆとり教育では授業時間の短縮のために美術の授業が削られたのですが、今度はその見直しで美術の時間が増えるのかと思えば、学力向上の大義名分で美術の授業時間は削られたまま。日本の学校の授業から美術が消えていく。まさに『危機的状況』です」と憤る。確かに教育問題で一般に話題になるのは、学力に関する問題がほとんど。「日本はどこそこの国に比べて学力が低い」といった類いの話だ。ゆとり教育の導入からその見直しという一連の過程の中で、芸術教育に関する言及など我々はほとんど見聞きしたことがないというのが実情だ。

芸術相談クリニック「子ども造形ワークショップの創り方」 「アートを特別視していることが問題であり、アートはもっと身近なもの。特別なものでない生活の一部として考えるべきなんです。美術館にあるものだけがアートだと思っている人が多いですが、実際は周りにあるもの全てがアートであることに気づいてほしい。アートやクリエイティビティ(創造性)は自分で考える力を養い、日常生活や社会の問題を解決するのに大きな助けとなるものです。芸術教育がこのまま蔑ろにされるようだと、子どもたちは考える能力をなくしてしまいかねません」と、嘉藤さんは危惧する。

 「アートマネージメントというと、芸術の分野だけに限定されがちですが、実際には多彩な分野にまたがる活動なんですよ」と話すのは、前出の「コミュニティアート・ふなばし」代表の下山さん。「コミュニティアート・ふなばし」は、コミュニティにおける芸術文化活動を支える「地域を生かすアート拠点」について調査研究を行っている。特に最近は、空洞化が進む船橋市内の商店街を中心にイベントを催したり、コミュニティスペースを運営したりするなど、アートを媒介に地域の振興を図るまちづくりも展開している。

■アートマネージャーはオールマイティ?

 「たとえば、行政とのパートナーシップ、企業との折衝、地域住民との連携など、それぞれの分野に強い団体や組織はありますが、こうしたことを同時に担えるのは、実は地域のアートNPOぐらいなんですよ。その意味では、我々はアートマネージャーとして地域で活動しているわけですが、どちらかというと地域のオーガナイザー的な側面が強いですね」(下山さん)。アートNPO「アートマネージャーにはより高い能力が求められる」と下山さんが地域で活動していくためには地域住民との付き合いは欠かせないし、またNPOという法人格が企業に与える安心感や信頼性、前述したように行政とNPO法人との相性の良さは言うまでもない。アートNPOはこれまで積み重ねてきたその活動の中で、アートの分野だけにとどまらない「オールマイティな」機能を備える組織へと成長してきたのだ。それだけに、「今後、アートマネージャーにはより高い能力が求められるでしょうね。個人的には、大学でアートマネージメントコースを学んだ程度の修士レベルでは厳しいのでは、と考えています」と、下山さんは話す。

 メシは食えなくとも、またどんなに高い能力を求められようとも、市民レベルでアートに関わりを持ちたい人々が増え、アートNPOが台頭してくるのは時代の流れだろう。「ショウケース」はそんな全国各地のアートNPOの勢いや可能性を感じさせると同時に、「アートとカネの問題」という従来からの課題を再認識させるイベントだったと言える。

樫原叔子 + ヨコハマ経済新聞編集部

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