特集

飲食店がアート作品の展示空間に?
目と舌で味わう「食と現代美術展」

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■街も舞台とする展覧会「食と現代美術展 part2 -美食同源」

2月の終わり、関内付近の飲食店の入り口に、紺色の“のれん”が飾られた。なんだろうと店の中を覗くと、いつもと違う雰囲気があることに気づくだろう。それもそのはず、お店の中に現代美術作品が展示してあるのだ。実はこれ、BankART1929主催の展覧会「食と現代美術展 part2 -美食同源」の中で展開されている「横濱芸術のれん街」というユニークな企画。店内に作品を置くのは24店舗、また企画テーマに賛同して期間中に割引サービスとスタンプラリーを実施するのは31店舗。横浜の食文化を支えてきた老舗から、新進気鋭のオーナーが始めたニューフェイスまで、計55店舗が参加する一大プロジェクトだ。

BankART1929

展覧会といえば、展示会場に作品を設置するのが普通だ。もちろん今回も展覧会場に作品は置かれているのだが、この「食と現代美術展 part2 -美食同源」では「BankART Market」と題し、展覧会場のホールに地域の飲食店が出店し、食事メニューやアルコールの販売を行っている。アート好きには地元がはぐくむ食文化を知ってもらい、地元の人には食事とともにアート作品を鑑賞してもらおうという、今までにないユニークな試みなのだ。また、作品とともに参加した飲食店を紹介する書籍『美食同源』も出版。これは展覧会のカタログであると同時に、展覧会に参加したお店の紹介なども掲載され、「横浜の食文化マップ」とも言える構成となっている。

この「食と現代美術展」、第1回展は昨年のBankART Studio NYKオープン後、初めてのBankART1929主催の展覧会として開催された。前回のコンセプトを継承して開催された第2回展では、関内周辺の飲食店との連携が大きな特徴となっている。そもそも、BankART1929は、「文化芸術・観光振興による都心部活性化」を目的とした、横浜市による2年間の実験プロジェクト。今回の展覧会は、これまでの活動のなかでも特にその趣旨に沿うものであり、2年間の活動の集大成とも言える展覧会となっているのだ。

アーティストが集うニュースポット誕生。「BankART Studio NYK」の全貌
「食と現代美術展 part2 -美食同源」の「BankART Market」 折元立身氏「CARRING BREAD TRUK」 鬼頭健吾氏「スターバースト」

■飲食店とアーティストの組み合わせも見所

マップを頼りに「横濱芸術のれん街」の参加店を訪れると、それぞれの店の特色にあったアーティストが配置されていることに気付く。例えば、創業明治28年の牛鍋処「荒井屋」には、美術家の高橋永二郎氏が制作した「ロボットの牛」の展示。開港当事は「ハイカラ」だった牛鍋、その食文化を守ってきた老舗で、機械仕掛けでむしゃむしゃと草を食む牛のディスプレイを見ると、開港から150年という時間で日本の文化は大きく変動してきたことを実感するだろう。また、野毛のオーシャンバー「バラ荘」では、写真家の石内都氏の薔薇の写真の展示。廃墟然とした佇まいでひっそりと営業している「バラ荘」を訪れた石内氏が、朽ちていく薔薇など自身の作品のなかから厳選した5作品が展示されている。

荒井屋(ぐるなび)

吉田町の創作イタリアン・ダイニングカフェ「CHIKI CHIKI &TAN TAN」では、おおば英ゆき氏のチョコレートでできた造形作品「Chocolate Dreams monster-B」の展示。これはBankART Studio NYKでの本展にも出品している作品の別バージョンで、溶解したチョコレートでアニメなどでおなじみのキャラクターをつくるというもの。「CHIKI CHIKI &TAN TAN」は鉄の造形作家・森新吾氏の作品が置かれているほか、デザートはすべて専属のパティシエの手作りというお店。目でも味でも楽しめるというわけだ。

CHIKI CHIKI &TAN TAN
創作イタリアン・ダイニングカフェ「CHIKI CHIKI &TAN TAN」 おおば英ゆき氏「Chocolate Dreams」

■作家とのコラボレーションで作品を制作した「HANA-YA」

参加店のなかでも、アーティストと大規模なコラボレーションを行ったのが、海岸通りにあるダイニングカフェ「HANA-YA」。「波止場カフェ」と題した期間限定の企画で、店内の壁には「パン画」とも呼ぶべきパンで作ったオブジェが一列にずらりと並ぶ。薄く焼かれたパンの表面には、黒胡麻で港の風景が描かれている。これは、日常で使う様々なものをパンでつくるという、建築家の大橋渉氏の「パンな気分」という作品。テーブルを照らす明かりのランプシェードもパンでできているという手の凝りよう。オーナーの森野あやこ氏は、作家との作品制作に至った過程をこう語る。「ちょうど料理の勉強のために一時休業しようと思っていたタイミングだったので、作家さんとしっかり関わることができました。昨年末の展覧会で展示していたパンのインテリアは店の雰囲気に合わなかったので、どういった作品にするのか一緒になって模索しました。そこで出てきたアイデアが、この横浜の港の土地の記憶を込めようというものだったんです」。

横浜の繁栄を支えた港が時代とともに取り壊されてきた歴史を作家に語り、港や船、波止場を行き交う人々の絵を描くことに決まった。パンを焼く作業は店の大きいオーブンを使って、4日間寝ずの作業だったという。「できあがった作品を飾ってみると、店の雰囲気にあまりに合いすぎていてビックリ! 展覧会の期間が終わっても3月中はこのまま展示したいですね」。

また店の奥のテーブルには、横浜の景観を形作る有名な建物をお菓子で再現したものが、まるでデザートメニューのようにプレートの上に展示されている。池田雪絵氏と斉藤理氏の作品「archi-dessert 建築をかじってみよう」だ。「クイーン」と呼ばれる横浜税関や「ジャック」と呼ばれる横浜市開港記念会館、それにBankART1929 yokohamaも美味しそうなお菓子で表現された。横浜を表現したこんなデザートがあってもいい、そう思わされる。「作家の方たちが作るものは、自分たちと視点が違うので面白い。食べることを前提にしたお菓子は普通のものとは作り方が全く違うんです。パスタを揚げて食べられる串にするなど、今後のメニューに応用できるヒントももらいました」。アーティストとのコラボレーションは良い刺激になっているようだ。

ダイニングカフェ「HANA-YA」 大橋渉氏「パンな気分」 池田雪絵氏+斉藤理氏「archi-dessert 建築をかじってみよう」 BankART1929 yokohamaもお菓子で表現された

■農業とアートの融合でつくる新たな横浜オリジナルビールも

横浜の食とアートと言えば、この3月に2つの横浜オリジナルビールが封切られるのをご存知だろうか。横浜産大麦と横浜の水源・道志の水を使ったビール「ピアノ」と、横浜産の桃を使ったフルーツハニーエール「ヨコハマヨイトコ」がそれだ。豊饒な香り、滑らかな口どおり、深い味わいで、ビールの新たな楽しみを教えてくれるような絶品の仕上がりだ。おいしさの秘密の一つは、時間が経ってもきめ細かい泡が消えないこと。これが蓋の役目を果たし、飲み干すまでビールの酸化を防いでくれるのだ。

このビールを生みだしたのは、以前の特集記事でも紹介した「藝術麦酒」というプロジェクト。市内の農家と横浜唯一の地ビール醸造所「横浜ビール」の醸造長の榊弘太氏、さらにはBankART1929に集う若いアーティストたちがコラボレーションし、次々と横浜オリジナルビールを開発しているものだ。今回はネーミングとラベルデザインを一般公募で募集。審査したのは、デザイナーの佐藤卓氏をはじめとする名だたる審査員。集まった230点もの作品から、麦の穂を鍵盤に見立てた秀逸なデザインの「ピアノ」と、横浜の街のイメージを大胆な絵で表現した「ヨコハマヨイトコ」が選ばれた。佐藤卓氏は、「このような革新的な取り組みは、これからの横浜らしい前向きな姿勢が感じられる。このコンペティションのようにわくわくする体験は他では得がたいこと。こうした取り組みを世の中に見せつけていってほしい」とコメント、この「藝術麦酒」プロジェクトを高く評価した。

ビール発祥の地・ヨコハマの風土を込める農業+アートのコラボでつくる横浜ビール

この2つのビールは、3月11日に開催される発表会で試飲することができる。その後は、横浜ビール直営の和製イタリア風手料理レストラン「驛(うまや)の食卓」と、BankART1929のパブでの販売が決定している。今後、販路も拡大していくとのことだが、まずはBankART Studio NYK2階のパブに足を運んでいただきたいと榊氏は言う。「この旧日本郵船倉庫は、西洋の文明が入ってきた最初の舞台で、ペリー提督のビールを復刻した『ペルリ』を賞味するのに最も似合う場所。それに地ビールを本当に楽しむなら、その地のパブリックバーで地元料理を食べながら語り合い飲み交わすという食文化を忘れてはいけません」。海を臨むアートスポットにあるパブリックバーで、横浜オリジナルビールの豊かな味わいと、榊氏の追及する奥深い地ビール文化をぜひとも体験してほしい。

驛の食卓
横浜オリジナルビール ネーミングとラベルデザインの審査会 麦の穂を鍵盤に見立てた秀逸なデザインの「ピアノ」 横浜の街のイメージを大胆な絵で表現した「ヨコハマヨイトコ」 「横浜ビール」醸造長の榊弘太氏

■着実に地域との結びつきを強めるBankART1929

BankART1929は、当初予定されていた2年間という実験期間が終わりに近づいてきている。昨年末、横浜市都市整備局はこの実験事業の評価を発表した。それによると、アートイベントの内容のクオリティの高さに加え、歴史的建築物活用の可能性を切り開いたこと、東京藝術大学大学院の誘致や北仲通地区の歴史的建築物暫定活用(北仲BRICK&北仲WHITE)のきっかけになるなど、馬車道駅周辺のクリエイティブコア(創造界隈)形成のリーディングの役割を果たしたことなど、BankART1929は高い評価を得ている。

ヨコハマは世界のアートの発信地になれるか?アーティスト支援実験プロジェクトの全容

一方、課題として挙げられたのは、市民へのPRと参加の場の提供、地域や他の組織との連携強化、都心部活性化に向けてのまちづくりへの総合的な取り組みなど。つまり、アート面で発揮された高い魅力が効果的に地域と結びついていないのではないか、という指摘だ。

横浜市 都心部歴史的建築物文化芸術活用実験事業

しかし今回の「食と現代美術展」を見ると、BankART1929は着実に地域との結び付きを強めているように見える。「横濱芸術のれん街」の55の店舗も、商店街や飲食店を束ねる組織が間に入ったわけではなく、BankART1929が独自のネットワークで直接それぞれの店主と交渉して参加の意を得たものだという。横浜オリジナルビールをつくる「藝術麦酒」のプロジェクトにしても、立場やジャンルを越えたコラボレーションにより生み出されたものだ。また、「モボ・モガ」の写真を集めるプロジェクトも、地元住民とのコミュニケーションのきっかけとなり、地域の魅力の再発見につながっている。

旧富士銀行 BankART Studio NYK 北仲BRICK&北仲WHITE

■BankART事業と、横浜市のクリエイティブシティ戦略の今後

BankART1929は、有志によりNPO法人として組織化し、新たに3年間の事業活動を継続するという意思を横浜市に表明した。横浜市はBankART1929の事業計画の審査を行ったのち、BankART Studio NYKの3年間の使用許可を継続する方針だ。BankART1929の活動はBankART Studio NYKに集約し、旧第一銀行は平成18年10月以降、アーティストやクリエイター、NPO等の活動を支援するセンター「クリエイティブコアセンター」として活用していくという。また、映像系、デザイン系・音楽系など新しいジャンルについてもNPO等活動団体を10~20ほど公募し、新たな場所を活動拠点として多様なアーティストの活動を育成し、集積させていく方針だ。BankART1929の2年間の実験で得られた施設運営や自主財源確保のノウハウを活かし、これらの新たな事業が成功していくことを期待したい。

旧第一銀行
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