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児童養護施設出身の若者に自己肯定感と未来を拓く力を-先輩達のメッセージ集めた冊子「エール」発行に寄付協力を呼びかけ

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■就きたい仕事に就ける選択肢を与え、公平な機会を創り出す

 永岡さんは、「フェアスタートサポート」のほか、株式会社「フェアスタート」も運営している。代表を務める2つの法人は、いずれも児童養護施設などで育った若者たちの就労を支援している。

 事業の柱は3つ。具体的には、養護施設に入所中の子どもたちへの「就労教育」高校卒業時にあわせた「就職斡旋」、社会に出てからの「アフターフォロー支援」だ。

 株式会社である「フェアスタート」では、就職斡旋事業のみを展開し、NPO法人は入所中のキャリア教育・退所後のアフターフォローを担っている。アフターフォローでは、個別相談支援やイベントなどを通じた仲間作りの機会を提供している。今では参加者同士の積極的な交流が形になりつつあるという。

 もともと独立志向が強く「働くことが好きだった」という永岡さん。高校時代、校則でアルバイトが禁止されていたにも関わらず、こっそりファミリーレストランで働いたことがあるほど「仕事をしてみたい」という思いは強かった。「お金を稼ぐ、ということも魅力ですが、それよりも仕事を通してできなかったことができるようになることが、うれしかった」と、永岡さんは振り返る。大学卒業後は、リクルートで企業の採用支援の職に就き、その後転職。大学院卒など高学歴の学生達の就職を支援する仕事を担当した。

 仕事をしながら、永岡さんは、一つの疑問にぶつかった。勉学に打ち込める恵まれた環境にありつつも「働きたくない・やる気がでない」という同世代の若者が多く、その傾向に危機感を強めた。

 「なぜ、働きたくないのか?どうしてそういう若者が育つのか?不思議でした。また、このままでは日本の企業で働く人もいなくなってしまうと思いました」と、話す。

 2009年5月に独立し、自分の起業テーマを探し続けていた。児童養護施設の存在を知ったのは偶然だった。「新聞で子どもの貧困をテーマにしたシンポジウムがあり、それに参加して、児童養護施設を初めて知りました。そこで語られていた『貧困の連鎖から抜けられない』という話に衝撃を受けたのです。その後、鎌倉の養護施設を飛び込みで訪ねて、ボランティアをさせてもらうことになりました」

 最初は施設の子どもに先入観もあったという。ただ、ボランティアを通し、彼らとふれあう中で「時には不安定なところもあるけれど、いい子たちが多い」と、認識は変わっていったという。

 高校生にもなると、積極的にアルバイトをしていている子も多かった。「働く意欲はあるのに、施設出身の子たちには貧困の連鎖があるという。これは一体どのような構造なのだろうと、関心を持ちました。自分なりにリサーチしたところ、高校卒業後に就いた職業をすぐに辞めてしまうケースが多いことに気づいたのです」。

 児童養護施設は高校を卒業後に退所しなければいけない。18歳で、家のない状態で社会に押し出されてしまう。親族のサポートが期待できない子どもたちにとって、施設退所は次の住まいの確保とセットなのだ。

 このため、斡旋される仕事は寮など「住み込み可」案件が多い。実際に子ども達も、仕事内容よりも住まいの有無を優先して仕事を選びがちな傾向があるという。

 しかし、こうした就職先の選択の方法では仕事に対する意欲や関心が高まらず、短期での離職を生み出してしまう。最初就職した会社に適応できずに辞めてしまうと、あとは不安定な職を渡り歩く「ワーキング・プア」のサイクルに入っていってしまう。

 こうした構造に気づいた永岡さんは「働く意欲がある施設出身の若者たちを応援したいという気持ちになりました。就労支援という領域ならば、僕の強み、最低限の人脈、ノウハウが活かせるのではないか」と、事業の核を定めた。

フェアスタート

第1回社会企業プランコンテスト

■先輩達の前向きなメッセージを伝えるツールづくり

 永岡さんは2011年8月に、まず、株式会社「フェアスタート」を立ち上げ、就職斡旋事業を始めた。事前教育とアフターフォローを行うNPO法人「フェアスタートサポート」は2013年1月に開始。「正規雇用の人材を求める企業と、働く意欲がある施設出身者をつなげようと思って斡旋してきましたが、年相応な未熟さや寂しさから、離職が避けられないことがありました。施設にいる間から社会に出るための教育に力を入れ、就職後も相談にのってあげられる体制があれば、子どもたちも準備ができるのではないかと思いました」と、NPO法人を始めたきっかけを語る。

 冊子「エール」も、NPO法人が行っているアフターフォローの一環として、専門的なスキルを持った社会人ボランティア(ブロボノ)が協力して制作されている。

 エール第1号を企画したきっかけは、突然送られてきた1人の施設出身者社会人からのメッセージだったという。「今は家庭を持っている40代の男性でした。お会いしてお話すると『自分たちの後輩が心配だ』と言います。その方が施設で暮らしていた時には、退所後の生き方がまったくイメージできず、不安に苦しんだそうです」。

 「夢や希望を持て」と周りから言われても、どのように自分を肯定すればよいのかも分からない。就労体験や会社見学などを用意しても、先の見通しが建てられないため関心を持ちにくい現実があった。「講演活動はしてきましたが、地域や人数が限定されてしまいます。もっと多くの人たちに、先輩達の前向きなメッセージを伝える方法として企画した発信手段が『エール』」です」。

 「同じ境遇にいた先輩からの生のメッセージを伝える」という編集方針で、誌面に登場可能な人を捜すことから始めた。顔や名前を出したインタビュー企画であるため「協力者がいないのでは?」と不安もあったが、思いの外、快諾が得られ、順調に1号の制作は進んだ。

 デザインはプロボノが協力しインタビューは永岡さんが手がけるなど、多くの人とのコラボレーションで制作され、2013年1月に創刊号が出版された。

NPOが養護施設出身の社会人が後輩に「エール」を贈る冊子を発行ー公開トークも(ヨコハマ経済新聞)

■「エール」第1号がもたらした思いの共有

 永岡さんがエールに託した最も強い願いは「自己肯定感を持ってもらうこと」だという。児童養護施設や自立援助ホームで育った「先輩」たちが、どのように人生を生き抜いてきたのか、日本全国にある589の児童養護施設で暮らす約3万人の子ども達に伝え「未来を切り拓く力が自分自身にあることを知ってほしい」と力を込める。

 この日のトークライブに登壇した施設出身の女性はまだ20代前半。施設を退所後に務めた就職先で3年程頑張ったものの退職。職業訓練を経て進路を模索する最中に、フェアスタートを紹介された。

 現在は永岡さんの紹介で、包装用機械を製造する中小企業で元気に働いている。この女性は「エール1号を読み、この先輩はこういう思いで仕事をしているのか、とあちこちに発見がありました。体験に裏打ちされた思いを聞けるのは私にとって大きなことです。どうやってこれから仕事をしていくか、気持ちの面についても考えることができるからです。また、一人で考えていると自分の考え方から抜け出られないので、ほかの人の考え方を知ることができるのは大きいですね」と、冊子の価値について話していた。

■心に前向きな火を付ける起爆剤

 11月にも刊行予定の第2号には、男性2人・女性1人の体験談が掲載予定だ。どの体験も、フェアスタートが適性に合った企業を提案することで、道が開かれている。

 ある男性は、退所後に解体工事の仕事に就くが半年足らずで退社。カラオケの深夜アルバイトで2年間生計を立てていたが、2012年にフェアスタートの就職支援を受けてIT企業へ入社した。現在はIT技術者として仕事をしている。「アルバイトをしていた頃には思いもよらなかった職です」と話す。

 またある男性は、最初の就職先を退職後、漫画喫茶などに寝泊まりする期間を経て自立援助ホームへ入所。フェアスタートの支援を受けて、都内の真珠卸し販売会社へ入社した。「自分でつくったネックレス等でお客さんが喜んでくれるのが嬉しい」と積極的に仕事に取り組んでいる。

 高校3年生の時に家庭の事情でシェルター(緊急的に避難する施設)に入った女性は、予定していた大学進学を諦めた。働かねばと一般事務の求人に応募するが、なかなか就職に結びつかなかった。「パソコンが得意」というのでどれほどかと聞いていくと、HTMLでウェブサイトを作れるなどスキルを持っていることがわかってきた。しかし本人は「高卒で情報技術系の企業に就職できるわけがない」とあきらめていた。永岡さんが適性・希望に合った求人を紹介すると即入社が決定。企業にも喜ばれ、本人も生き生きと働き、現在2年目ながら、プロジェクトリーダーに昇進して働いているという。他にも、施設出身で10年以上経っているベテラン社会人の談話、職員との対談、一人暮らしの準備で料理をつくるなど、読み物的なコラムも用意されている。

 「施設にいる子たちはコンプレックスを持っている子が多い。施設に入った瞬間に『自分の人生は終わった』と思ってしまう。同じ状況・現実に対して、前向きな考えになれるかどうかで、持っている可能性を活かせるかどうか変わってきます。『エール』は、気持ちが揺らいだとき、心に火を付ける起爆剤です」と、永岡さんは、この「小さなメディア」の大きな価値について確信を持っている。同じ境遇出身の先輩の話だけに、子ども達は共感を持って耳を傾けられるのだ。

■クラウド・ファンディング「READYFOR?」への挑戦

 現在、永岡さんは「エール」第2号発行にあたり、クラウド・ファンディングサイト「READYFOR?」で資金を募る試みに挑戦している。

 「印刷4,000部で20万円くらいかかります。制作費・発送費などの支出もあります。継続して、発行していきたいし、より多くの人たちにも届けたい。そのため協力を仰ごうと思いました」。

 支援の特典として、3,000円で、「エール」1冊、10,000円で「エール」と施設の子供たちの制作したカレンダー、50,000円ではフェアスタートのイベント優待特典、冊子には載せきれなかったインタビュー生データなど提供する。

 「今後も、困難を抱えながら自力で生きていこうとしている若者達を励ますため『エール』を発行していきたい。少しでも多くの子どもたちに思いを届けるために、多くのみなさんの力を貸してほしい」と、永岡さんは「READYFOR?」への協力を呼びかけている。

児童養護施設の子どもを応援する「エール」第2号を作成します!(READYFOR?)

プロジェクトにかける思い

山崎拡史 + ヨコハマ経済新聞編集部

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