特集

バレエでHIV禍に対する危機意識を訴える
「ダンシング・フォー・エイズ・オーファン」

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■アフリカで増え続ける「エイズ孤児」を救え!

エイズ孤児を救うためのチャリティバレエイベント「ダンシング・フォー・エイズ・オーファン」

 8月20~22日、エイズ孤児を救うためのチャリティバレエイベント「ダンシング・フォー・エイズ・オーファン」が、神奈川県立青少年ホールで開催されている。しかし、我々日本人は意外なほど、エイズの現状について知らない。その現状は「深刻」のひと言に尽きると言っていい。

ダンシング・フォー・エイズ・オーファン 関連記事(横浜でエイズチャリティーのバレエ公園―8日にBankARTでプレイベント)

 まずは以下の数字を見ていただきたい。2006年末の国際連合および財団法人エイズ予防財団の統計によると、世界中でHIVに感染しながら生活している人の総数は3,950万人に達しており、2004年と比較すると約260万人増加している。この3,950万人のうち、15歳未満の子供の感染者数は230万人(約5.8%)。また、2006年に新たにHIVに感染したと推定されている人は430万人で、2004年と比べると約40万人増えている。

国際連合

 このように、HIVの感染者や死亡者は今なお拡大の一途を辿っていると言える。また、全世界で2年の間に約260万人増加しているHIVだが、実は特定の地域において猛烈な勢いで拡大している。今、世界で最も流行している地域はサハラ砂漠以南のアフリカと言われている。全世界での感染者3,950万人のうち、およそ3分の2(約63%)にあたる2,470万人もの人々がこのサハラ砂漠以南のアフリカに暮らしているのだ。また、2006年のエイズ発症による全死亡者のうち、ほぼ4分の3(約72%)が、この狭い地域で発生している。具体的に言えば、全世界の290万人のエイズ死亡者のうちの210万人がこの地域の人だという計算になる。

財団法人エイズ予防財団

増え続けるアフリカの「エイズ孤児」 それに伴い、エイズによって両親あるいは片親を亡くしている「エイズ孤児」も、当然のことながら増加している。この地域でエイズによって親を失くした0歳から17歳までの子供は、2003年の1,260万人から2005年には1,520万人に増加している(いずれも数字は推定)。また、15歳未満の子供の約9%が両親のうち、少なくとも1人を失ったとされている。さらに2010年までには「エイズ孤児」は、現在の約1,520万人から2,500万人にまで達する恐れがあるという深刻な予測まで出ているのだ。

■長年のダンスパートナーを失ったことがきっかけだった

イベントを企画・主催するリン・チャールズさん 冒頭で触れたチャリティバレエイベント「ダンシング・フォー・エイズ・オーファン」を企画・主催したのは、リン・チャールズさんというアメリカ出身の女性バレエダンサーだ。チャールズさんは、ハンブルグバレエ団、ベジャールバレエ団、ローラン・プティ・マルセイユバレエ団など、世界でも指折りのバレエ団で30年以上の長きにわたり活躍してきた。舞台以外にも、映画作品への出演歴もあり、バレエダンサーとしてだけではなく、振付師、演出家としても活躍してきた経歴を持つ。2004年からは活動の拠点を横浜に移し、全国各地での舞台出演の傍ら、若手バレエダンサー育成のための活動を精力的に行っている。

リン・チャールズ

 そんなチャールズさんが初めてエイズという病を身近に感じたのは、1992年のこと。バレエ界の長年の友人でもあり、数々の公演のダンスパートナーであったジョージ・ドンさんをエイズによって失ってしまったのだ。その悲しい別れを契機に、チャールズさんはエイズ問題を自らの問題として捉えるようになる。それ以降、チャールズさんは世界各地で行われているエイズチャリティイベントに数多く出演するようになった。そして、大きく背中を押されたのは、昨年の夏のことだ。チャールズさんは一本のドキュメンタリー映画と出会った。それは、エイズにより親を亡くした、いわゆる「エイズ孤児」たちを扱った映画だった。

バレエをきっかけにエイズについて知ってもらう「この映画を見て、彼らエイズ孤児たちのために自分ができることはないのかと考え始めました。ただ、日本という国は暮らしてみてわかったのですが、エイズという病気をあまりに理解していない気がします。『エイズ』という言葉を聞いただけで拒否反応を示してしまう人さえいます。そんな日本でエイズのチャリティを行うには、正面きって『エイズチャリティイベント』とするよりも『エイズ・チャリティバレエイベント』としてバレエなどに触れながら、楽しい時間を共有し、その中でエイズに対する理解を深めていってもらえるようなイベントにしようと思いました。バレエを玄関口として、エイズを知ってもらおうというわけです」。

 イベントのイメージがチャールズさんの中で固まったのが、昨年の夏。それは、件のドキュメンタリー映画との出会いから間もなくのことだった。

■無理解による拒否反応から困難を極めたスポンサー探し

 こうして、このイベントは開催に向けて動き出したわけだが、チャリティイベントである以上、より多くの金額、可能ならばすべての収益を寄付に回せるのが理想的だ。それには、このイベントの趣旨に賛同してもらえる企業をできるだけ多く集めてスポンサーになってもらわなければならない。その思いで、日本語を流暢に話せるわけではないチャールズさんは、たった独りで様々な企業を訪問しスポンサーを募った。スポンサーさえ決まってしまえば、あとは長年自分がいたバレエの世界、イベントを成功させる自信はあった。しかし、事はそう簡単には進まなかった。

日本人は「エイズ」という言葉に拒否反応を示してしまいがち チャールズさんが指摘するように「『エイズ』という言葉だけで拒否反応を示してしまう」日本人が、正確に言えば、エイズのイベントに携わることで企業イメージが損なわれてしまうことを恐れた日本の多くの企業が、このイベントを応援することに及び腰だったのだ。「企業がそうした反応を示してしまうのは、決して彼らに悪意や悪気があってのことではないと思います。むしろ、それは今までの日本の考え方からしたら当然の反応なのかもしれません。企業が悪いというよりただ単に、エイズという病気のことを『知らない』だけなのです」。

 チャールズさんのスポンサー探しは難航を極めた。開催までの1年弱の間に訪問した企業は、150社を超える数だったという。それでも、「数多くの企業・団体がスポンサーになってくれました。とても感謝しています」と、それまでの苦労を感じさせない笑顔で話す。最終的には、企業やアフリカの国々の大使館、そして横浜市など33の団体がスポンサーとなった。

■チャールズさんの呼びかけに応えた一流ダンサーたち

 スポンサー集めの次は、出演してくれるダンサーたちのブッキングだ。これは、スポンサー集めに比べれば、はるかに簡単だった。世界各国にいるチャールズさんの友人を中心に「チャリティだけに出演料は出せない。だけど、アフリカに何万人もいるエイズ孤児たちを救うために、出演してもらえないだろうか」と声をかけた。チャールズさんのこの呼びかけに、多くのダンサーが集った。

「このようなイベントに参加できて光栄」と中村さん 参加ダンサーは、中村祥子さん(ベルリン国立歌劇団 プリンシパル)、ホセ・カレーニョさん(アメリカン・バレエ・シアター プリンシパル)、カン・スジンさん(シュトゥットガルト・バレエ プリンシパル)、アレキサンダー・ザイツェフさん(シュトゥットガルト・バレエ プリンシパル)、マーラ・ガレアッツィさん(ロイヤル・バレエ プリンシパル)、グレゴール・ハタラさん(ウイーン国立歌劇団 プリンシパル)など、いずれも世界の第一線で活躍するダンサーたち。

「一流のダンサーの彼らが忙しい合間を縫って駆けつけてくれた。とても感謝しています」(チャールズさん)。一方、チャールズさんから出演要請を受けた中村さんも、「このようなイベントに呼んでもらえて、とても嬉しい。光栄なことです」と話す。スポンサーも出演ダンサーも決定し、イベントへ向けての準備はいよいよ整った。

■バレエだけでない啓蒙の側面を持つイベント

参加ダンサーらによるサイン会も行われた ここで、今回のイベントの内容について説明したい。初日の20日には、本番さながらのドレスリハーサル、「アフリカエイズの現状」と題されたNGO「世界の医療団」による写真展、短編映画「アフリカ難民の現状について」、出演ダンサーたちのサイン会などが並行して行われた。翌21日には、出演者によるバレエ実演とバレエ講習会、アフリカのエイズ問題に関するパネルディスカッションを開催。また、バレエ公演はそれぞれ21日の17時からと22日の18時から。

エイズについて知るための啓蒙イベントでもある このように、「ダンシング・フォー・エイズ・オーファン」は単に一流ダンサーたちによるバレエ公演を鑑賞するだけでなく、エイズに関する啓蒙を行うという側面も持つイベントでもある。このイベントの収益金は、「スティーブン・ルイス基金」、「世界の医療団」、「UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)」、「アフリカ日本協議会」を通して募金される。そして、これら4つの団体やエイズやアフリカに関するNPOやNGOなどが開催期間を通して会場にブースを設けプレゼンを行うのも、このイベントの大きな特徴のひとつ。チャールズさんが話した「バレエを玄関口としてエイズを知ってもらうこと」に主眼が置かれたこのイベントにとって、各出展ブースの果たす役割は大きい。多くの来場者がバレエだけでなく、興味深そうに各ブースの話に聞き入っている姿が印象的だった。

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所) UNHCRエイズ特集 日本 UNHCR協会

「エイズは遠い国の話ではない」と日本UNHCR協会の中村さん「ダンシング・フォー・エイズ・オーファン」に出展している日本UNHCR協会の中村恵さんは、このイベントの意義についてこう話す。「私たちは主に難民の問題を取り扱っているのですが、そういった問題は一見、自分とは関係ないと思ったり、自分にできることなどないのではないかと思いがちになってしまいます。だけど、ひとりっきりではできないことも、いろいろな人たちとパートナーシップを組むことによって、実現できるということはあるわけです。今回のイベントにしても、チャールズさんたちが集めた募金を、ノウハウを持っている私たちが現地に直接届けます。様々な専門分野を持つ団体が善意のバトンをつないでいくことで、多くの人が関わり合えます。またエイズの問題は、遠い国での自分とは関係のない人たちの問題ではない、というメッセージもこのようなイベントを通すことで、より伝わっていくと思います。そういった意味で、とても有意義な機会です」。

アフリカ日本協議会 世界の医療団

■日本は先進国で唯一、新たな感染者が増加している国

 これまで、エイズ問題に関して閉鎖的と言われていた日本。しかし、現実には日本にも多くのHIV感染者が存在する。その数は1万2,000人とも1万6,000人とも言われている。また、厚生労働省の調査によれば、2004年1年間で新たなHIV感染者が780件、新たなエイズ感染者は385件と、ともに過去最高だという。実は、日本は先進国で唯一、新たな感染者が増加している国なのである。これは、チャールズさんが資金集めの際に直面した、「日本社会に蔓延するエイズに対する無関心や無条件の拒否反応」が生み出しているものではないだろうか。

「日本人はエイズについてもっと知るべき」と「シェア=国際保健協力市民の会」の青木さん「ダンシング・フォー・エイズ・オーファン」に出展したアフリカの孤児やHIV陽性者への支援を行っているNPO「シェア=国際保健協力市民の会」の青木美由紀さんは、「エイズはアフリカだけの病気と思っているのは、日本だけではないでしょうか。しかし、日本にも存在するし、遠い問題ではないんだということをもっと知ってもらいたい。また、知るべきだと考えています」と話す。

「シェア=国際保健協力市民の会」

本番へ向けての練習風景 2008年、横浜ではアフリカ開発会議が開催される。アフリカ開発会議とは日本が国連(UNDP、OSAA)、アメリカのためのグローバル(GCA)や世界銀行との共催で開催する、アフリカの開発をテーマとする国際会議のことだ。この議場で、エイズの問題が上ることは間違いない。また、それに関連して、この秋からは横浜市内の様々な会場でアフリカについてのシンポジウム、映画上映などが行われる。これらの機会でもエイズ問題は避けて通ることはできないことだろう。今回の「ダンシング・フォー・エイズ・オーファン」だけでなく、これからエイズのことを知ろう、学ぼうとする機会は自ずと増えてくるはずだ。

アフリカ開発会議

箕輪健伸 + ヨコハマ経済新聞編集部

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